2022.5.16~2022.5.31

文字数 2,342文字

 宵の辻を歩いていた(きし)幸右衛門(こうえもん)は、突然の襲撃を受けた。金で雇われたごろつきどもだ。彼は悠々と刀を抜いた。が、軽い。見れば手には柄だけ……目釘が抜けたのだ。肉迫する刃、逃げるには遅すぎた……。
 こうして幸右衛門は死んだ。土地の侍は辻に差しかかると、目釘の具合を確かめるという。
 (2022.5.16)


 重ねた白粉を紅で留めたら、芸妓の出来上がり。座敷に向かうと、客の中に彼の顔を見い出す。職場では他人のふり、それが二人の決めごとだ。わざと身を寄せると、貝のような耳たぶが燃え上がった。いとしいひと。頬は今にも蕩けそう……けれど傍目には涼やかな笑み。化粧は素顔を隠すのだ。
 (2022.5.17)


 台の上で、男女が寄り添っている。足元のプレートには『夫婦』とある。標本なのだ。皮膚を取り去り筋肉を剥き出しにした状態で衆目に晒されている。死者の結婚は各地に見られる習俗だが、それは集団として必要だから行うのだ。根底にあるのは弔意である。今それが在るか?私には、無い。
 (2022.5.18)


『晴れ渡る空の下、見渡す限りに“どくろ”が咲いている』
 はっと手が止まる。読み返せば“つつじ”だった。髑髏と躑躅……遠目ならばだが手元の本でやってしまうとはいよいよ歳か。読書に戻るも、頭に浮かぶのは辺り一面の髑髏。その不思議なのどかさが心地よくて、私は本を置いて目を閉じた。
 (2022.5.19)


 怪物は人間と仲良くなりたかった。しかしおぞましい姿を持つ彼に近づく者はいない。怪物は意を決し、自ら爪と牙を抜き喉を潰した。ところが人間はこれ幸いと、武器を使い彼を傷つけた。生き絶える刹那、怪物は辺りに広がる安堵の顔を見た。そして、これで良かったのだと思うことにした。
 (2022.5.20)


「いらないわよ、千羽鶴なんて」
 智子(ともこ)は非難を浴びせてきた。そう言われても委員長の役目なのだから困る。腹が立って、自分の鶴をこっそり千切って帰った。翌朝、洗濯機が壊れた。制服に入れたままの折り鶴が詰まったらしいが……。どろどろに溶けた色紙が、排水溝をみっちりと塞いでいる。
 (2022.5.21)


 行為が終わり、気だるさに浸っていたら、汗でべたつく腕に抱き締められた。もう少し余韻を楽しんでから――身を捩ったら何を勘違いしたか、荒い息を吐きながら両足を押し広げてきた。男の本性はこういう時に出る。振動に耐えながら枕に顔を埋めて、別れ文句のシミュレーションを開始する。
 (2022.5.22)


 神官は厳かに祝詞をあげていたが、突如として祭具をなぎ払った。同じ毎日のくり返しに嫌気が差したのである。祭壇に安置された御神体の箱を掴み出す。どうせこの中には古びた石か何かが入っているに過ぎないのだ。神官は乱暴に封を剥がし、

 その瞬間、彼の存在はこの世界から消滅した。
 (2022.5.23)


 背中を撫でると、ミケは心地よさそうに目を細めた。半年前には考えられなかった姿だ。保護猫預りは今日でおしまい。寂しいけれど、最後は笑顔で送り出そう。
 部屋を出る際、ミケは振り返って、ひと声鳴いた。

「ありがとう」

 気のせいだ。気のせいなのに、目の前が何も見えなくなった。
 (2022.5.24)


「わしは何番めの夫になるのだ?」
 王の問いに女は答えた。
「五番めでございます」
 これといった特徴のない女である。道ですれ違っても目を留めることはないだろう。しかし女が言うように、先に四人の夫を持ち、そのいずれもが破滅しているのだ。王はその謎が知りたくて、彼女を娶った。
 (2022.5.25)


「いいだろ、すぐ済むからよ」
 脂臭い息をかわしながら、お須磨(すま)は腰に回る手を叩いた。
「夜鷹にも決めごとがあるのさ。今夜はおしまい。それともお銭を弾んでくれるかい」
「けッ、身の程を知りやがれ!」
 そんなものとっくに知っている。だから意地でも張らなきゃ生きていけないのだ。
 (2022.5.26)


「ひまだからゲームやろうぜ」
「いいよ」
「ピザって10回言ってみて」
「ありきたりだな。ピザ、ピザ、ピザ、ピザ……」
「じゃあ、ここは?」
「ひ・じ」
「ブーッ、正解はピザでした!」
 そう言うと、友人はおもむろに肘をスライスし始めた。恐くなった僕は一目散にその場から逃げた。
 (2022.5.27)


 たいしたことを言っていないのに周りが明るくなり、たいしたことをしていないのに周りから誉められる……彼には有無を言わせぬ魅力がある。私はその真逆だ。何を言っても周りが暗くなり、何をしても周りから疎まれる。これが授けられた能力なら、神さまは私に何を期待しているのだろう。
 (2022.5.28)


「おばあちゃん、おうちはどこ?」
 努めて穏やかに訊ねる。老婆は険しい表情で、
「オラース、次元の狭間に聳える白亜の城」
 何度訊いても同じだ。珍しいことではないが、警察も暇ではない。
「送っていくよ」
「感謝する」
 気づけば私は、見たことのない世界に立っていた。
「……え?」
 (2022.5.29)


 世界を蹂躙した怪獣は各国の総攻撃により駆除された。幸いにも太平洋のど真ん中だったので、死骸は深い海の底に沈んでいった。
「後始末をせずに済んだ」
 為政者たちの安堵を、学者の金切り声が破った。
『怪獣の血液が海水と化学反応を起こしています!このままだと数年後に地球は……』
 (2022.5.30)


 オペラは佳境らしい。らしいと言うのは話の筋がとんでいるからだ。隣の男が早々に居眠りを始め、いびきが耳について仕方ない。初演を楽しみにしていたのに……幕は降りたが拍手する気は起きない。
「本日は作曲者にお越しいただいております」
 やおら立ち上がったのは――居眠り男だった。
 (2022.5.31)
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