2024.8.16~2024.8.31

文字数 2,336文字

「どけ!生け贄はこの私だ!」
 学者は血走った目で周囲を威嚇した。怪物を祀る儀式を調査するうちに魅入られてしまったらしい。学者は恍惚の表情のまま怪物の口に飛び込んだ。途端に怪物は苦しみ出して死んでしまった。木の実しか食べない現地住民と違い、都会の人間の肉は毒だったのだ。
 (2024.8.16)


 友人の家は踏切の側にあり、四六時中警報機の音が鳴っている。
「いつも遮断機の脇に女が立ってるんだけど、気づいてた?」
「いや、どういうことよ?」
「生前は鉄オタで、警報機の音が好きだったんだと。特にここのが」
「死んでも趣味に浸れるなら本望だろうな……ってちょっと待て」
 (2024.8.17)


 墓を暴くと、赤子の泣き声が一層強くなった。丸々と肥えて健康そのものだ。死後も幽霊となって子を育てた母の愛に胸を打たれる。
「父親がおるはずじゃ、探そう」
 まもなく見つかった。だが喜ぶどころか青ざめて、
「あいつ、おれへの当て付けに!」
 赤子は知らぬ顔で寝息を立てている。
 (2024.8.18)


 夕陽に影を奪われたヤシの木が、海風に揺れている。うらめしげだね、でもお化けにしちゃ陽気すぎるねと言って、きみは歯を見せた。面白くもないのに、ぼくの唇はほころんだ。ふたりでいることが一緒に笑う約束になっていた。だったらどうして、一緒に泣くことも約束できなかったのかな。
 (2024.8.19)


 曰く付きの品物を集めた博物館では、超常現象は日常茶飯事だ。動くなど可愛い方で、危害を加えてくるものもいる。
「いちばん危ないのは、何もしないやつなんです。たとえばこれ」
 学芸員が示すのは、防弾ガラスに囲われた箸置き。
「いつから、なぜこうなっているのか、誰も知りません」
 (2024.8.20)


 警部は戸棚に薬物の包装を押し込んだ。不法侵入に証拠捏造……顔面蒼白の若手刑事とは対照的に、警部の目は血走っている。
「こいつが犯人なんだ。法の網を掻い潜ろうとも、絶対に逃がさん」
 ポケットから一挺の拳銃が現れる。
「罪は多いほうがいい。悪いな」
 銃口が若手刑事に向いた。
 (2024.8.21)


 思い出は数え切れないほどだが、一枚も残っていない。色褪せない映像に焼き付けるなど許せなかったから。薄れて忘れるからこそ大事にできると信じていたから。青臭い価値観なんてさっさと捨ててしまえばよかったのだ。携帯電話のカラに等しいメモリを見て、人生の軽さを嘆くくらいなら。
 (2024.8.22)


 怖いものが苦手な私が、まさかお化け屋敷のメンテナンス係になるとは。初めの頃は冷や汗が止まらなかったが、機械仕掛けと理解できれば何てことはない。今では血糊の具合を触って確かめるほどだ。その代わりに怖くなったのが、
「これ作り物でしょー?」
 ああっ、乱暴に引っ張らないで!
 (2024.8.23)


 赤い部屋と呼ばれている、廃墟の一室。その呼称のとおり、床から壁まで赤一色だ。この部屋に特殊部隊が踏み込んだ際に仕掛けられていた爆弾が炸裂して、血と肉片が飛び散ったのだとか。ただ、全滅した部隊についての行動記録、そして現場の調査結果が破棄されているのが不可解ではある。
 (2024.8.24)


「きれいな鱗だね」
 ほめたつもりだったが、人魚は不機嫌になった。
「お前は人間に向かって、体毛がきれいだと言うのか」
「ごめん……」
 人魚は何をほめたら喜ぶのだろうか。黙っていたら、水の中に引きずり込まれた。泡が踊るなか、互いの目が合う――ああ、人間はしゃべりすぎるんだ。
 (2024.8.25)


 友人の恋愛相談に乗ることに。
「で、なぜオレも?」
「男目線からのアドバイスをよろしく」
 話が始まると、真剣に答えている。やるじゃん。
「彼氏さんは、この子のどこに惚れたんですか?」
「えっ、それはもちろん――」
 ……もういいって!机の下で太ももをつねるが、口が止まらない。
 (2024.8.26)


 不審な男との押し問答。
「こんな所で何をしてた?」
「言いたくない」
 そのとき、応援の警官が耳打ちしてきた。
「……もう一度聞く」
「だから言いたく――」
 頬を殴りつける。
「み、民間人に暴力を――」
「何が民間人だ!お前の住む星とは不可侵条約が結ばれてるだろ!」
「……くそ!」
 (2024.8.27)


 戦争で多くの若者が手足を失った。苦しむ彼らのために、装具士は特注の義肢を製作した。その出来はすばらしく、若者たちは以前と変わらぬ運動能力を取り戻すことができた。国は装具士の功績を称えた。
「よくやった!」
 そして若者たちの義肢に武器をくくりつけ、再び戦地に送り込んだ。
 (2024.8.28)


 監視対象はカジノに入った。後を追う。振る舞いから通い慣れていることが分かる。ルーレットを始めたので、視界に入るスロットに腰を下ろした。怪しまれないように……。
 ――店内に響き渡る電子音!
「すごい、またスリーセブンだ!」
 て、手慰みのつもりだったのに……ああ、バレている!
 (2024.8.29)


 会いたいと言わせたい。本当はこっちが会いたくてたまらないのに。我ながらくだらない意地を張っていると思う。もやもやした気分を紛らわすために他愛ないメッセージを送るけど、本音は欠片も匂わせない。だけど、あ行の履歴にはいつも最前列に控えている。指の迷いには気をつけなきゃ。
 (2024.8.30)


 研究室の床にメスが突き立っている。まるで最初からそうだったかのように深く食い込んでいる。特殊な合金で作ったが切れ味が良すぎて、鈍らせるための試験中だったそうだ。
「そこに泥棒が入って、床に落とし」
「引っこ抜こうとして手を滑らせた」
 刑事らは、傍らの白線と血痕を眺める。
 (2024.8.31)
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