2022.8.1~2022.8.15
文字数 2,197文字
深夜、国境警備隊の無線が鳴り響いた。
『敵襲!全員配置に付け!』
一同は迅速に行動し、国境に向けて銃を構えた。夜の闇に只ならぬ気配が漂う。
銃声。一人が倒れる。弾丸は後頭部に命中していた。気づいたときには遅かった――。
某国が民衆の反乱で滅びたのは、翌朝未明のことだった。
(2022.8.1)
窓を引き開けると、饐えた空気が先を争って出ていった。かちりとスイッチが入る。スマホを掴むや否や指が躍り出す。ラブホテルに閉じ込められた透明人間はひねもす痴態を見せつけられて憤慨し……二回戦を期待していた相方は諦めて服を着始める。悪いね、物書きってこういう生き物なの。
(2022.8.2)
男は古いお堂の前で、全身を蜂に刺されて死んでいた。朽ちた戸の陰から巨大な巣が覗いている。
「巣は最近できたらしい」
「おい、この男、強盗事件の容疑者だぞ」
捜査員が巣を取り除くと、札束の詰まったバッグがあった。隠し場所に巣が作られ、駆除する前に回収しようとしたのだろう。
(2022.8.3)
事務所に侵入した泥棒は、金には一切手をつけず出ていった。不幸中の幸いと喜ぶべきところだが、店長である私は顔面蒼白でうちひしがれている。警察は冷たい視線を遠慮なく向けてくる。床にぶちまけられた金庫の中身――私が犯してきた不正の動かぬ証拠。泥棒よ、なぜいま 正義に目覚めた?
(2022.8.4)
寝息の間隔が長くなり、小さな怪獣はやっと静かになった。今のうちにひと休み。育児の日々は想像のはるか上を行く。苦しみだけじゃなく喜びも。幼い寝顔にまばゆい将来を見ながら、そろそろミルクの準備をと思っている。子育てとは現実と理想のやじろべえだ。だから絶対に転ぶことはない
(2022.8.5)
「人生を無駄にするつもりか」
かつての同僚の声を聞き流し、多部(たべ)浅之助(あさのすけ)は茶を啜った。早すぎる隠居に世間は冷たい。一人になると、彼は箪笥を開けた。取り出したのは木彫りの猫。未完成だ、しかし本物よりも本物らしく在る。浅之助は猫を創り始める。彼は人生を賭すものを見つけたのだ。
(2022.8.6)
デッドボール!頭部直撃、バッターは崩れ落ちる……かと思いきや、そのままの姿勢で固まっている。眼球がぐるぐる回っている。アンパイアはタイムをかけ、バッターの背面に触れる。眼球の動きが止まり、バッターは一塁に歩き始める。ロボット同士の野球ではよくある光景だが、慣れない。
(2022.8.7)
性的に早熟なのは思春期までの勲章で、過ぎたらだいたい横並び、知識も頂きは知れているし、特殊な嗜好に走る連中は頂きから昇天した人でなしだ――エロ本のお焚き上げなんてやるんじゃなかった。ろくなことを考えない。めくれたページに淫らな面影が浮かんで、股間はぬるりと膨んでいる。
(2022.8.8)
秘境に佇む遺跡。最奥のペトログリフに刻まれていたのはありふれた英雄譚だった。失望した私は考古学者にあるまじき行いに出た。鑿と鏨を握り締め、岩の表面に打ち下ろしたのだ。長い時間の後、私はようやく顔を上げた。新たな紡ぎ手によって英雄は蘇り、行く先も知れぬ冒険へと旅立つ。
(2022.8.9)
「造花じゃないのか?」
「違うわよ。花屋で生けてあるのを買ったんだから」
花瓶を挟んで、私たちは首をひねっている。花がいつまで経っても枯れないのだ。一輪挿しにして一ヶ月が過ぎるのに、ぎらぎらと鮮やかなままだ。生命力に感動すべきところだが、逆に気味が悪くなってきている。
(2022.8.10)
線香が揺れた。静かに目を開け、合わせていた掌を解く。もう三年、戒名になったあなたはずいぶんと無口になった。必死になって口説いていたあの頃が幻のよう。「一緒のお墓に入ろう」はさすがに引いたけど、いま思えば何と重い言葉だろう。あの時、受け止められなかった自分が歯がゆい。
(2022.8.11)
二度と近づくつもりはなかった。しかし半世紀が過ぎ、妻子にねだられ、私はあの山へと足を踏み入れた。パワースポットは登山道の外れにあった。
「御神木よ」
天を衝く大木――違う、奴だ。私はここに奴を埋めた。生きていたのだ。罪の影がのしかかるように迫って、私は地面に膝をついた。
(2022.8.12)
マナちゃんがしゃべっている。ぼくは頭が良くないから、何を言っているのか分からない。マナちゃんの目には水がいっぱい溜まっている。声が震えている。いつもの感じじゃない。何か話しかけなきゃ。
『コンニチハ!ボクハキューチャン!』
合っているかな?ぼくはこれしか覚えていない。
(2022.8.13)
文字は丁寧な筆跡で便箋に並んでいる。感情の噴出は微塵もなく、パワハラの告発文書には似つかわしくない。しかしそれがかえって、煮え滾る怒りを表していた。
「まず事実かどうか確認だ」
人事課長は命ずるが、はたして意味があるのだろうか。他でもない、課長自身への告発文書なのに。
(2022.8.14)
今年も慰霊碑に手を合わせることができた。あの日、爆弾を抱えて飛び立った仲間たち。私の機は整備不良で飛べず、結果として命を拾った。彼らは今も太平洋のどこかにいる。家族には、死んだら海に散骨するよう頼んでいる。私だけが安らかな墓で、祖国の土の中で朽ちるわけにはいかない。
(2022.8.15)
『敵襲!全員配置に付け!』
一同は迅速に行動し、国境に向けて銃を構えた。夜の闇に只ならぬ気配が漂う。
銃声。一人が倒れる。弾丸は後頭部に命中していた。気づいたときには遅かった――。
某国が民衆の反乱で滅びたのは、翌朝未明のことだった。
(2022.8.1)
窓を引き開けると、饐えた空気が先を争って出ていった。かちりとスイッチが入る。スマホを掴むや否や指が躍り出す。ラブホテルに閉じ込められた透明人間はひねもす痴態を見せつけられて憤慨し……二回戦を期待していた相方は諦めて服を着始める。悪いね、物書きってこういう生き物なの。
(2022.8.2)
男は古いお堂の前で、全身を蜂に刺されて死んでいた。朽ちた戸の陰から巨大な巣が覗いている。
「巣は最近できたらしい」
「おい、この男、強盗事件の容疑者だぞ」
捜査員が巣を取り除くと、札束の詰まったバッグがあった。隠し場所に巣が作られ、駆除する前に回収しようとしたのだろう。
(2022.8.3)
事務所に侵入した泥棒は、金には一切手をつけず出ていった。不幸中の幸いと喜ぶべきところだが、店長である私は顔面蒼白でうちひしがれている。警察は冷たい視線を遠慮なく向けてくる。床にぶちまけられた金庫の中身――私が犯してきた不正の動かぬ証拠。泥棒よ、なぜいま 正義に目覚めた?
