2023.11.16~2023.11.30

文字数 2,195文字

 新幹線の社内を走り回る子供は、私の荷物を派手に蹴り倒した。
「おい、親はどこだ!」
「まあまあ、子供のしたことですし」
「だったら親の責任だろ!あっ、せっかく買った骨董品が割れてる!」
「どれどれ……ああ、大丈夫、これ偽物ですよ」
「そういう問題じゃ――いやちょっと待って」
 (2023.11.16)


 担当になった患者は、同じ妄想を複数人で共有しているという稀有な症例だ。今日は我々を監視する全能の目について力説され、ヘトヘトだ。
「ご苦労様。もう上がりなさい」
 所長に労われ、自室に戻る。着替えて寛ごうとするが、落ち着かない。最近ドアから覗いてくるあれは誰なんだろう。
 (2023.11.17)


「恥ずかしいから言わないだけ」は最悪の言い訳。腰抜けに興味はないから、さっさと消えてちょうだい。わたしは素直なひとが好き。好きなら好きと、嫌いなら嫌いと言えるひとに愛されたい。この唇も身体も許すわ。ああ、でもその裏に残酷な刃が潜んでいることには、ずる賢く目を瞑るの。
 (2023.11.18)


 かじかんだ手に息を吐いて、半蔵(はんぞう)は縄をない始めた。夜明けまでに仕上げねばならぬ仕事だった。半蔵は縄作りの名人である。しなやかで丈夫な縄を求め、注文が絶えることはない。何に使われるか知るところではないが、長年の経験が想像力を逞しくした。今回は、とりわけ血腥い臭いがする。
 (2023.11.19)


「飴買っておくれよぉ」
 泣き喚く子供の腕をつかみ、母親は露店から引き離していく。二人とも垢じみていて、生活に余裕があるようには見えない。不憫だが、下手な同情はお互いのためにならない。私は日用品を買いその場を離れた。まだ子供の声が聞こえる。母親をなじる、無垢な凶器……。
 (2023.11.20)


 夜泣きそば屋は開いていた。のれんを跳ね上げ大盛り一杯、ついでに熱燗。もうもうと立つ湯気に出汁の香りが乗って、空きっ腹に染みる。へいお待ち。置かれたどんぶりを抱えて、黙々と手繰り込む。そばそば酒のループ。必死に追い求めなくたって、幸せはすぐ傍にある。そばだけにってか。
 (2023.11.21)


「オレの給与、間違ってるじゃん。ちゃんと年末調整したでしょ」
「はい、それでこうなって――」
「だったら何で税金戻ってこないの!逆に取られてるし!」
 それは扶養家族が……って理解しないだろうな。一応説明するが、
「分からん!なんとか戻ってくるようにしてよ!」
 勘弁してくれ。
 (2023.11.22)


 繁華街の灯が消えている。閉店しているわけではない。たまたま定休日や臨時休業が重なっただけだが、夜の闇に沈んだ雑居ビルの輪郭は奇妙な焦燥感を私にもたらしていた。街に拒まれている――いや、考えすぎだ。そうだよな?壊れた電球が狂ったように明滅している。それが答えなんだろう。
 (2023.11.23)


 通帳の残高を見るたび、ため息が出る。年金暮らしはいくら切り詰めても余裕がない。減り続ける数字があの世へのカウントダウンに見えてくる。徹底的に搾り取られた挙げ句、おこぼれ程度しかもらえない。もはやこの国に期待しないが、まだ死にたくない。さあ、今夜の献立を考えなくちゃ。
 (2023.11.24)


「いい匂いがするなぁ」
「すぐご飯できるからね」
 彼女と会話しながら、指は浮気相手への愛を綴る。バレたときは別れる覚悟はあるが、それまでは楽しもうと思っている。まさか自分がこんな不貞を犯すとは。それでいて罪悪感の欠片も浮かばないのは、結局本気じゃなかったからだろうか。
 (2023.11.25)


「正直に答えてください。どうして急にハンドルを切ったんですか?」
「だから言ってるでしょ!幽霊がいたんだって!」
「幽霊なんていない――」
「あの……」
 振り向くと、幽霊が気まずそうに立っている。
「います。私が悪いんです」
「そう……じゃあ、詳しくは署のほうで」
 よかった。
 (2023.11.26)


「おい、何だよこれ」
「大将の首です」
「布で巻いてちゃ分かんねえだろ。外せ」
「はっ……」
「うえっ、ぐちゃぐちゃだ!」
「緊張で手が滑り……」
「また映倫がうるさいぞ。ん、何か鼻の位置がおかしいな……あっ、別人の首を繋げてやがる!」
「くそ、バレたか」
「バカヤロー!」
 (2023.11.27)


「例の船はまだ見当たりませんね」
「このご時世に海賊だなんて、おめでたい奴らだよな」
「しかし被害が出ていますから……あっ、いた!12時の方向!」
「双眼鏡を貸せ……えっ」
「どうしました?」
「海賊って言うから、てっきりカリビアンなあれかと……」
 おめでたいのはどっちだ。
 (2023.11.28)


「できませんとか言うな。自分の限界を自分で決めちゃダメだ」
 もちろん。さらに言うなら他人が決めるものでもないんだ。禅にも通じる理念が時に、面倒ごとを押し付けるための免罪符になっている。そして忌まわしきは、この言葉を吐く人間の大半が自分を対象に入れていないということだ。
 (2023.11.29)


 家電売り場をぶらぶら歩く。指では足りない桁数からお手頃価格まで、時が経つのを忘れて技術の粋を堪能する。冷蔵庫の表面に映っているのは、おもちゃ屋で目を輝かせていた少年の面影。決して手に入らないからこそ楽しかった。それは今でも変わらないが、魔法のカードは最後の切り札だ。
 (2023.11.30)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み