2021.11.16~2021.11.30
文字数 2,222文字
気まぐれに応募した日雇いバイト。キャラクターの着ぐるみに入って遊園地を練り歩く――暑い臭いを我慢すれば何とかなるだろう……愚かだった。
「出してくれ!」
俺は叫ぶが、外には届かない。
『こんにちは、あそびましょ!』
着ぐるみは勝手にしゃべる。
この中には、俺以外の何かが居る。
(2021.11.16)
くつくつ。くつくつ。
笑っているな――読経を続けながら、背中で感じ取る。一見不謹慎だが、恐らく彼らに死者を冒涜する気はない。云わば心の誤作動で、非日常が感情の回路を狂わせ、ちぐはぐな反射を引き起こしているのだと思っている。彼らは深い混乱にある。悲しみイコール涙ではない。
(2021.11.17)
レジにビールの缶が置かれた。大人びているが、中学生くらいだろう。身分証を求めると文句を垂れた。何と言われようと未成年に酒は売れない。伝えると、ふて腐れて出て行った。ざまあみろ。
と、バックヤードから店長が飛び出してきた。
「さっきのやつ、レジ横のタバコ抜いてったぞ!」
(2021.11.18)
皆既月食に乗じて、魔物は月を齧ってみた。あまりの美味さに二口三口、ついには全部食べてしまった。困った魔物に神さまは、
「新しいのを作るまで代わりをしていなさい」
しぶしぶ魔物は丸まって、空に輝いた。神さまはほくそ笑んだ。
「掛け替えるつもりだったから、ちょうどよかった」
(2021.11.19)
放課後、二人きりの教室で、僕の初恋は実った。
「ひとつだけ約束して」彼女は言った。
「あなただけを愛すから、少しでも長生きしてね」
理由はいずれ分かるから、と。
十年が経ち、僕は相応に歳をとった。
一方彼女はといえば、何ひとつ変わっていない。
外見も、髪の毛の一本すらも。
(2021.11.20)
「世界にただ一頭、人の言葉を理解するゴリラ、ルーサーです!」
興行は連日大成功、彼は一躍時の人(?)となった。
最終日の夜、興行主は檻の前で平身低頭していた。
「素晴らしいアイデアでした」
「あんなのゴリラでも思い付く。人間のくせに賢くないんだな」
ルーサーは札束を弾いた。
(2021.11.21)
今日は『いい夫婦の日』……少なくとも、いい夫じゃなかったことは間違いない。家の事は任せっきり、感謝の言葉も中途半端だった。記念日だけ何かするのも、罪滅ぼしみたいで避けてきた。今さらこんなことしても遅いよな――ため息をよそに、鉢植えのポインセチアは遺影を鮮やかに染めている。
(2021.11.22)
師範は問う。
「何のため剣術を習う?」
強くなるため。
「己の強さをどう示す?」
勝ちにて。
「勝ちとは?」
命を絶つこと。
「来る場所を間違えたな」
師範は去る。こちらの台詞だった。無益な殺生は往生できぬ――そう思っているのだ。
「臆病者め」
信仰すら捨てられず、何が強さだ。
(2021.11.23)
「いいか、俺の若い時はな……」
「さすがっすね!」
「グラスお注ぎします」
「気が利くじゃないの」
会場は大盛況だ。その頃、小洒落たバーでは。
「ああまでして、ちやほやされたいかね」
「いいんじゃない、無理に付き合わなくてよくなったし」
飲みニケーション居酒屋、流行ってます。
(2021.11.24)
酌をする女郎には小指が無かった。右手左手、両足もだ。好いた男にやったと言う。
「毎度毎度死ぬ程焦がれちゃ裏切られ、終いにゃそんな汚いもんいるかって言われて、それで漸く諦めましたのさ。ですからね、四回死んでもまだ生きてる妾は」
立派な化け物なんで御座いますよ――女は嗤った。
(2021.11.25)
臨終までに死への心構えが出来ていれば立派だ。とはいえそんな人間は少数で、大抵は未練を抱いたまま死ぬことになる。あの世もそんな負の思いを持ち込まれても困るので、入国(?)前に抜き取って現世に捨てている。それが凝ったのが幽霊なので、彼らは決まって恨めしい顔をしているのだ。
(2021.11.26)
卒論をチェックしながら、つくづく学生の質が下がったと思う。論理の展開が甘い。文法が怪しい。及第点はやれるが、これ以上の見込みはない。しかし彼ら彼女らはそれで満足だろう。卒業が目的なのだから。最高峰の研究機関たる大学は、いつからただの通過地点に成り下がったのだろうか。
(2021.11.27)
モーツァルトの名曲『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』、その散逸した第2楽章の楽譜が見つかった。が、大部分が汚れで読めず異臭もひどかった。収められた箱には彼のメモが入っていた。
「漏らしたから拭いちゃった。捨てるの惜しいから取っとこう。びっくり箱だ、ヴィクトリア!」
(2021.11.28)
芸術家がどれだけリアルに描写しても、現実そのものでない限りは嘘に過ぎない。それでも真と思わせるにはもっともらしい嘘をつく必要があるわけで、その点で芸術家は詐欺師的才能の持ち主でなければならない。詐欺師は九の真に一の偽を混ぜるとか。嘘と真は不可分だ。疎かにするなかれ。
(2021.11.29)
11月の朝に舞い上がった銀杏吹雪に、物語の始まりを予感する―。
「あっ」
うっかり通行人とぶつかってしまっ……何という美女!これはもしや?!
