2019.5.1~2019.5.15

文字数 2,564文字

 平成がその役目を終え、令和が産声を上げた。
 しかし平成が死んだわけではない。分岐した時代は地下水脈のように、我々の見えないところで流れ続けている。昭和以前についても同じだ。
 そしてそれはふとした時に表層に現れ、交差することがある。「時代は廻る」とはこういうわけなのだ。
 (2019.5.1)


 旧家で起こった奇怪な密室失踪事件は、探偵の活躍で当主の自殺という解決を迎えた。
 数ヶ月後、探偵は西海岸でワインを飲んでいた。向かいには死んだはずの当主の姿がある。その傍らには若き愛人が寄り添っている。探偵の懐は海風のように暖かい。
 世の中には、こういう商売もあるのだ。
 (2019.5.2)


「若い娘の股の間で寝るのはいいもんだ、ってね」
 ハムレットを引用したら仰天された。風俗嬢が沙翁(さおう)を知らぬ道理はない。客が帰った後、湯槽に仰向いてオフィーリアを真似てみる。恋に狂い死ぬなんて馬鹿な女だ。そんなもの秒でするし秒で終わる。私にとっちゃ、安い玩具でしかないのだ。
 (2019.5.3)


 口に含んだ瞬間、芳醇な薫りが一気に鼻腔を抜けていく。舌を灼く58.9度、ピートの刺激。甘やかな口当たりではない。氷と混じるにつれ柔らかくはなるが、根のスモーキーさは決して失われない。
「MADE BY THE SEA」タリスカーの精神だ。この巨大不明生物もまた然り。荒ぶる御霊に、乾杯。
 (2019.5.4)


 豊かに薫るが淑やかでクセがない。フルーティーでとろける甘さにラムの旨さを堪能させられる。
 ラベルの彼氏と目が合う。肖像画のような佇まいはどことなく気取り顔だ。
「怠け者だって?へへん、おいらを飲んでもそんなこと言ってられんのかい?」
 レイジードードー、いやいやどうして。
 (2019.5.5)


 造船所に立ち並ぶクレーンはまるで鋼細工のフラミンゴのようだ。その突端に、ちょこんと腰かけるカモメが一羽。
「よう同胞、あんたどんな悪さしてこんなになっちまったんだい?」
「なに、飛ぶのが億劫になってよ、沼でだらだらしてたらこのザマさ」
 などと、話しているとかいないとか。
 (2019.5.6)


「今から私はグレープフルーツナイフでメロンを切る。メロンの果肉に刃が差し入れられたとき、グレープフルーツナイフははたしてグレープフルーツナイフとして存在するのだろうか。そして一方のメロンは、このひと時、グレープフルーツとしての個性を得るのであろうか」
「黙って切れや」
 (2019.5.7)


 上を見ればキリがない、身の程を弁えろ……ごもっとも。だけど下を向いてても上には辿り着けないし、身の程なんて考えてたら挑戦なんかできやしない。負けて敗れて打ちのめされて、それでも立って進み続ける馬鹿にしか、掴み取れないものがある。
 私は身の程知らずの欲深として生きるんだ。
 (2019.5.8)


 橋本(はしもと)庄吉(しょうきち)は炬燵に寝転び伸びをして――停止した。
 築四十年、飴色にくすんだ天井板。壁との境の一角に、じめりとした染みがある。風通しは良い筈なのに、其処にだけ染みが出る。それが。
(増えている)
 三日前と紋様が違う。そしてその形がまるで。
(舐めた跡みたいだ)
 橋本は厭な顔になる。
 (2019.5.9)


 52ヘルツの鯨――固有の周波数で鳴く謎の個体を追う学者が海難事故で死んだ。四散した船体と共に見つかった録音機には、彼の最期が記録されていた。
『……鯨じゃ……い……あれは……海……割れ……岩、違う、せ(轟音により聴取不能)』
 現場で回収された体細胞は、地球上のどの生物とも一致していない。
 (2019.5.10)


「寒の戻りを肴に熱燗たァ乙なもンだな」
 勘吉(かんきち)は猪口をひと息に干す。
「なんだいとッつぁん、こないだは春一番で酒がうめェとかほざいてたじゃねェか」
「四季の移ろい、これ最高の肴よ。粋じゃねェな」
 言いつつ、勘吉は伝助(でんすけ)から徳利を取り上げる。結局、飲めれば何でもいいのである。
 (2019.5.11)


「信じていただけないかもしれませんが、私はかつてはシロクマだったのです」
 そう言って、自称シロクマは恥じ入るように顔を伏せた。自称とつけたのは、彼の毛の色がどこからどう見ても黒だからだ。
「イカれているとお思いでしょうね。無理もない」
「はあ」
 私はそう答えるしかない。
 (2019.5.11 taleleaf007「シロクマの国へ」の一節①)


「毛が黒くなる奇病が蔓延しており、既に民の半数がこのありさまです」
「で、私にどうしろと?」
「おたくが作っている油性塗料で、毛を白く塗ってほしいのです。国の存亡がかかっています。どうか力を貸してください」
 かくして私はこのイカれた願いを叶えるために、イカれた旅に出ることになった。
 (2019.5.11 taleleaf007「シロクマの国へ」の一節②)


 日に日に層を増すビル群が、空をじわじわと塗り潰していく。気忙しく動くタワークレーンは風見鶏か水飲み鳥か。陽が落ちると、夜の底はいち段と黒く染まる。その面には星影さえも映らず、空き缶の転がる音が妙に大きく響き渡る。私は理解する。真の闇とは、文明が生み出すものなのだと。
 (2019.5.12)


 宇宙に幽霊はいるのか――その答えを求めて、僕は宇宙飛行士になった。
 結論から言うと、いる。
 船外活動中、不意に視界の隅を宇宙服を着た何者かの姿が横切る。外に出ている搭乗員は僕だけなのに。何もせず、滑るように行き過ぎ消えていく。僕にしか見えていないあれは、一体誰なのだろう。
 (2019.5.13)


 母には人の死が視えた。死に様を告げられた者はその通りの最期を迎えた。村人は母を疎外し、傍に寄る者は娘の私だけになった。
 ある日、母の指が私を差した。視えたのだ――私は覚悟を決めた。
「お前は……」
 ……しかし続きはなかった。
 歯の根が合わない。
 私は、どのように死ぬというのか。
 (2019.5.14)


 生臭いにおいは窓際の水槽から漂っていた。淀んだ水面に浮かぶ鮒の死骸に黴が湧いている。生に執着しているような有り様が不快で、私は力任せに水槽を引き倒した。水槽は大きな音を立てて砕けた。鮒の身体も砕けて――腸の中から線虫が這い出た。床の上で、私を嘲笑うかのようにのたくった。
 (2019.5.15)
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