2023.10.16~2023.10.31
文字数 2,349文字
心身ともに不調、そんなときは自分を甘やかすのがいちばんの特効薬――。
「ってあんた、年中甘やかしてるじゃない」
「ははは、バレたか」
「正直になりなさい」
「そんじゃ正直に……飲みたーい!食べたーい!遊びたーい!」
「よっしゃ、行くぞー!」
わたしたちはこれで生きていける。
(2023.10.16)
なぜ犯人は脱糞したのか?――おそらく推理小説史上もっとも品のないホワイダニット。探偵は論理的解決を導けるのだろうか。
「なんだこれは!」
編集者は原稿を床に叩きつけた。
「私は真面目です」
「どこがだ!ちなみにオチは?」
「ごにょごにょ……」
「すぐ書け、これは売れるぞ!」
(2023.10.17)
山から降りてきたヒグマが住宅街に逃げ込んだ。猟銃を携えやってきたハンターの前に、動物愛護団体が立ちはだかる。
「可哀想なことをするな!命を何だと思って――」
ハンターは躊躇なく引鉄を引いた。
「駆除しました」
道を開けるハンター。無責任論者の屍を踏み越え、本隊が到着した。
(2023.10.18)
夫は厳めしい顔で軍服に袖を通している。介添えしながら、詩子(うたこ)の目は背中の中心――夫の目が届かないところにある解れを見ている。殉死だと大層な覚悟を掲げるわりに、身近にある綻びにすら気づかない。後を追うように言いつけられているが、誰が守るものか。詩子は能面になりきっている。
(2023.10.19)
お山に連れていってくれるなんて初めてね。こんなにおめかししたのも初めてよ。お父様はここに水を溜める仕事をしているのね。素晴らしい景色。お父様のあったかな手が背中を――ああ、最期まで狂ったふりをしていたかった。私は人柱。真っ青な空を蹴って、遠ざかる父の貌はもう見えない。
(2023.10.20)
死に臨み、悔いは何もないと友人は言った。その悟り切った口調が癪に障って、本当にそうなのかと問い詰めた。友人の答えは淀みなかった。ついにかける言葉が絶えたとき、
「ひとつだけあった」
「え?」
「お前のことを実は友人じゃないのではないかと疑っていた。最後に知れてよかった」
(2023.10.21)
そこは標識の墓場だった。錆び、折れ、役に立たなくなったありとあらゆる標識が無造作に地面に突き立てられている。彼らは遺体であると共に墓碑だった。誰にも読まれることのない、そして彼ら自身ではなく他者に向けられた墓碑だった。ときおり羽を休めに来る鳥の歌だけが、慰めだった。
(2023.10.22)
「ちょっとちょっと!何してるんですか!」
血相を変えて駆け寄る。男性が焼却炉に投げ込もうとしているのは、どう見ても人間。先輩も飛んできた。
「こらー!」
「す、すみません」
「向こうに棄てて!」
「そう向こうに……え?」
「ロボットは燃えないゴミ!分別はきちんとしてくれ」
(2023.10.23)
「胃に妙な影があります」
「……」
「ポリープやガンじゃない。こんな立体は人体に存在しない」
「……」
「何ですかこれ」
「…………」
連行される患者を見送りながら、医師は呆れ顔だ。
「初めてだよ、健康診断で逮捕なんてのは。薬物を密輸するのに飲み込んだのを忘れるなんて……」
(2023.10.24)
「よそ者だから関わらないほうがいいよ」
熱心に触れ回る隣人の行動が、私を村で孤立させている。白い目で見られ、息が詰まるような日々だ。だが隣人には逆に感謝している。付き合いが希薄なほうが、目的に気づかれる可能性が低くなるからだ。そして今日、荷物が届いた。決行の日は近い。
(2023.10.25)
「探偵さん、まだですか。早く娘を捜して――」
「悪いが手を引かせてもらう」
「えっ?」
「何が娘だ。殺したらいくらもらえるんだ?」
