2024.3.16~2024.3.31
文字数 2,337文字
水と餌の皿を持って、保健所の一室を訪れる。そこには一匹の犬がいる。
「ごはんだよ」
この犬、飼い主が突然死して部屋から出られず、餓えを凌ごうと死んだ飼い主の肉を食べたのだ。曰く付き故に貰い手がつかず、こうして世話をしている。
「おいしかった?」
「うん」
……片付けよう。
(2024.3.16)
リウマチを患った祖母は指が曲がらず、大好きな折り紙もうまくできなくなった。それでも毎日紙を折ることを止めなかった。出来上がったものはどれも角がずれて、折り目も緩い不格好な姿だった。けれど祖母は満足げにそれらを眺めていた。彼女はきっと、人生に向き合っていたのだと思う。
(2024.3.17)
家を出たい。何ものにも縛られず自由に生きたい。でも無理だ。この家には――我が儘な親が支配するこの家には、善悪も覚束ないきょうだいがいる。彼らのために、私は盾とならねばならない。どんなに傷ついても、苦しくても。
「なら、彼らがいなければいいんじゃない?」
悪魔がささやく。
(2024.3.18)
おふじの着物に手をかけた栄助 は、
「う……」
思わず怯んだ。胸元からこぼれた乳房。それは支えを失ったにも関わらず、つんと張って栄助を指していた。一瞬の隙に、おふじは栄助を突き飛ばし廊下を駆けていった。栄助はへたり込んだ。すぐにも奉公人たちに知れ渡るだろう。惨めだった。
(2024.3.19)
誰も乗っていないのにブランコが揺れている。不気味だ、何か因縁があるのだろうか。
「この公園で遊んでいた女の子が亡くなって……」
よくある話だ。
「その子をつけ回していた男も後を追って……」
ん?
「その男の霊が、女の子が乗っていたブランコを押しているそうです」
怖すぎる。
(2024.3.20)
このまま棺桶に入れてほしいと母は願った。病魔に蝕まれて薬漬けなど死に等しいというのだ。説得したが聞く耳を持たず、“生前葬”は執り行われた。棺桶の中で花に囲まれた母。蓋が閉まり、炉に火が入り、煙が上がり始めても物音ひとつ聴こえない。幸せな最期だったのだと思うことにした。
(2024.3.21)
開発したロボットに、涙を流す機能を付けた。問題は泣く条件のプログラミングだ。ロボットに悲しいという判断はできない。ひとまず気圧の変化や燃料の減少を設定してみると正常に動作した。現状はこれでいいだろう。さて、減ったぶんの涙を採取してこよう。こればかりは本物でなくては。
(2024.3.22)
絶海の孤島に集まった六人の男女が死体となって発見された。検死結果は全員他殺。閉鎖空間での惨劇を引き起こしたのは一体誰なのか?
