2023.12.1~2023.12.15
文字数 2,191文字
「見て、飛行機雲」
抜けるような青空に遠く、白線が引かれていく。並んだぼくたちの間、まるで国境のように。不吉な暗示を笑い飛ばせない。そろそろなのかも――呟きの真意も知らないのに、きみは頷いてしまう。空を見上げて二人、歩けずにいる。雲ならいつか、薄れることにも気づかずに。
(2023.12.1)
最新の科学技術で、武将のものと云われていた骨は全くの別人であることが判明した。そのままにしておくこともできず、骨は掘り出され無縁仏として葬られた。しかしその日を境に関係者が不幸に見舞われ始めた。
「意地でしょうな」住職は言う。
「仮にも数百年崇められてきたのですから」
(2023.12.2)
付き合った男はクズばかり、そんなあたしもお察しのとおり。だから今の彼氏はいわゆるいい人で、逆に不安になる。アプローチは向こうからだから、本当はまともじゃないんだと思う。そのままでいてと言われるけど、無理言うなよ。こんなに惚れてしまってるんだから。どうしてくれんだよ。
(2023.12.3)
送信ボタンに指を置く。これで私も歌い手デビュー。心臓が暴れる。自己満足だと言い聞かせても、承認欲求が湧いてくる。誰も聴いてくれなかったら……いくじなしめ、今さら怖がるくらいなら――。
そのとき、鼻に虫が飛び込んだ。
「っくしょん!あっ!」
……こうして私の物語は始まった。
(2023.12.4)
寒さに震えながら布団を出る。最近トイレが近くなり、なかなか朝まで安眠できない。老いはゆっくりと近づいてくる。受け入れる猶予はあるはずなのに、人はそれを認めようとしない。だからこんなつらい仕打ちで、嫌でも理解させようとするのかもしれない。ああ、まだ残っている気がする。
(2023.12.5)
あるとき、山に棲む龍は旅人に出会った。旅人は生に絶望していた。龍には人間の苦しみを理解できなかったが、望みがあれば訊いてやろうと思った。旅人はしばし考え、剥がれ落ちた龍の鱗がほしいと言った。龍は承諾し、旅人を見送った。なぜだか、あれならまだ生きるだろうと龍は思った。
(2023.12.6)
「生前、父は争いを好みませんでした。和を重んじ、我を通さず、穏やかに日々を過ごしました。まるで凪のような一生でした」
そのようだ。肩越しの“貌”を視れば分かる。生きている間に闘争から逃げ続けた者は、死後にツケを払わなければならない。早いか遅いか、あなたならどちらを選ぶ?
(2023.12.7)
死刑判決が出た瞬間、
「やった!」
被告は叫んだ。自棄になり通り魔に及んだ男は、望む結果を手に入れたのだ。場を静め、裁判長は言った。
「ただし、百年の執行猶予を付ける」
あっけに取られた男の顔は、見る見る怒りに燃え上がった……。
そして、百年後。
男は念願の死刑になった。
(2023.12.8)
「人事部さん、ボーナスが振り込まれてません!」
「ええっ!入金明細は確認しましたか」
「いや、残高だけでした。ちょっと失礼……あっ」
「どうです?」
「すぐに引き出されてます」
「心当たりは?」
「……妻です。今回はボーナス無いって言ってたのに」
「そこまで責任持てません」
(2023.12.9)
「警察です。あなたが通報者?」
「はい」
「で、死体というのは?」
「あの倉庫の中に」
「では確認を……ん?いったいどこに――」
銃弾は、振り向いた警官の眉間を正確に撃ち抜いた。携帯を取り出し、
「もしもし、警察ですか。死体を見つけてしまって……」
さて、何人までいけるかな。
(2023.12.10)
「母は間違いを許さない人でした。だから私の生き方を事細かに咎め続けてきたのです」
「しかし生きていたら大なり小なり間違うだろう。母君ご自身だって……」
「金の力で全て他人にさせました。不手際は当人の過ちであり母のではない。僕を産んだことさえ、父の遺伝子のせいですから」
(2023.12.11)
「おーい、洗面所の電球切れかけてるぞー」
「引き出しに入ってるから換えておいてよー」
「めんどくさいなぁ……これか。おや?」
「あった?」
「……あった。よかった、これで年末も明るく過ごせるな!」
(何よ、気持ち悪いわね……はっ、しまった!あの引き出しには私のへそくりが!)