「失礼、お怪我は?」
精一杯紳士を気取って手を差し伸べると、
「……いま触りましたよね」
「えっ」
「この人痴漢です!!」
物語が始まった。
(2021.11.30)
「出してくれ!」
俺は叫ぶが、外には届かない。
『こんにちは、あそびましょ!』
着ぐるみは勝手にしゃべる。
この中には、俺以外の何かが居る。
(2021.11.16)
くつくつ。くつくつ。
笑っているな――読経を続けながら、背中で感じ取る。一見不謹慎だが、恐らく彼らに死者を冒涜する気はない。云わば心の誤作動で、非日常が感情の回路を狂わせ、ちぐはぐな反射を引き起こしているのだと思っている。彼らは深い混乱にある。悲しみイコール涙ではない。
(2021.11.17)
レジにビールの缶が置かれた。大人びているが、中学生くらいだろう。身分証を求めると文句を垂れた。何と言われようと未成年に酒は売れない。伝えると、ふて腐れて出て行った。ざまあみろ。
と、バックヤードから店長が飛び出してきた。
「さっきのやつ、レジ横のタバコ抜いてったぞ!」
(2021.11.18)
皆既月食に乗じて、魔物は月を齧ってみた。あまりの美味さに二口三口、ついには全部食べてしまった。困った魔物に神さまは、
「新しいのを作るまで代わりをしていなさい」
しぶしぶ魔物は丸まって、空に輝いた。神さまはほくそ笑んだ。
「掛け替えるつもりだったから、ちょうどよかった」
(2021.11.19)
放課後、二人きりの教室で、僕の初恋は実った。
「ひとつだけ約束して」彼女は言った。
「あなただけを愛すから、少しでも長生きしてね」
理由はいずれ分かるから、と。
十年が経ち、僕は相応に歳をとった。
一方彼女はといえば、何ひとつ変わっていない。
外見も、髪の毛の一本すらも。
(2021.11.20)
「世界にただ一頭、人の言葉を理解するゴリラ、ルーサーです!」
興行は連日大成功、彼は一躍時の人(?)となった。
最終日の夜、興行主は檻の前で平身低頭していた。
「素晴らしいアイデアでした」
「あんなのゴリラでも思い付く。人間のくせに賢くないんだな」
ルーサーは札束を弾いた。
(2021.11.21)
今日は『いい夫婦の日』……少なくとも、いい夫じゃなかったことは間違いない。家の事は任せっきり、感謝の言葉も中途半端だった。記念日だけ何かするのも、罪滅ぼしみたいで避けてきた。今さらこんなことしても遅いよな――ため息をよそに、鉢植えのポインセチアは遺影を鮮やかに染めている。
(2021.11.22)
師範は問う。
「何のため剣術を習う?」
強くなるため。
「己の強さをどう示す?」
勝ちにて。
「勝ちとは?」
命を絶つこと。
「来る場所を間違えたな」
師範は去る。こちらの台詞だった。無益な殺生は往生できぬ――そう思っているのだ。
「臆病者め」
信仰すら捨てられず、何が強さだ。
(2021.11.23)
「いいか、俺の若い時はな……」
「さすがっすね!」
「グラスお注ぎします」
「気が利くじゃないの」
会場は大盛況だ。その頃、小洒落たバーでは。
「ああまでして、ちやほやされたいかね」
「いいんじゃない、無理に付き合わなくてよくなったし」
飲みニケーション居酒屋、流行ってます。
(2021.11.24)
酌をする女郎には小指が無かった。右手左手、両足もだ。好いた男にやったと言う。
「毎度毎度死ぬ程焦がれちゃ裏切られ、終いにゃそんな汚いもんいるかって言われて、それで漸く諦めましたのさ。ですからね、四回死んでもまだ生きてる妾は」
立派な化け物なんで御座いますよ――女は嗤った。
(2021.11.25)
臨終までに死への心構えが出来ていれば立派だ。とはいえそんな人間は少数で、大抵は未練を抱いたまま死ぬことになる。あの世もそんな負の思いを持ち込まれても困るので、入国(?)前に抜き取って現世に捨てている。それが凝ったのが幽霊なので、彼らは決まって恨めしい顔をしているのだ。
(2021.11.26)
卒論をチェックしながら、つくづく学生の質が下がったと思う。論理の展開が甘い。文法が怪しい。及第点はやれるが、これ以上の見込みはない。しかし彼ら彼女らはそれで満足だろう。卒業が目的なのだから。最高峰の研究機関たる大学は、いつからただの通過地点に成り下がったのだろうか。
(2021.11.27)
モーツァルトの名曲『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』、その散逸した第2楽章の楽譜が見つかった。が、大部分が汚れで読めず異臭もひどかった。収められた箱には彼のメモが入っていた。
「漏らしたから拭いちゃった。捨てるの惜しいから取っとこう。びっくり箱だ、ヴィクトリア!」
(2021.11.28)
芸術家がどれだけリアルに描写しても、現実そのものでない限りは嘘に過ぎない。それでも真と思わせるにはもっともらしい嘘をつく必要があるわけで、その点で芸術家は詐欺師的才能の持ち主でなければならない。詐欺師は九の真に一の偽を混ぜるとか。嘘と真は不可分だ。疎かにするなかれ。
(2021.11.29)
11月の朝に舞い上がった銀杏吹雪に、物語の始まりを予感する―。
「あっ」
うっかり通行人とぶつかってしまっ……何という美女!これはもしや?!
「失礼、お怪我は?」
精一杯紳士を気取って手を差し伸べると、
「……いま触りましたよね」
「えっ」
「この人痴漢です!!」
物語が始まった。
(2021.11.30)