しかし、警察が頭を悩ませていたのは別の問題だった。六人の男女は人ならざるもの――刃物で刺されようが毒を盛られようが死ぬことはない存在だった……。
(2024.3.23)
「餃子包むの、上手くなったね」
妻に褒められた。結婚するまで料理をしたことがなく、肉を詰めるのも覚束なかったのだ。それが今ではひだを付けるのも楽勝に。
「オレって才能あるかな」
「餃子を包むのだけはね。それじゃあ焼いてみようか?」
「いや、焦がしちゃうからまた今度……」
(2024.3.24)
「お前がAの家から金を盗んだことは分かってるんだ!素直に吐け!」
「……すみません」
「金はどこにある?」
「金庫の中に」
「でかした!」
態度が変わった刑事を訝しむと、
「実はな、Aは銀行強盗なんだ。まさか泥棒に盗まれるとは」
「えっ、じゃあ私は――」
「逮捕だよ。手を出せ」
(2024.3.25)
家を飛び出すや否や、道ばたの草むらに鼻を突っ込んだポチ。ここは近所の犬たちが必ずおしっこをしていく場所だ。犬はおしっこからいろいろな情報を読み取るという。人でいうところの掲示板みたいなものか。自らも上書きしたポチは、ひと声鳴いて駆け出した。いい知らせがあったのかな。
(2024.3.26)
四つの国の元首が、内海の境界を決めようと集まった。豊かな海産物が取れるので、どの国も多く保持したい。
「ここはピザのように四分割を」
「いや、海岸線の長さが違うんだから均等にはならん」
喧々諤々、遂には互いに剣を執り、議会は四つの血で濡れた。
海は、穏やかに凪いでいる。
(2024.3.27)
右、左、右――暴漢の拳はワンパターンで遅く、目を閉じていても避けられそうだ。冷静に見極めていく。軽く反撃しただけで、暴漢は地面に伸びた。指先ひとつで楽勝だ。
「序盤だからこんなもんよ」
「あっそ」
気持ち良くさせといてくれよな。とりあえず敵キャラが落としたアイテムを拾う。
(2024.3.28)
「やめろ、悪趣味だ」
おれは弟子の手を叩いた。落ち葉で作られた蝶は魔力が切れて、地面にはらはらと崩れた。
「何するんですか」
「人が死んだ日にするようなことじゃない」
弟子はふて腐れながらも、両手をポケットにしまい込んだ。悪いな、と口の中で呟く。全て、おれのせいなのに。
(2024.3.29)
微熱。恋ゆえに?夢見てんじゃないよと友は笑う。かわいそうに、夢すら見れないのとわたしは返す。霞んだ空を仰いで、自転車のペダルを踏み込んだ。笑顔でもいい、涙でもいい、怒りも嫉妬もごちゃまぜの、今まで感じたことのないうねりに飛び込みたい。わたしはいま、新しい春に旅立つ。
(2024.3.30)
社会人って何だろう。その答えを見つけられないまま、私は社会人になる。闇のなかに飛び込むようで、不安だ。学生時代には、良くも悪くも道標があった。うっとうしいと振り払ったはずのものを求めてしまう身勝手さは、もう許されないのかもしれない。覚悟を決めろ――スーツのしわを正す。
(2024.3.31)
「ごはんだよ」
この犬、飼い主が突然死して部屋から出られず、餓えを凌ごうと死んだ飼い主の肉を食べたのだ。曰く付き故に貰い手がつかず、こうして世話をしている。
「おいしかった?」
「うん」
……片付けよう。
(2024.3.16)
リウマチを患った祖母は指が曲がらず、大好きな折り紙もうまくできなくなった。それでも毎日紙を折ることを止めなかった。出来上がったものはどれも角がずれて、折り目も緩い不格好な姿だった。けれど祖母は満足げにそれらを眺めていた。彼女はきっと、人生に向き合っていたのだと思う。
(2024.3.17)
家を出たい。何ものにも縛られず自由に生きたい。でも無理だ。この家には――我が儘な親が支配するこの家には、善悪も覚束ないきょうだいがいる。彼らのために、私は盾とならねばならない。どんなに傷ついても、苦しくても。
「なら、彼らがいなければいいんじゃない?」
悪魔がささやく。
(2024.3.18)
おふじの着物に手をかけた
「う……」
思わず怯んだ。胸元からこぼれた乳房。それは支えを失ったにも関わらず、つんと張って栄助を指していた。一瞬の隙に、おふじは栄助を突き飛ばし廊下を駆けていった。栄助はへたり込んだ。すぐにも奉公人たちに知れ渡るだろう。惨めだった。
(2024.3.19)
誰も乗っていないのにブランコが揺れている。不気味だ、何か因縁があるのだろうか。
「この公園で遊んでいた女の子が亡くなって……」
よくある話だ。
「その子をつけ回していた男も後を追って……」
ん?
