2023.11.1~2023.11.15
文字数 2,209文字
流れ星が憎かった。ぼくたちの願いを背負ったまま、勝手に消えていくから。あまりにも無責任じゃないか。
あるとき、星の墓と呼ばれる場所を訪れた。巨大なクレーターの中に岩がいくつも転がっていた。そのどれもが醜く捻れ、歪んでいた。ぼくはひどく後悔した。彼らは犠牲者だったのだ。
(2023.11.1)
昼寝するのに相応しい午後の陽気の裏に、身震いするような冷気に澱む小道があった。日光は油土塀から張り出た庇に遮られ、土もいつ乾いたか知れないほどにぬかるんでいる。異常な空間には異常が潜む――立つはずのない陽炎が人の顔貌を象り、微笑んだ。仕事だ。懐から音もなく匕首を抜く。
(2023.11.2)
あれは怒りだ
あれは怨みだ
人が造りし十字架を
一身に背負わされ
礫を投げられる殉教者
生に死は一度きり
だから命果てるまで
幾度も殺される
殺され続ける
そのひと哭きは
涙も許されぬひと泣き
恐れよ
畏れよ
青き炎が
我らの過ちを
焼き尽くすまで
我らの過ちが
神と為るその日まで。
(2023.11.3)
「この研究で世界を救えるが、一回限りだ。一人の命が必要なんだ。どうする?」
それは科学者としての覚悟と私には聞こえた。
「ぜひともやるべきだ。その一人は後世に残る聖人として讃えられるだろう」
「よかった、きみならそう言うと思っていた」扉が開く。
「持つべきものは聖人だ」
(2023.11.4)
枯れ葉が舞い上がり、政幸は毛布を引き被った。今朝の冷え込みは取り分け老体にこたえる。段ボールの壁だけではとても防ぎきれない。最後に屋根のある家で寝たのはいつのことだろうか……知らず、政幸は己の人生を反芻する。すっかり味のなくなったそれが呼び起こすのは、飢えばかりだ。
(2023.11.5)
ミスを繰り返す部下を叱ったら部長に泣きついたらしく、査問委員会の場に引き出された。机上の空論を述べる参加者を論破し、組織としてのあり方を非難した。結果、会社を去ることになった。身辺整理をする私の耳に、給湯室で談笑する部下の声が聞こえてくる。次期昇格が決まったらしい。
(2023.11.6)
夜の底が蠢いている。群れ集った農民は領主の館に向かって行進しながら、怨嗟の声を吐き散らしている。凶作は天の巡りと割り切れる。しかし領主の横暴を受け入れるには限界があった。痩せ細った身体を揺らし、足を引き摺りながら歩を進める。その様はまるで、真っ黒な稲穂のようだった。
(2023.11.7)
「これはフェイク画像です」
妻の密会写真を専門家に見せたら即断された。ここが不自然だと指摘されてようやく感じる程度、恐ろしや、最新技術。
「その探偵は信用しないほうがいいですよ」
「ありがとうございました」
「……これでいいかい?」
「ええ、あの人ったら単純なんだから」
(2023.11.8)
打ち水の向こうにあの人の姿が見えた。まさか。かげろうのいたずらだ。捨てられた男への未練が幻を見せるのだ。かげろうは徐々に近づいて――わたしの腕をつかんだ。幻のはずなのに体温がある。
「ごめん」
が、言葉に重みはなかった。わたしは手を振りほどく。打ち水の続きをしなくては。
(2023.11.9)
カラオケで自分の番が回ってきた。歌謡曲をリクエストすると、どよめきが起こる。
「歌えるのか!」
「えー、知らなーい」
まあ想定済み。だから遠慮なんてしない。情感たっぷりに歌い上げてマイクを置くと、皆黙っている。そして、誰からともなく拍手が巻き起こった。良い曲は良いのだ。
(2023.11.10)
授業中、横を見ると亜希 が早弁をしている。教科書を壁にペンと箸を器用に持ち替えて、もぐもぐ……。ぼくの視線に気づき、顔を向けてくる。リスのように膨らんだ頬のままニッと笑ってみせた。やんちゃなのはいくつになっても変わらない。
「こらっ」
そして、いたずらがすぐバレるのも。
(2023.11.11)
丸めた恋文を捨てられなくて、紙を開いた。拒絶された想いが幾重もの刃に姿を変えて襲いかかる。身勝手なわがままと受け流すことはできなくて、私はただ切り刻まれるに任せている。涙がこぼれる。もう一度丸める手が震える。再びの断末魔を聞いていられない。優しさが恨めしい日もある。
(2023.11.12)
最近、山の様子がおかしい。鳥も獣も黙り込み、川のせせらぎすら息を潜めているようだ。古い文献を紐解けば、天地鳴動の前触れだというが……。おや、こんなところに地割れが。しかもかなり深い。落ちないように注意して……ん?あの白い石は何だ?鍾乳石のように尖って……まるで歯――。
(2023.11.13)
朝起きて、
「……っ!」
身体が動かない。いや、動かそうとすると激痛で動かせないのが正しい。これがフルマラソンを完走した者だけが体験できる異次元の筋肉痛か。悪くない。悪くはないが、
「会社に、連絡、しなきゃ……」
スマホは指一本の先にある。それは今、42.195キロより遠い。
(2023.11.14)