「…………」
「ほら、もう警察が来るぞ」
その一瞬を付き、右手のナイフが男を貫く。
「それと、俺は探偵じゃない。同業者だ。頼む相手を間違えたな」
(2023.10.26)
終演後、トライアングル奏者が楽団員に詰められている。
「何で落ちたんだ!あの一発が無きゃ台無しじゃないか!」
「すまん……」
「まったく……次は頼むよ」
解放されて、楽器を手にした彼は悔しげに呟いた。
「寝ずに仕上げたのになぁ」
会心のひと打ちが、無人のホールにきらめく。
(2023.10.27)
ビジネス書を出すような経営者をすごいと思う一方で、理解できない存在だと割り切っている自分がいる。彼ら彼女らのエピソードは成功者だから許されるものもあり、私のような凡人なら白い目で見られるかクビになるか、あるいは最悪、社会から弾かれるかだろう。成功者は常識の外にいる。
(2023.10.28)
「どうせ長く生きられないなら好きなことやらせてよ」
患者のなかにはこうやって、己を省みない人がいる。きつい言い方をするなら、命を楯にした脅迫だ。悲しいと思うことはない。医者と言えども仕事だから。ただ腹立たしい。やったことが無駄になるのは、仕事において最悪の結果だから。
(2023.10.29)
コスト管理に「乾いた雑巾を絞る」という考えがある。究極の合理化を表すものだが、絞れば絞るだけ雑巾は痛み最後は千切れてしまう。絞る側はせいぜい手が痛いだけ、千切れたら別の雑巾を探せばいいという傲慢さが透けてみえる。そもそも乾いた雑巾から出るもので何をしようというのだ。
(2023.10.30)
人工知能は日に日に増え、ついに市民権を主張し始めた。政治家は票欲しさに認めたが意外と融和し、平和な時代が訪れた。
しかしある日、外宇宙からの攻撃で地球は消滅した。知的生命体が一定数を超えた場合に作動する仕組みだった。消滅の瞬間、生身の人間は数えるほどしかいなかったが。
(2023.10.31)
「ってあんた、年中甘やかしてるじゃない」
「ははは、バレたか」
「正直になりなさい」
「そんじゃ正直に……飲みたーい!食べたーい!遊びたーい!」
「よっしゃ、行くぞー!」
わたしたちはこれで生きていける。
(2023.10.16)
なぜ犯人は脱糞したのか?――おそらく推理小説史上もっとも品のないホワイダニット。探偵は論理的解決を導けるのだろうか。
「なんだこれは!」
編集者は原稿を床に叩きつけた。
「私は真面目です」
「どこがだ!ちなみにオチは?」
「ごにょごにょ……」
「すぐ書け、これは売れるぞ!」
(2023.10.17)
山から降りてきたヒグマが住宅街に逃げ込んだ。猟銃を携えやってきたハンターの前に、動物愛護団体が立ちはだかる。
「可哀想なことをするな!命を何だと思って――」
ハンターは躊躇なく引鉄を引いた。
「駆除しました」
道を開けるハンター。無責任論者の屍を踏み越え、本隊が到着した。
(2023.10.18)
夫は厳めしい顔で軍服に袖を通している。介添えしながら、詩子(うたこ)の目は背中の中心――夫の目が届かないところにある解れを見ている。殉死だと大層な覚悟を掲げるわりに、身近にある綻びにすら気づかない。後を追うように言いつけられているが、誰が守るものか。詩子は能面になりきっている。
(2023.10.19)
お山に連れていってくれるなんて初めてね。こんなにおめかししたのも初めてよ。お父様はここに水を溜める仕事をしているのね。素晴らしい景色。お父様のあったかな手が背中を――ああ、最期まで狂ったふりをしていたかった。私は人柱。真っ青な空を蹴って、遠ざかる父の貌はもう見えない。
(2023.10.20)
死に臨み、悔いは何もないと友人は言った。その悟り切った口調が癪に障って、本当にそうなのかと問い詰めた。友人の答えは淀みなかった。ついにかける言葉が絶えたとき、
