2022.2.16~2022.2.28

文字数 1,917文字

 児童虐待のニュース、親に反省の色は見られない。憤然としたスタジオでコメンテーターが手を挙げた。歯に衣着せぬ物言いで苦情も多い男だ。
 彼は深呼吸すると、目を見開き、
「――――!!」
 ありとあらゆる罵詈雑言をぶちまけた。
 番組は中断したが、この時ばかりは一件も苦情がなかった。
 (2022.2.16)


 猫の額ほどの庭は手入れを怠って久しく、土は完全に乾上がっている。陶器の欠片が散らばり、そこに何かしらのドラマを見出だそうとしたが無理だった。
「誰だ」
 振り向くと、腰の曲がった老人が立っていた。私は名刺を差し出し、心を無にする。飛び込み営業は正気じゃやっていられない。
 (2022.2.17)


「思」という字を半紙に書いた。そこから「想」と繋げていくはずが、なぜか筆が止まった。文字をじっと眺めていると、輪郭がゆらぎ、活きの良い両生類に変化した。途端に筆は動き出し、奇妙な行列が始まった。

 思思思思思思思思思思

 そこで墨が尽き、我に返った私は半紙を握り潰した。
 (2022.2.18)


 毒薬は一滴で充分――処方した医者は言っていた。だからあのとき、その通りに使えばよかったのだ。それを十滴も垂らしたのだから、何が起こったとしても仕方がない。が……まさかこんなことになるとは。朝刊の一面を飾るのは私が殺したかった人物。
 『世界最高齢、120歳を越えてなおも健在!』
 (2022.2.19)


 繁華街に生まれ育ったので、高い建物のない田舎道はひどく落ち着かない気持ちになる。遠くに見える山々はどこまで行っても景観が変わらず、まるで書き割りのようだ。カメラはどこだ?監督は誰だ?埒もない空想に潰れそうになりながら、足だけは前に進む。カットはいつまでもかからない。
 (2022.2.20)


 早く帰りたい――その一念だった。商談内容も上の空だ。相手越しに“それ”は嫌でも目に入る。応接間の一面はガラス張りで、反対側に牛ほどもあるヒルに似た生き物がへばり付いている。強化ガラスなので心配ないらしいが、でなければどうなっているというのか。“それ”はじっと、私を見ている。
 (2022.2.21)


 モカが翔んだ。マンチカン特有の短い手足を広げて、棚からダイブした。3.5キロを受け止めた腹が痛い……が、喜びが勝る。ちっとも懐いてくれなかったが、ついに自らスキンシップを取ってくれたのだ。今日を記念日にしよう。撫でようと手を伸ばして、
「うっ」
 あえなくパンチに迎撃された。
 (2022.2.22)


 海岸一帯は地獄絵図だった。海に棲まうあらゆる生物が打ち上がっている。目撃者によると、追われるように次々と押し寄せたらしい。辺りは不気味な静寂に包まれていた。そのとき、沖に一塊の波が現れた。みるみる高さを増し海岸に迫る。まるで波も――海も、何かから逃げているように見える。
 (2022.2.23)


 違和感に気づけたのは、嫌になるほど請求書を捌いてきたからだ。仕入と売上の微妙な誤差は横領の事実を示していた。担当部長に報告すると、
「言いがかりだ」
 突き返された。説明しようとするが聞く耳を持たない。その態度に、
 (揉み消す気だ)
 終わりではなかった。これが始まりなのだ。
 (2022.2.24)


 物書きとしてまだまだ未熟だ。怒りや憎しみには容易に筆が動く。湧き立つ衝動に任せて次々と文字が生まれてくる。しかし喜びや悲しみを表そうとすると、途端に筆が鈍る。文字を費やすほど嘘っぽく思えてしまう。必然的に文章のバランスも悪くなる……。何としても、この壁を越えなければ。
 (2022.2.25)


 やりたいことをやりつくした人生に魅力を感じない。あれをしたかったこれができなかったと嘆きながら、愚痴に埋もれて死んでいくほうが人間らしいんじゃないかと思う。しょせんは言い訳なんだろうが、あの世で垂れる恨み言のあるほうが、長い死後を退屈せずに済むというものではないか。
 (2022.2.26)


 深い霧が行く先を隠していた。辺りがほのかに明るいから、向こうに太陽はあるのだろう。それを透かし見ようと、およねは目を凝らす。苦界に沈む前に、まともに見られる最後の機会かもしれない。湿った睫毛が重みを増す。女衒に急かされ、およねは俯いた。ぬかるんだ地面が視界を埋めた。
 (2022.2.27)


 悪魔は召喚者の命を対価に願いを叶える。しかし人生に絶望していた女の命には価値がなかった。契約は変えられない、命に価値を付けるべく、悪魔は女に生きることの喜びを教えた。目論見は成り、命はまばゆく煌めいた。
「何を願う?」
「この幸せの中で死にたいわ」
 悪魔は願いを叶えた。
 (2022.2.28)
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