(2023.12.12)
さりげなくクリスマスの予定を訊いたら、彼女とディナーだって。落胆と同時に安心もして、がっつりバイトを入れた。うまく話が進んでも心の準備がと言い訳だけは一丁前。さて、そろそろ上がる時間。最後の客は――。
「おつかれ」
「えっ、ディナーは?」
「だから買いに来たんだ。行こう」
(2023.12.13)
「ママ、ただいま」
飛び込んできた我が子をぎゅっと抱きしめる。肌と肌が触れ合う瞬間だけ、私は前世の記憶を取り戻す。かつて永遠を誓い合った伴侶がそこにいる。数奇なる縁が涙を喚び起こそうとするも、秩序の管理者たる肉体が二人を切り離して、私たちは親子に戻る。季節は、もう冬。
(2023.12.14)
塹壕を掘るとたくさんの骨が出てきた。弾痕や刀傷が生々しい。積み上げた小山に合掌して、重機で一気に踏み潰した。これからここに木を植える。数十年後、悲劇の跡地とは露知らず、人々は憩いの場と呼ぶようになる。怨みは全て私が背負う。だから英霊よ、未来のために忘却を許したまえ。
(2023.12.15)
抜けるような青空に遠く、白線が引かれていく。並んだぼくたちの間、まるで国境のように。不吉な暗示を笑い飛ばせない。そろそろなのかも――呟きの真意も知らないのに、きみは頷いてしまう。空を見上げて二人、歩けずにいる。雲ならいつか、薄れることにも気づかずに。
(2023.12.1)
最新の科学技術で、武将のものと云われていた骨は全くの別人であることが判明した。そのままにしておくこともできず、骨は掘り出され無縁仏として葬られた。しかしその日を境に関係者が不幸に見舞われ始めた。
「意地でしょうな」住職は言う。
「仮にも数百年崇められてきたのですから」
(2023.12.2)
付き合った男はクズばかり、そんなあたしもお察しのとおり。だから今の彼氏はいわゆるいい人で、逆に不安になる。アプローチは向こうからだから、本当はまともじゃないんだと思う。そのままでいてと言われるけど、無理言うなよ。こんなに惚れてしまってるんだから。どうしてくれんだよ。
(2023.12.3)
送信ボタンに指を置く。これで私も歌い手デビュー。心臓が暴れる。自己満足だと言い聞かせても、承認欲求が湧いてくる。誰も聴いてくれなかったら……いくじなしめ、今さら怖がるくらいなら――。
そのとき、鼻に虫が飛び込んだ。
「っくしょん!あっ!」
……こうして私の物語は始まった。
(2023.12.4)
寒さに震えながら布団を出る。最近トイレが近くなり、なかなか朝まで安眠できない。老いはゆっくりと近づいてくる。受け入れる猶予はあるはずなのに、人はそれを認めようとしない。だからこんなつらい仕打ちで、嫌でも理解させようとするのかもしれない。ああ、まだ残っている気がする。
(2023.12.5)
あるとき、山に棲む龍は旅人に出会った。旅人は生に絶望していた。龍には人間の苦しみを理解できなかったが、望みがあれば訊いてやろうと思った。旅人はしばし考え、剥がれ落ちた龍の鱗がほしいと言った。龍は承諾し、旅人を見送った。なぜだか、あれならまだ生きるだろうと龍は思った。
(2023.12.6)
「生前、父は争いを好みませんでした。和を重んじ、我を通さず、穏やかに日々を過ごしました。まるで凪のような一生でした」
そのようだ。肩越しの“貌”を視れば分かる。生きている間に闘争から逃げ続けた者は、死後にツケを払わなければならない。早いか遅いか、あなたならどちらを選ぶ?
(2023.12.7)
死刑判決が出た瞬間、
「やった!」
被告は叫んだ。自棄になり通り魔に及んだ男は、望む結果を手に入れたのだ。場を静め、裁判長は言った。
「ただし、百年の執行猶予を付ける」
あっけに取られた男の顔は、見る見る怒りに燃え上がった……。
そして、百年後。
男は念願の死刑になった。
(2023.12.8)
「人事部さん、ボーナスが振り込まれてません!」
「ええっ!入金明細は確認しましたか」
「いや、残高だけでした。ちょっと失礼……あっ」
「どうです?」
「すぐに引き出されてます」
「心当たりは?」
「……妻です。今回はボーナス無いって言ってたのに」
「そこまで責任持てません」
(2023.12.9)
「警察です。あなたが通報者?」
「はい」
「で、死体というのは?」
「あの倉庫の中に」
「では確認を……ん?いったいどこに――」
銃弾は、振り向いた警官の眉間を正確に撃ち抜いた。携帯を取り出し、
「もしもし、警察ですか。死体を見つけてしまって……」
さて、何人までいけるかな。
(2023.12.10)
「母は間違いを許さない人でした。だから私の生き方を事細かに咎め続けてきたのです」
「しかし生きていたら大なり小なり間違うだろう。母君ご自身だって……」
「金の力で全て他人にさせました。不手際は当人の過ちであり母のではない。僕を産んだことさえ、父の遺伝子のせいですから」
(2023.12.11)
「おーい、洗面所の電球切れかけてるぞー」
「引き出しに入ってるから換えておいてよー」
「めんどくさいなぁ……これか。おや?」
「あった?」
「……あった。よかった、これで年末も明るく過ごせるな!」
(何よ、気持ち悪いわね……はっ、しまった!あの引き出しには私のへそくりが!)
(2023.12.12)
さりげなくクリスマスの予定を訊いたら、彼女とディナーだって。落胆と同時に安心もして、がっつりバイトを入れた。うまく話が進んでも心の準備がと言い訳だけは一丁前。さて、そろそろ上がる時間。最後の客は――。
「おつかれ」
「えっ、ディナーは?」
「だから買いに来たんだ。行こう」
(2023.12.13)
「ママ、ただいま」
飛び込んできた我が子をぎゅっと抱きしめる。肌と肌が触れ合う瞬間だけ、私は前世の記憶を取り戻す。かつて永遠を誓い合った伴侶がそこにいる。数奇なる縁が涙を喚び起こそうとするも、秩序の管理者たる肉体が二人を切り離して、私たちは親子に戻る。季節は、もう冬。
(2023.12.14)
塹壕を掘るとたくさんの骨が出てきた。弾痕や刀傷が生々しい。積み上げた小山に合掌して、重機で一気に踏み潰した。これからここに木を植える。数十年後、悲劇の跡地とは露知らず、人々は憩いの場と呼ぶようになる。怨みは全て私が背負う。だから英霊よ、未来のために忘却を許したまえ。
(2023.12.15)