2022.12.16~2022.12.31

文字数 2,358文字

「このアイドルグループ、若い子に大人気なんだってさ。全然知らないんだけど」
「若い子じゃないからよ」
「秒で論破するのやめてくれる?てかこういうのって『人気です』って紹介されたから人気になってんじゃないの?」
「そういうところも若い子じゃない証拠なんだわ」
「おう……」
 (2022.12.16)


 師走のある日、河川敷で少年の遺体が見つかった。喉には扼殺の痕が焼き付いていた。逮捕されたのは同級生の母親。彼女の家は貧しく子供にクリスマスプレゼントも買ってやれない。それを知った少年が同級生を嘲った。
 『良い子にしてなかった罰だ!』
 許せなかったと、母親は泣き崩れた。
 (2022.12.17)


 波間に網をなげうつ。飛沫の行方を見守る視線は徐々に上向き、山のように聳える軍艦の姿を収める。隣国は領海の警備体制を強化し、一介の漁師にさえ神経を尖らせている。甲板に並ぶ砲台に睨まれ生きた心地がしない。やがて引き揚げた網の中には、痩せた海草と蟹の殻があるばかりだった。
 (2022.12.18)


 ぼくは消えるボールペンへの信頼を失った。12月25日――『19:00 ディナー』、たったこれだけの言葉が、何度こすっても消えない。もう必要なくなった予定なのに、しぶとく手帳にしがみついている。分かってるさ、自分のせいだって。夢見心地にペン先を押しつけたそれは、浮かれ者の傷あと。
 (2022.12.19)


 喪服の女が墓に花を手向けている。空は油にかかる虹のように移ろい、低い管楽器の音が谺する。女は言う。
「ここは叶えられなかった夢が眠る場所です」
 ならば私の夢もここに?礼拝を申し出るも、女は首を振った。
「自ずから見捨てた未来に何の言葉をかけるというのか。死者を鞭打つな」
 (2022.12.20)


「凶器はゆで玉子?」
 部下が狂ったかと思いきや本当だった。しかもビルから投げ落としたら通行人に当たるという、神さまに中指立てるような事案だった。
「被疑者はなぜそんなことを?」
「鶏になれなくて可哀想だったからだと」
 平穏な一年だったのに。年末で帳尻合わせはやめてくれ。
 (2022.12.21)


 頬に触れたぬくもりにまぶたを開いた。きみの名を呟いたくちびるに答えたのは目映い朝日だった。凍えきった部屋を光が切り取り、宗教画のような厳かさを覚える。場違いなぼくはさしずめ、修正に失敗した人物像だろう。それもいい、きみがいない今、ぼくがぼくである必要はないのだから。
 (2022.12.22)


 記録的な大雪で交通網は軒並み麻痺し、駅は帰宅難民であふれ返っている。紙袋の中でチキンは冷めていくばかり、とんだホワイトクリスマスだ。こぼれたため息が、隣のお姉さんとシンクロする。顔を見合わせて苦笑すれば、暗い気持ちもちょっとは晴れた。サンタさん、風邪には気をつけて。
 (2022.12.23)


「な、何をするんじゃ……!」
 橇から落とされたサンタクロースは雲の海に吸い込まれていった。見送るトナカイの目は冷たい。過酷な労働の対価は餌という名の現物支給、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「心配すんなよ」聖なる獣は口許を歪める。
「下には“良い子”がたくさんいるんだろ?」
 (2022.12.24)


 目を覚ますと、枕元にきらびやかな包みが置かれていた。困惑しながら開けると、中から色とりどりのキャンディがこぼれ出てくる。これってまさかプレゼント?!視線を感じて振り向くと、ドアの隙間から送り主が笑っていた。
「ママ、メリークリスマス!」
 だめだ、最近涙もろくていけない。
 (2022.12.25)


「わたくしはいつまでここに居なければならないのですか」
 育ちの良さを窺わせる口調で少女は言った。端正な顔立ちは蝋細工の人形のようだ。
「あんたの親が、身代金を払ってくれたらな」
「払いませんわ」
 即答だった。その言葉を最後に、少女は口をつぐんだ。一体の人形がそこに居た。
 (2022.12.26)


 夜に轟く対空砲は一斉に沈黙した。今宵はサンタのために停戦協定が結ばれている。静まり返る防衛線に、彼方からしゃらしゃらと音が響いてきた。兵士達は双眼鏡を覗いて……青ざめた。こちらに向かってくるサンタの後ろには、おびただしい爆撃機が。欲深い老人の懐で、金貨が鳴っている。
 (2022.12.27)


 渋滞の列は都市高を埋めて、這うように動いている。今日は仕事納め、よりにもよってと思う反面、ほっとしている自分がいる。銘々に挨拶して回るのは正直面倒くさい。帰着するころはオフィスに誰もいなくなっているだろう。社会人失格だな――真っ赤なテールランプが責めるように目を刺す。
 (2022.12.28)


 合戦後の平原に、血と火薬の臭いが凝っている。地獄のような光景を歩きながら、徳三(とくぞう)は死者を懐紙に書き写していく。徳三は知りたかった。死が訪れたとき、人はどのように出迎えるのか。自ら体験できぬ以上、他人から学ぶしかない。鴉が騒ぐ。しかし徳三の耳には何の音も入ってはいない。
 (2022.12.29)


 一年ぶりに会うあなたは何も変わっていなかったけど、ただひとつ、恋人ができていた。おめでとうと素直に言えたのは、わたしにも恋人ができて幸せのなかにいるから。失くしてもいいと思ったから離したんだろ。欲しいと思ったから掴んだんだろ。だからそんな顔しないで、どうかお幸せに。
 (2022.12.30)


 神さまは渋い顔でカレンダーを睨んでいる。大晦日に一年を振り返り、暦を進めるか決める。この二千年近く、新年はつつがなくやって来た。その裏には創造主の苦悩があるのだ。神さまは思う――地上に起きた喜怒哀楽、その重さを、その重みを。
 ……やがて、震える指先がカレンダーに伸びた。
 (2022.12.31)
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