2024.3.1~2024.3.15

文字数 2,178文字

「ここが事故物件ですか」
「はい、どうぞ」
「普通の家みたいですけど」
「それが普通じゃないんで」
「何があったんですか?」
「住んだ方が次々と……」
「まさか不審な死を?!」
「家賃を滞納して」
「え?」
「結局、全員夜逃げされ……大家にとっては事故物件ですよ」
「帰るわ」
 (2024.3.1)


「決闘を申し込む!」
 叩きつけられたのは、穴だらけの汚い靴下。この男、貧乏で手袋すら買えないのだ。こんな下賤な輩と剣を交えるなどあり得ない。立ち去ろうとすると、
「お受けいたします」
 唖然とする私に、靴下を握った婚約者は冷たい目を向けた。
「これほどの恥はありませんわ」
 (2024.3.2)


 ある村の祭りで“生き雛”を見せてもらった。村いちばんの美男美女を選んで飾り付けるのだ。見事なまでに動かない。
「そうしてるからね」
「?……あの、お二人はこの後は」
「神社に奉納する」
「お仕えするんですか?」
「飾るんだ、人形だから」
「いつまで」
「ずっとさ、人形だから」
 (2024.3.3)


「業務効率化だ!ムダな仕事はどんどん減らせ!」
「部長、これ以上はもう……」
「つべこべ言わずにやれ!」
 後日。部長に社長からのメールが届いた。
『きみの部下が素晴らしい提案をしてくれた』
「何だ、おれに言わずに……」
 部長は添付ファイルを開いた。
『子会社に異動を命ずる』
 (2024.3.4)


「……では、あの怪獣は私が生んだというのか?」
「そう、我々が過去に――後に水爆の実験場となる島にタイムスリップしたとき、博士がアレを始末したティッシュをポイ捨てしたせいで、放射線を浴びた“中身”が巨大化したのです!」
 怪獣は咆哮する。流れた涙が、視界にモザイクを描いた。
 (2024.3.5)


「私の金はあの世まで持っていく」
 そう言って死んだ商人が目覚めると、目の前に札束が山と積まれていた。商人は狂喜して、いつものように金勘定を始めた。
 だが彼は知らない。この金はいくら数えても合わないことを。金勘定が趣味だと勘違いした、神さまの“粋な”はからいであることを。
 (2024.3.6)


 青い春に唆され、永遠などと口にしてみる。言葉は唇から芽吹き、虚を実にすり替える。絡めた指の熱さに浮かれ、ああ、この世に二人きり。将来未来と大人は喚くが、私たちには共に息する今があるだけ。上手に生きてもつまらない。綺麗なものだけ見ていりゃいいんだ。ほら、行く先は晴天。
 (2024.3.7)


 釣り人は満杯のバケツを手に、防波堤を後にした。と、海鳥が一羽まとわりついてきた。上機嫌の釣り人はサンマを放ってやった。海鳥は器用に受け取り飛び去った。
 ……さて大自然は弱肉強食、はるか上空で、海鳥は捕食者の餌食になった。捕食者は瑠璃色の身体をひるがえし、雲間に消えた。
 (2024.3.8)


「次!」
 若い力士をはたき込みで沈める。
「次!」
 今度は素早い足運びで回しを取らせない。
「器用だなあ」
 そう、おれはどんな力士の取り組みも真似できる。だがそれまでだ。自分のない力士に勝ちはない。星をあきらめて、後進の練習台として汗を流す日々。おれは、相撲が好きだから。
 (2024.3.9)


 ダイビングを楽しんでいると、ビニール袋を被った亀に遭遇した。なんて残酷な……外してやろうとした瞬間、潮の流れに捕まり意識を失った。気づくと手足を縛られ、亀や魚に取り囲まれていた。
「かかったな。生きては帰さんぞ」
「待って、私は助けようと――」
「関係ない、“人間”は罪だ」
 (2024.3.10)


 あかぎれに水がしみて、おさよは思わず雑巾を取り落とした。桶の水が跳ねて頬を汚したが、拭おうともしない。どうせ垢だらけなのだから。奉公に来て幾年、地獄も慣れたら日常になる。延々と繰り返される“今日”。期待するのはとうに諦めた。おさよは頭から虱をつまんで、水の中に沈める。
 (2024.3.11)


(なぜだ)
 私は呻いた。クラス一の秀才がまさかの凡ミス、満点を逃したのだ。
「困るなあ。彼は我が校の星だよ、教え方に問題が……」
 担任に叱られ、釈然としないまま職員室に戻る。そのとき、向こうから例の生徒がやってきた。すれ違いざまに彼は頭を下げて、
 笑った。
 とても厭な顔で。
 (2024.3.12)


「きみは娘を幸せにする自信があるか?」
「分かりません。努力はしますが」
 何だそれは。
「先のことは分かりませんし、はいと言って離婚したらウソつきになってしまいますから」
 普通の親なら張り倒しているところだが、面白いやつだと思ってしまうあたり、私も同類なのかもしれない。
 (2024.3.13)


 校庭に響く歓声。メジャーリーガーが寄贈したグローブに夢中なのだ。でも身体の弱いわたしは輪に入れない。教室の窓越しにみんなの姿を絵に描いた。その絵がひょんなことからSNSを巡り、なんとメジャーリーガーに届いた。彼からのメッセージ。
“ありがとう、きみは最高のプレイヤーだ!”
 (2024.3.14)


 卒業式は退屈なだけだった。校長の話は要点を得ないし、進行もグダグダだった。ホームルームで泣くやつもいたが、連絡すれば明日にでも会えるのだ。すべてが茶番。嘘だけは平気でつけるのがせめてもの救いだ。
「三年間、みんなと一緒で幸せでした!」
 やっぱり私は教師に向いていない。
 (2024.3.15)
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