「その男の霊が、女の子が乗っていたブランコを押しているそうです」
怖すぎる。
(2024.3.20)
このまま棺桶に入れてほしいと母は願った。病魔に蝕まれて薬漬けなど死に等しいというのだ。説得したが聞く耳を持たず、“生前葬”は執り行われた。棺桶の中で花に囲まれた母。蓋が閉まり、炉に火が入り、煙が上がり始めても物音ひとつ聴こえない。幸せな最期だったのだと思うことにした。
(2024.3.21)
開発したロボットに、涙を流す機能を付けた。問題は泣く条件のプログラミングだ。ロボットに悲しいという判断はできない。ひとまず気圧の変化や燃料の減少を設定してみると正常に動作した。現状はこれでいいだろう。さて、減ったぶんの涙を採取してこよう。こればかりは本物でなくては。
(2024.3.22)
絶海の孤島に集まった六人の男女が死体となって発見された。検死結果は全員他殺。閉鎖空間での惨劇を引き起こしたのは一体誰なのか?
しかし、警察が頭を悩ませていたのは別の問題だった。六人の男女は人ならざるもの――刃物で刺されようが毒を盛られようが死ぬことはない存在だった……。
(2024.3.23)
「餃子包むの、上手くなったね」
妻に褒められた。結婚するまで料理をしたことがなく、肉を詰めるのも覚束なかったのだ。それが今ではひだを付けるのも楽勝に。
「オレって才能あるかな」
「餃子を包むのだけはね。それじゃあ焼いてみようか?」
「いや、焦がしちゃうからまた今度……」
(2024.3.24)
「お前がAの家から金を盗んだことは分かってるんだ!素直に吐け!」
「……すみません」
「金はどこにある?」
「金庫の中に」
「でかした!」
態度が変わった刑事を訝しむと、
「実はな、Aは銀行強盗なんだ。まさか泥棒に盗まれるとは」
「えっ、じゃあ私は――」
「逮捕だよ。手を出せ」
(2024.3.25)
家を飛び出すや否や、道ばたの草むらに鼻を突っ込んだポチ。ここは近所の犬たちが必ずおしっこをしていく場所だ。犬はおしっこからいろいろな情報を読み取るという。人でいうところの掲示板みたいなものか。自らも上書きしたポチは、ひと声鳴いて駆け出した。いい知らせがあったのかな。
(2024.3.26)
四つの国の元首が、内海の境界を決めようと集まった。豊かな海産物が取れるので、どの国も多く保持したい。
「ここはピザのように四分割を」
「いや、海岸線の長さが違うんだから均等にはならん」
喧々諤々、遂には互いに剣を執り、議会は四つの血で濡れた。
海は、穏やかに凪いでいる。
(2024.3.27)
右、左、右――暴漢の拳はワンパターンで遅く、目を閉じていても避けられそうだ。冷静に見極めていく。軽く反撃しただけで、暴漢は地面に伸びた。指先ひとつで楽勝だ。
「序盤だからこんなもんよ」
「あっそ」
気持ち良くさせといてくれよな。とりあえず敵キャラが落としたアイテムを拾う。
(2024.3.28)
「やめろ、悪趣味だ」
おれは弟子の手を叩いた。落ち葉で作られた蝶は魔力が切れて、地面にはらはらと崩れた。
「何するんですか」
「人が死んだ日にするようなことじゃない」
弟子はふて腐れながらも、両手をポケットにしまい込んだ。悪いな、と口の中で呟く。全て、おれのせいなのに。
(2024.3.29)
微熱。恋ゆえに?夢見てんじゃないよと友は笑う。かわいそうに、夢すら見れないのとわたしは返す。霞んだ空を仰いで、自転車のペダルを踏み込んだ。笑顔でもいい、涙でもいい、怒りも嫉妬もごちゃまぜの、今まで感じたことのないうねりに飛び込みたい。わたしはいま、新しい春に旅立つ。
(2024.3.30)
社会人って何だろう。その答えを見つけられないまま、私は社会人になる。闇のなかに飛び込むようで、不安だ。学生時代には、良くも悪くも道標があった。うっとうしいと振り払ったはずのものを求めてしまう身勝手さは、もう許されないのかもしれない。覚悟を決めろ――スーツのしわを正す。
(2024.3.31)