2019.3.1~2019.3.15
文字数 2,373文字
ネイルを新調してご機嫌な君は、カラフルなストーンを誇るように指でタップを刻んでいる。僕は思い出す、その美しく着飾った爪が汚された夜のことを。毒々しいネオンを浴びて見せた、ぬらぬらと妖しい輝きを。ああ、そんなに見せつけないでおくれ。また汚したくなってしまうじゃないか。
(2019.3.1)
寡黙な僕とは裏腹に、饒舌なペン先は絵空事すら自在に紡き出す。だけど君への想いを綴ろうとすると、途端にこいつは僕になる。意味深に見せた沈黙に籠ってしまう。だからもう諦めた。僕はこいつで、ただただ絵空事を書き続けよう。その中の一篇でもいい、君の目に留まったなら、それで。
(2019.3.2)
悲鳴と共に赤ずきんは飛び起きた。狼に殺される夢。青ざめた彼女を祖母と猟師が慰めてくれた。母は台所で料理をしている。背中越しに大きな鍋が見えた。
細切れの手足。煮崩れた頭。
祖母。猟師。母。
全身から血の気が引く。
「どうしたの、赤ずきん」
皆が問う。言葉に漂う獣の臭い。
(2019.3.3)
鶯のさえずりを肴 に、六蔵 は湯呑みを傾けた。傍らの孫介 もならい、静かに目を瞑る。穏やかな春の縁側である。この頭髪に霜の降りた老人たちが宿命の敵同士だと、いったい誰が思うだろうか――
不意に鶯が飛び去った。花散るばかりの静寂が訪れて、二人はどちらからともなく刀を掴み上げた。
(2019.3.4)
とあるジャズメンは言ったそうな、「太鼓は女である」と。大いに賛同したい。彼女のいちばん良いところ目がけてスティックを打ちつければ、シビレる音 で鳴いてくれる。生身の女より魅力的……ってのは冗談だが、たまらないことには違いない。今宵も俺は最高の女達とステージに立つ。
(2019.3.5)
膝の上で眠る猫。あたたかな重み。この小さなけものと喋る言葉は違うけど、言いたいことは何となく分かる。いのちって不思議だね。ゆらゆらと揺れる尾が『?』と問いかける。まだ君には難しいかな。
と、目を覚ました彼。逆さまに目が合う。気だるげな「にゃあ」に「おはよう」で答えた。
(2019.3.6)
智恵子 はレモンをがりりと噛んだが、私はたくあんをかりりと噛む。塩気の中にも大根はしっかりと甘く、昆布のうま味も効いている。あたたかな白米との相性も抜群だ。漬ける前は「お前の足みたいだ」なんて笑っていた夫も、箸を止められないようす。美味しい二重奏は軽やかに朝食に響く。
(2019.3.7)
居酒屋で泥酔した若者は狼藉の限りを尽くしていた。近所でも評判のごろつきである。不運にも中年男が酒を溢してしまい、罵声と共に外へ連れ出された。
しかし30分後、戻ってきたのは中年男だけだった。勘定を払い店を出る彼の手には分厚い茶封筒があったが、それに気づく者はいなかった。
(2019.3.8)
バーテンダーの視点から見るカウンター席は、まるで小劇場だ。喜劇あれば悲劇あり、愛もあれば哀もある。訪れる方々が入れ替わり立ち替わり魅せる万華鏡は目にも鮮やかで、この一杯は、皆様方の演じる素晴らしい舞台の観劇料なのである。
おっと、我々がいただくお代はまた別の話ですよ?
