2023.4.1~2023.4.15

文字数 2,199文字

「大好きだよ」
 三年間積み重ねられた嘘。私の気持ちを知っていて、何をする気もないくせに、子供のような残酷さでなぶり続けた。笑って耐えるのはもう止め、一矢報いるため、面と向かって拳を握る。
「大好きだよ」
「私もだよ」
 彼は笑った。私も笑った。
 四月一日なんか消えてしまえ。
 (2023.4.1)


 めくり上げた制服から覗く同級生の裸身に、頬が染まったのは性的な興奮からではなかった。少年でも男でもない肉体は、それなのに完成していて、少女でも女でもない肉体の未完成を嗤われた気がしたのだ。不愉快でたまらない。私は不完全なまま愛され、愛するのか――葉桜が青く匂っている。
 (2023.4.2)


 歯をがちがちと鳴らしながら、宇喜田(うきた)道繁(みちしげ)はようやく腹を切った。その作法は目も当てられず、苦痛にのたうち回りながら介錯を乞うた。賄賂にまみれ、遊興に溺れた要職者の末路は醜かった。青筋を立てた奉行は介錯不要と一喝した。宇喜田は失神した。我々はいそいそと幔幕を片付け始める。
 (2023.4.3)


 本殿の屋根に胡座をかきながら、神さまはため息をついた。いい加減お供え物が口に合わなくなってきていた。何百年も米やら酒やらでは飽きもくる。気の利いた参拝客がハンバーグやパフェなんかを供えてくれないだろうか……。
(ああ、そうだった。私には願いをかける相手がいないのだった)
 (2023.4.4)


 あるとき大富豪が街の貧乏人を集めて、自らの所有する宝石を与えた。貧乏人は涙を流して喜んだが、その実、慈善の皮を被った売名行為だった。その証拠に、どの宝石も富豪にとっては小銭程度の価値しかない。それでも貧乏人にとっては何年分もの収入になるところが、この商売の肝だった。
 (2023.4.5)


 腹の底に力が入り、天井がぐんと高くなる――畳に正座するとはこういうことなのか。藺草の香りが緊張をほぐしていく。日常の所作に和を織り混ぜるこの国の文化には感服させられる。聞けば足の痺れというイベントが待っているらしいが、果たしていかなる感動をもたらしてくれるのだろうか。
 (2023.4.6)


 海を焼き、空を焼いて、真っ赤な太陽は水平線に落ちていく。ぼくたち家族は感動すら忘れて、その光景に見入っている。腕の中の我が子は目を輝かせ、太陽に手を伸ばす。彼女が世界の理を知るとき、ぼくたちはどこで何をしているのだろう。瞳に映る赤が、前途を照らす灯であることを願う。
 (2023.4.7)


 被害者が地面に書いた跡は“Y”と読めた。警察や探偵は知恵を絞ったが解明できず、捕まった犯人も“Y”と全く関係なかった。何を伝えたかったのだろうか……?

 その頃、天国では被害者がこっぴどく叱られていた。
「だって憧れだったんだもん、Yの悲劇……」
 ミステリマニアは厄介な人種だ。
 (2023.4.8)


 民家の庭先。まどろんでいた猫が、何かの気配に身体を起こした。垣根がざわつき、人間の頭が覗いた。この家の住人ではない。辺りを窺う侵入者の目が、猫を捉えて止まる。猫はまぶたを伏せた。侵入者はさらに身体を入れようとした。転瞬、ばねのように翔んだ猫の爪が猛然と襲いかかった。
 (2023.4.9)


 二次関数。満州事変。子曰く。有精卵。白墨が伝えた学問の残滓はラーフルと黒板の間で極薄の地層となる。太陽とポリエステルの息で焼き付いて、ダビングされた三学期を投射された末路が、ショベルカーの一撃に崩れる終幕だったのだ。舞い上がった寂慕は、木枯らしの揺りかごに拐われて。
 (2023.4.10)


 人間に代わり文章を作る人工知能が発明された。便利になれば怠け癖がつくのが世の常で、何でもかんでも任せっきりにした結果、人間は文章を書く能力を失ってしまった。ロストテクノロジーと化したことで、先人たちが遺した肉筆原稿は高値で取引されるようになった。その内容はさておき。
 (2023.4.11)


 人気のない路地裏を歩いていたら、物陰から男が飛び出してきた。コートの下は一糸纏わぬ全裸体。よく見ると反対側が透けている。そう言えばこの辺りで変態がひき逃げされたのだった。死後も醜態をさらし続ける姿に哀れを催していたら、いたたまれなさそうに消えていった。成仏してくれ。
 (2023.4.12)


 図書館で借りた絵本は、最後のページが破り取られていた。本当ならそこには、悲しいすれ違いから命を落とす獣の姿が描かれていたはずだ。マナー以前に、何という心ない仕打ちだろうか。全ての物語には約束された結末がある。それを奪うことは、創造された魂の褥を汚す行為に他ならない。
 (2023.4.13)


 私の仕事は、標的を照準器の中心に捉えて引き金を引くこと。標的となるものは人だったり物だったりするがどちらでも構わない。そう思うようになったのは、たぶん親に向けて引き金を引いた後だと記憶している。その時に口座に振り込まれた金額を超えた標的には、いまだ巡り会っていない。
 (2023.4.14)



 修学旅行の恒例イベント、好きな人暴露大会。運命のじゃんけんに破れた第一号は、おずおずとクラスメイトの名前を告白した。全員が固まった。なんと当人、この場に居合わせているのである。突如出現した青春に、僕たちは誰からともなく部屋を出る。野郎には言葉を必要としない時がある。
 (2023.4.15)
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