2023.6.16~2023.6.30

文字数 2,189文字

 好きと言うときの気持ちに嘘がないように、嫌いと言うときの気持ちにも嘘はない。他人を思うことは矛盾だらけで、合理的が非合理的、アクロバットに目を回しながら、吐瀉物にまみれて笑い合っている。好き、嫌い、好き、嫌い……最後に待つのがどちらであれ、ぼくたちはいま恋している。
 (2023.6.16)


「私、“無”を飼っているんです」
 精神科医は空っぽの鳥かごを指差して言った。これは高尚なジョークなのか……。困っていると精神科医は笑って、心の健康を測るテストであることを説明した。
「ちなみにヤバい人は?話を合わせてくるんですか?」
「いいえ、ご自身の“無”を見せてきます」
 (2023.6.17)


 女は黙って盃を差し出す。それに毒が入っていることを私は知っている。夜気をじりじりと鳴らす行灯の爪弾きが遠い。今更何を躊躇う?受けざるを得ないのだ。自ら選んだ決断に怖じ気付く卑怯などあるか。私はひと息に干した――三三九度は恙無く済み、夫婦という名の毒は全身に回り出した。
 (2023.6.18)


 かつて地球に落ちた隕石のひとつに知的生命体が混じっていたとしたら、あなたは驚くだろうか。そして我々がその子孫だとしたら?考えてもみてほしい。猿に過ぎなかった生物がたかだか数千万年で神を知り、宇宙の外を知るようになったのである。これを進化のひと言で片付けていいものか。
 (2023.6.19)


 楽園を追い出された蛇は、荒野を這いずりながら涙に暮れていた。
「生まれ変わることがあるなら、二度とあんな真似はしないぞ!」
 やがて蛇は死んだ。
 目覚めたとき、蛇は人間の女になっていた。かつての記憶はない。だから、
「まあ、なんておいしそうな林檎。わたし、食べてみたいわ」
 (2023.6.20)


 市街地を暴走する乗用車。警察との壮絶なカーチェイスの末、ついに袋小路に追いつめた。警察が運転席を開けた瞬間、飛び出してきたのは、
「い、犬?!」
 人ではなかった……気が抜けた警察はふと思い至る。あれだけの操作を動物がしていた……?犬はといえば、のんきに粗相をしている。
 (2023.6.21)


 さわやかな初夏、逆まく波に死のさえずりを聴いたなら、あなたの人生は終幕を迎えている。悪いことは言わない、今すぐ晴れ着に着替えて遺書をしたためなさい。できる限りの罵詈雑言で埋め尽くした現世への決別状。それをたばさみ、芝居がかった見得を切って、波のさえずりと踊りなさい。
 (2023.6.22)


 守りたいと思うものができた。人を殺す道具に過ぎない自分が。これは欠陥なのか。
「何をばかな」自由人で鼻つまみ者の上官は笑った。
「護りたいものがあるやつは強い。自分を信じて行動すればいい」
 だから行動した。上官はなぜと繰り返しながら死んだ。規律は守られるためにこそある。
 (2023.6.23)


 お化けたちが活躍する季節、各々めかしこみ気合いは十分だ。今年は強力な助っ人、カリスマ美容師の幽霊がいる。かつてない斬新なカットがお化けたちに華を添える。
「これで人間たちをあっと言わせてやるぞ!」
 さて本番、
「どろどろ~」
「あっ……なんか、お洒落だね」
 うーん、残念。
 (2023.6.24)


 我が子に問われる。
「なんで勉強しなくちゃいけないの?」
「何でだと思う?」
「えー、分かんないよ」
「パパもよく分からん」
「大人なのに?」
「大人でもさ。一緒に考えよう」
 チラシの裏を使ってああでもないこうでもない……正しいやり方なのかは知らないが、すごく有意義な時間。
 (2023.6.25)


 年寄りの独り暮らしは何かと不自由だが、誰の手を煩わすことなく日々を過ごす気楽さは良いものだ。一世一代の長距離マラソンもまもなくゴール。今までタイムを気にして走ってきたが、ここで大胆に方向転換。疲れたときは腰を下ろし、元気なときは腿を上げて、走ること自体を楽しみたい。
 (2023.6.26)


 ある国の原子炉が暴走し世界滅亡の危機に陥った。原因は判明しなかったが、一人の職員が責任を取らされることに。銃殺刑の瞬間、眩しい光と共に神が現れた。
「止めよ。あれは私が起こした」
 驚く人々。いったい何故?
「最近刺激が足りなくてな。しかし此度の喜劇は楽しめた。また頼む」
 (2023.6.27)


「どうしてガスが使えないんだ」
 金を払ってないからに決まってるだろ……そう言いたいのをグッと堪えて、
「お客様、申し訳ありませんが入金を確認できるまでは――」
「金は無いけど、困るんだ、今日使えないと困るんだよ……」
 異様な雰囲気に妙な感が働き、私は別回線の三桁を叩いた。
 (2023.6.28)


 博打で一文無しになった男の前に、怪しげな老人が現れた。
「お困りのようじゃな。助けてやろう」
「か、金を貸してくれるのか?」
「その代わり、倍にして返してもらうぞ」
「助かる!」
 有頂天で去る男の背に、老人はほくそ笑む。
「さて、私の作った偽札、どこまで通用するか見物だ」
 (2023.6.29)


 バスで座っていたら、目の前に老人が。杖を手に危なげに揺られている。譲ろうかどうしようか……迷っているうちに、隣のサラリーマンが先に席を立った。
「どうぞ」
 しかし老人は真っ赤になり、
「年寄り扱いするな!」
 サラリーマンはしょげてしまった。ほっとした。
 ……していいのか?
 (2023.6.30)
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