2021.3.1~2021.3.15

文字数 2,211文字

 砂漠の深奥で発見された遺跡。広間には固く閉ざされた棺が大量に並んでいる。
「妙ですね、これだけ棺があるのに、埋葬に関する遺物がないとは」
「……まさかとは思うが、この文明には死が存在しなかったのではないか?」
 このとき、調査団の背後で棺の――否、“寝台”の蓋が音もなく開いた。
 (2021.3.1)


 今宵も終電に見捨てられ、独り歩く帰り道。疲れ切った身体は無意識に、ケーキ屋の前で立ち止まる。提げられた『CLOSED』の札、薄明かりの残る店内を眺め、売れてしまったケーキを思う。と、ずれた焦点はガラスに映る自分の姿を捉える。そう、本当に欲しいのはケーキなんかじゃないのだ。
 (2021.3.2)


 五十年。この雛壇から望む景色も、ずいぶんと変わった。泣き虫だった娘が、母になり、祖母になる。人の似姿であるだけの我らにも、心というまぼろしを見せてくれる。 いま、未来へと歩み始めた小さな手が、我らに触れる。はじめまして。ぬくもりを感じながら祈る。どうか、健やかであれ。
 (2021.3.3)


 順風満帆じゃヌルすぎる、だけど波瀾万丈じゃキツすぎる……ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ。人生で美味しいとこ取りしようなんて、虫が良すぎるんだ。長かろうが短かろうが一回こっきり、覚悟を決めやがれってんだ。俺か?俺はどっぷりぬるま湯、イージーモードで行かしてもらいますわ。
 (2021.3.4)


 コンビ漫才中。
 H「ナハハ!(ブッ)」
 M「もー、そういうの要らんて!」
 H「生理現象やって、しゃあないやんか」
 M「出すならもうちょい遠慮せえよ。すごいねん、爆風が」
 H「爆風て(笑)」
 M「こないだなんかお前の後ろにおったやつ、靴だけ残して消し飛んでたもん」
 H「ンハハ!(殴)」
 (2021.3.5)


 おおかみ座から放たれた流星群は、軌道上に存在する天体をことごとく食い荒らしていった。地球人が付けた名は、その本性を射抜いていたのだ。孤独な旅人ボイジャーもその牙に斃れた。意思なき彼らに罪は問えぬが、光点を喪っていく天球図を前に、やり場のない怒りと悲しみを握りしめる。
 (2021.3.6)


 遠い星から来た生命体は膨大な記憶を有していた。接触した生物の記憶を複製することができるのだ。彼らの記録には、今は失われた文明のものもあった。
「忘却を免れるならそれは不死と同じ。我々は“記録”の担い手として、貴方がたを死なせはしません」
 彼らは次の星へと旅立っていった。
 (2021.3.7)


「今日、友達のとこに泊まるから」
 それだけ言って電話を切る。親に嘘つくのも慣れた。たぶんバレてるけど、何も言わないなら認めたも同然だ。夜に白い息を吐きながら、男の家への道を歩く。一時間後に待つ交わりに疼く芯。ローファーがアスファルトを擦って、磨り減っていく私の十七歳。
 (2021.3.8)


「ありがとう」をためらう。感謝しないわけじゃない。ただ言葉というものの重みを考えると、ブレーキがかかるのだ――心からそう思っているだろうかと。起伏のない人間関係などあり得ない。口を開いた瞬間、負の記憶が甦り、喉は引きつる。なんでこんなにひねくれているのか。生きづらいよ。
 (2021.3.9)


 猜疑心が強いので、言葉の裏を読もうとする。本心で語る人間なんて滅多にいないのだ。本当に裏などないかもしれないし、裏だと思うからそう見えるのかもしれない。だが手を抜いて痛い目に遭うのは自分だ。一方で、大本である自分自身を疑わないのは片手落ちとしか言いようがないけれど。
 (2021.3.10)


 キンデルダイクの湿地帯を歩いた。曇天を背に建ち並んだ風車が、ゆるゆると羽根を回している。
 ふと、視線を感じる。辺りに目をやるが、農家たちはみな屈み込んで作業をしている。違和感を覚えながら町を抜ける。
 何となく振り返る。
 建ち並ぶ風車。
 回る羽根。
 一様に、こちらを向いて。
 (2021.3.11)


 敵の大将は潔かった。敗北を悟るや否や、私のような新参兵に首を差し出したのだ。彼には覚悟があった。
 だが私にはなかった。
 震える刃は首を断てず、骨を噛んだ。大将はわめきながらのたうち回り、苦しみ抜いて死んだ。
 その夜、私は逐電した。侍の面汚しは恥に灼かれながら野を駆けた。
 (2021.3.12)


 その人物は、郊外の墓地に眠っている。碑にはただ氏名だけが記され、花を手向ける者も絶えて久しい。世界的に有名な理論の成立に関わったのだが、一般人はおろか学界ですら存在を知られていない。理論中で、この人物は常にアルファベットで呼称されている。例えば「囚人A」というように。
 (2021.3.13)


 今日は、本当なら妻にお返しをしなければいけない日だ。だけどツケは溜まりに溜まって、今年もまたひとつ。大気に乗って届く一途な想い。もういいよ。そう言いたい。けれどもこの喜びを偽りたくない。涙だけは渇れないのが救いだ。熱く濡れた目を擦って、空の上から彼女に愛をささやく。
 (2021.3.14)


 麻木(あさぎ)松彦(まつひこ)の自己評価は“愚鈍な人間”である。気が利かぬ、愛想が無い、仕事はこなすが要領が悪い……成程、的を射ている。
 それだけなら善いが、面倒な事に、他人が評価されていると嫉妬に駆られる。
(俺の方が有能なのに)
 酷く矛盾している。そしてその矛盾に麻木は気付いていないのである。
 (2021.3.15)
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