(2019.3.9)
科学技術の進歩により、人類は各々の「月」を所有できるようになった。インテリアにしたり土地として活用したりと、用途は多岐に渡った。そして「月」の普及に反比例して、本物の《月》の価値は失われていった。
これから話すのは、世界から《月》を取り戻そうとした若者達の物語である。
(2019.3.10)
高梨 光希 は《月》を愛する高校生。SNSで繋がった仲間と、その魅力について密やかに語り合う日々を送っていた。
ある日 開発の噂を知った光希は憤り、掲示板に思いの丈を書き殴る。
翌日、突如彼女の元に届いたメールには一言、こう記されていた。
『一緒に《月》を取り戻さないか』
(2019.3.11)
メールの差出人は誰なのか……光希は訝りながらも接触を試みる。廃れた地下鉄の駅で待っていたのは《月》の復権を画策するレジスタンス。同志はさほど歳の変わらぬ若者ばかり。困惑と歓喜を覚える光希を前に、リーダーの赤峰 政晃 は声高に宣 う。
「さあ、忘れかけた憧憬を今一度この手に!」
(2019.3.12)
レジスタンスに加わった光希。命賭けの抗議行動――不謹慎とは思いながらまるで部活のような一体感に心は躍る。そしていつしか目映い政晃の横顔に惹かれていくのだった。
そんなある日、アジトが機動隊による突入を受ける。激しい攻防の末、光希は眼前で懇意の同志・浅香 涼 を喪ってしまう。
(2019.3.13)
綺麗事を並べても所詮はテロリストのたわ言――現実を突きつけられた光希は苦悩する。
そして探り当てた開発計画の全貌。暗号名『棺 』、それは《月》を人類の墓地とする計画だった。《月》の中に眠る――甘美な響きは光希の心を一瞬で奪った。瓦解は音もなく、しかし確かに始まった。
(2019.3.14)
政晃の説得虚しく、一人また一人と去っていく同志達。そして残った5人。光希も動き出せずにいた。
消沈する彼らの前に一人の男が現れる。興梠 和夫 ――『棺 』の中心人物。驚愕する一同に興梠は協力を申し出る。
「知り得る総てを話そう。これ以上あの美しい天体が穢されるのに耐えられない」
(2019.3.15)
(2019.3.1)
寡黙な僕とは裏腹に、饒舌なペン先は絵空事すら自在に紡き出す。だけど君への想いを綴ろうとすると、途端にこいつは僕になる。意味深に見せた沈黙に籠ってしまう。だからもう諦めた。僕はこいつで、ただただ絵空事を書き続けよう。その中の一篇でもいい、君の目に留まったなら、それで。
(2019.3.2)
悲鳴と共に赤ずきんは飛び起きた。狼に殺される夢。青ざめた彼女を祖母と猟師が慰めてくれた。母は台所で料理をしている。背中越しに大きな鍋が見えた。
細切れの手足。煮崩れた頭。
祖母。猟師。母。
全身から血の気が引く。
「どうしたの、赤ずきん」
皆が問う。言葉に漂う獣の臭い。
(2019.3.3)
鶯のさえずりを
不意に鶯が飛び去った。花散るばかりの静寂が訪れて、二人はどちらからともなく刀を掴み上げた。
(2019.3.4)
とあるジャズメンは言ったそうな、「太鼓は女である」と。大いに賛同したい。彼女のいちばん良いところ目がけてスティックを打ちつければ、シビレる
(2019.3.5)
膝の上で眠る猫。あたたかな重み。この小さなけものと喋る言葉は違うけど、言いたいことは何となく分かる。いのちって不思議だね。ゆらゆらと揺れる尾が『?』と問いかける。まだ君には難しいかな。
と、目を覚ました彼。逆さまに目が合う。気だるげな「にゃあ」に「おはよう」で答えた。
(2019.3.6)
(2019.3.7)
居酒屋で泥酔した若者は狼藉の限りを尽くしていた。近所でも評判のごろつきである。不運にも中年男が酒を溢してしまい、罵声と共に外へ連れ出された。
しかし30分後、戻ってきたのは中年男だけだった。勘定を払い店を出る彼の手には分厚い茶封筒があったが、それに気づく者はいなかった。
(2019.3.8)
バーテンダーの視点から見るカウンター席は、まるで小劇場だ。喜劇あれば悲劇あり、愛もあれば哀もある。訪れる方々が入れ替わり立ち替わり魅せる万華鏡は目にも鮮やかで、この一杯は、皆様方の演じる素晴らしい舞台の観劇料なのである。
おっと、我々がいただくお代はまた別の話ですよ?
(2019.3.9)
科学技術の進歩により、人類は各々の「月」を所有できるようになった。インテリアにしたり土地として活用したりと、用途は多岐に渡った。そして「月」の普及に反比例して、本物の《月》の価値は失われていった。
これから話すのは、世界から《月》を取り戻そうとした若者達の物語である。
(2019.3.10)
ある
翌日、突如彼女の元に届いたメールには一言、こう記されていた。
『一緒に《月》を取り戻さないか』
(2019.3.11)
メールの差出人は誰なのか……光希は訝りながらも接触を試みる。廃れた地下鉄の駅で待っていたのは《月》の復権を画策するレジスタンス。同志はさほど歳の変わらぬ若者ばかり。困惑と歓喜を覚える光希を前に、リーダーの
「さあ、忘れかけた憧憬を今一度この手に!」
(2019.3.12)
レジスタンスに加わった光希。命賭けの抗議行動――不謹慎とは思いながらまるで部活のような一体感に心は躍る。そしていつしか目映い政晃の横顔に惹かれていくのだった。
そんなある日、アジトが機動隊による突入を受ける。激しい攻防の末、光希は眼前で懇意の同志・
(2019.3.13)
綺麗事を並べても所詮はテロリストのたわ言――現実を突きつけられた光希は苦悩する。
そして探り当てた開発計画の全貌。暗号名『
(2019.3.14)
政晃の説得虚しく、一人また一人と去っていく同志達。そして残った5人。光希も動き出せずにいた。
消沈する彼らの前に一人の男が現れる。
「知り得る総てを話そう。これ以上あの美しい天体が穢されるのに耐えられない」
(2019.3.15)