「ひとつだけあった」
「え?」
「お前のことを実は友人じゃないのではないかと疑っていた。最後に知れてよかった」
(2023.10.21)
そこは標識の墓場だった。錆び、折れ、役に立たなくなったありとあらゆる標識が無造作に地面に突き立てられている。彼らは遺体であると共に墓碑だった。誰にも読まれることのない、そして彼ら自身ではなく他者に向けられた墓碑だった。ときおり羽を休めに来る鳥の歌だけが、慰めだった。
(2023.10.22)
「ちょっとちょっと!何してるんですか!」
血相を変えて駆け寄る。男性が焼却炉に投げ込もうとしているのは、どう見ても人間。先輩も飛んできた。
「こらー!」
「す、すみません」
「向こうに棄てて!」
「そう向こうに……え?」
「ロボットは燃えないゴミ!分別はきちんとしてくれ」
(2023.10.23)
「胃に妙な影があります」
「……」
「ポリープやガンじゃない。こんな立体は人体に存在しない」
「……」
「何ですかこれ」
「…………」
連行される患者を見送りながら、医師は呆れ顔だ。
「初めてだよ、健康診断で逮捕なんてのは。薬物を密輸するのに飲み込んだのを忘れるなんて……」
(2023.10.24)
「よそ者だから関わらないほうがいいよ」
熱心に触れ回る隣人の行動が、私を村で孤立させている。白い目で見られ、息が詰まるような日々だ。だが隣人には逆に感謝している。付き合いが希薄なほうが、目的に気づかれる可能性が低くなるからだ。そして今日、荷物が届いた。決行の日は近い。
(2023.10.25)
「探偵さん、まだですか。早く娘を捜して――」
「悪いが手を引かせてもらう」
「えっ?」
「何が娘だ。殺したらいくらもらえるんだ?」
「…………」
「ほら、もう警察が来るぞ」
その一瞬を付き、右手のナイフが男を貫く。
「それと、俺は探偵じゃない。同業者だ。頼む相手を間違えたな」
(2023.10.26)
終演後、トライアングル奏者が楽団員に詰められている。
「何で落ちたんだ!あの一発が無きゃ台無しじゃないか!」
「すまん……」
「まったく……次は頼むよ」
解放されて、楽器を手にした彼は悔しげに呟いた。
「寝ずに仕上げたのになぁ」
会心のひと打ちが、無人のホールにきらめく。
(2023.10.27)
ビジネス書を出すような経営者をすごいと思う一方で、理解できない存在だと割り切っている自分がいる。彼ら彼女らのエピソードは成功者だから許されるものもあり、私のような凡人なら白い目で見られるかクビになるか、あるいは最悪、社会から弾かれるかだろう。成功者は常識の外にいる。
(2023.10.28)
「どうせ長く生きられないなら好きなことやらせてよ」
患者のなかにはこうやって、己を省みない人がいる。きつい言い方をするなら、命を楯にした脅迫だ。悲しいと思うことはない。医者と言えども仕事だから。ただ腹立たしい。やったことが無駄になるのは、仕事において最悪の結果だから。
(2023.10.29)
コスト管理に「乾いた雑巾を絞る」という考えがある。究極の合理化を表すものだが、絞れば絞るだけ雑巾は痛み最後は千切れてしまう。絞る側はせいぜい手が痛いだけ、千切れたら別の雑巾を探せばいいという傲慢さが透けてみえる。そもそも乾いた雑巾から出るもので何をしようというのだ。
(2023.10.30)
人工知能は日に日に増え、ついに市民権を主張し始めた。政治家は票欲しさに認めたが意外と融和し、平和な時代が訪れた。
しかしある日、外宇宙からの攻撃で地球は消滅した。知的生命体が一定数を超えた場合に作動する仕組みだった。消滅の瞬間、生身の人間は数えるほどしかいなかったが。
(2023.10.31)