(2022.8.4)
寝息の間隔が長くなり、小さな怪獣はやっと静かになった。今のうちにひと休み。育児の日々は想像のはるか上を行く。苦しみだけじゃなく喜びも。幼い寝顔にまばゆい将来を見ながら、そろそろミルクの準備をと思っている。子育てとは現実と理想のやじろべえだ。だから絶対に転ぶことはない
(2022.8.5)
「人生を無駄にするつもりか」
かつての同僚の声を聞き流し、多部(たべ)浅之助(あさのすけ)は茶を啜った。早すぎる隠居に世間は冷たい。一人になると、彼は箪笥を開けた。取り出したのは木彫りの猫。未完成だ、しかし本物よりも本物らしく在る。浅之助は猫を創り始める。彼は人生を賭すものを見つけたのだ。
(2022.8.6)
デッドボール!頭部直撃、バッターは崩れ落ちる……かと思いきや、そのままの姿勢で固まっている。眼球がぐるぐる回っている。アンパイアはタイムをかけ、バッターの背面に触れる。眼球の動きが止まり、バッターは一塁に歩き始める。ロボット同士の野球ではよくある光景だが、慣れない。
(2022.8.7)
性的に早熟なのは思春期までの勲章で、過ぎたらだいたい横並び、知識も頂きは知れているし、特殊な嗜好に走る連中は頂きから昇天した人でなしだ――エロ本のお焚き上げなんてやるんじゃなかった。ろくなことを考えない。めくれたページに淫らな面影が浮かんで、股間はぬるりと膨んでいる。
(2022.8.8)
秘境に佇む遺跡。最奥のペトログリフに刻まれていたのはありふれた英雄譚だった。失望した私は考古学者にあるまじき行いに出た。鑿と鏨を握り締め、岩の表面に打ち下ろしたのだ。長い時間の後、私はようやく顔を上げた。新たな紡ぎ手によって英雄は蘇り、行く先も知れぬ冒険へと旅立つ。
(2022.8.9)
「造花じゃないのか?」
「違うわよ。花屋で生けてあるのを買ったんだから」
花瓶を挟んで、私たちは首をひねっている。花がいつまで経っても枯れないのだ。一輪挿しにして一ヶ月が過ぎるのに、ぎらぎらと鮮やかなままだ。生命力に感動すべきところだが、逆に気味が悪くなってきている。
(2022.8.10)
線香が揺れた。静かに目を開け、合わせていた掌を解く。もう三年、戒名になったあなたはずいぶんと無口になった。必死になって口説いていたあの頃が幻のよう。「一緒のお墓に入ろう」はさすがに引いたけど、いま思えば何と重い言葉だろう。あの時、受け止められなかった自分が歯がゆい。
(2022.8.11)
二度と近づくつもりはなかった。しかし半世紀が過ぎ、妻子にねだられ、私はあの山へと足を踏み入れた。パワースポットは登山道の外れにあった。
「御神木よ」
天を衝く大木――違う、奴だ。私はここに奴を埋めた。生きていたのだ。罪の影がのしかかるように迫って、私は地面に膝をついた。
(2022.8.12)
マナちゃんがしゃべっている。ぼくは頭が良くないから、何を言っているのか分からない。マナちゃんの目には水がいっぱい溜まっている。声が震えている。いつもの感じじゃない。何か話しかけなきゃ。
『コンニチハ!ボクハキューチャン!』
合っているかな?ぼくはこれしか覚えていない。
(2022.8.13)
文字は丁寧な筆跡で便箋に並んでいる。感情の噴出は微塵もなく、パワハラの告発文書には似つかわしくない。しかしそれがかえって、煮え滾る怒りを表していた。
「まず事実かどうか確認だ」
人事課長は命ずるが、はたして意味があるのだろうか。他でもない、課長自身への告発文書なのに。
(2022.8.14)
今年も慰霊碑に手を合わせることができた。あの日、爆弾を抱えて飛び立った仲間たち。私の機は整備不良で飛べず、結果として命を拾った。彼らは今も太平洋のどこかにいる。家族には、死んだら海に散骨するよう頼んでいる。私だけが安らかな墓で、祖国の土の中で朽ちるわけにはいかない。
(2022.8.15)