ようやく通話終了のボタンが押せた。食卓を眺め、げんなりとする。ナポリタンがくたくたになってしまった。なぜ仕事の――しょうもない――電話は食事を妨げるタイミングでかかってくるのか。もしかして監視されているのでは……なんて妄想は置いといて。さて、このナポリタン、どうするか。
(2023.11.15)
あるとき、星の墓と呼ばれる場所を訪れた。巨大なクレーターの中に岩がいくつも転がっていた。そのどれもが醜く捻れ、歪んでいた。ぼくはひどく後悔した。彼らは犠牲者だったのだ。
(2023.11.1)
昼寝するのに相応しい午後の陽気の裏に、身震いするような冷気に澱む小道があった。日光は油土塀から張り出た庇に遮られ、土もいつ乾いたか知れないほどにぬかるんでいる。異常な空間には異常が潜む――立つはずのない陽炎が人の顔貌を象り、微笑んだ。仕事だ。懐から音もなく匕首を抜く。
(2023.11.2)
あれは怒りだ
あれは怨みだ
人が造りし十字架を
一身に背負わされ
礫を投げられる殉教者
生に死は一度きり
だから命果てるまで
幾度も殺される
殺され続ける
そのひと哭きは
涙も許されぬひと泣き
恐れよ
畏れよ
青き炎が
我らの過ちを
焼き尽くすまで
我らの過ちが
神と為るその日まで。
(2023.11.3)
「この研究で世界を救えるが、一回限りだ。一人の命が必要なんだ。どうする?」
それは科学者としての覚悟と私には聞こえた。
「ぜひともやるべきだ。その一人は後世に残る聖人として讃えられるだろう」
「よかった、きみならそう言うと思っていた」扉が開く。
「持つべきものは聖人だ」
(2023.11.4)
枯れ葉が舞い上がり、政幸は毛布を引き被った。今朝の冷え込みは取り分け老体にこたえる。段ボールの壁だけではとても防ぎきれない。最後に屋根のある家で寝たのはいつのことだろうか……知らず、政幸は己の人生を反芻する。すっかり味のなくなったそれが呼び起こすのは、飢えばかりだ。
(2023.11.5)
ミスを繰り返す部下を叱ったら部長に泣きついたらしく、査問委員会の場に引き出された。机上の空論を述べる参加者を論破し、組織としてのあり方を非難した。結果、会社を去ることになった。身辺整理をする私の耳に、給湯室で談笑する部下の声が聞こえてくる。次期昇格が決まったらしい。
(2023.11.6)
夜の底が蠢いている。群れ集った農民は領主の館に向かって行進しながら、怨嗟の声を吐き散らしている。凶作は天の巡りと割り切れる。しかし領主の横暴を受け入れるには限界があった。痩せ細った身体を揺らし、足を引き摺りながら歩を進める。その様はまるで、真っ黒な稲穂のようだった。
(2023.11.7)
「これはフェイク画像です」
妻の密会写真を専門家に見せたら即断された。ここが不自然だと指摘されてようやく感じる程度、恐ろしや、最新技術。
「その探偵は信用しないほうがいいですよ」
「ありがとうございました」
「……これでいいかい?」
「ええ、あの人ったら単純なんだから」
(2023.11.8)
打ち水の向こうにあの人の姿が見えた。まさか。かげろうのいたずらだ。捨てられた男への未練が幻を見せるのだ。かげろうは徐々に近づいて――わたしの腕をつかんだ。幻のはずなのに体温がある。
「ごめん」
が、言葉に重みはなかった。わたしは手を振りほどく。打ち水の続きをしなくては。
(2023.11.9)
カラオケで自分の番が回ってきた。歌謡曲をリクエストすると、どよめきが起こる。
「歌えるのか!」
「えー、知らなーい」
まあ想定済み。だから遠慮なんてしない。情感たっぷりに歌い上げてマイクを置くと、皆黙っている。そして、誰からともなく拍手が巻き起こった。良い曲は良いのだ。
(2023.11.10)
授業中、横を見ると
「こらっ」
そして、いたずらがすぐバレるのも。
(2023.11.11)
丸めた恋文を捨てられなくて、紙を開いた。拒絶された想いが幾重もの刃に姿を変えて襲いかかる。身勝手なわがままと受け流すことはできなくて、私はただ切り刻まれるに任せている。涙がこぼれる。もう一度丸める手が震える。再びの断末魔を聞いていられない。優しさが恨めしい日もある。
(2023.11.12)
最近、山の様子がおかしい。鳥も獣も黙り込み、川のせせらぎすら息を潜めているようだ。古い文献を紐解けば、天地鳴動の前触れだというが……。おや、こんなところに地割れが。しかもかなり深い。落ちないように注意して……ん?あの白い石は何だ?鍾乳石のように尖って……まるで歯――。
(2023.11.13)
朝起きて、
「……っ!」
身体が動かない。いや、動かそうとすると激痛で動かせないのが正しい。これがフルマラソンを完走した者だけが体験できる異次元の筋肉痛か。悪くない。悪くはないが、
「会社に、連絡、しなきゃ……」
スマホは指一本の先にある。それは今、42.195キロより遠い。
(2023.11.14)
ようやく通話終了のボタンが押せた。食卓を眺め、げんなりとする。ナポリタンがくたくたになってしまった。なぜ仕事の――しょうもない――電話は食事を妨げるタイミングでかかってくるのか。もしかして監視されているのでは……なんて妄想は置いといて。さて、このナポリタン、どうするか。
(2023.11.15)