2022.12.1~2022.12.15

文字数 2,195文字

 マルガレーテのパンケーキは評判となり、マスコミが取材に訪れた。若い記者は突然、彼女に深く頭を下げた。
「な、なに?」
「僕は昔、一生懸命練習する貴女をバカにしていた少年です」
「!」
「ぜひとも、貴女の焼いたパンケーキを食べさせてください」
「……もちろん!おいしいよ!」
 (2022.12.1)


 指導者たちよ、目を覚ませ。反骨精神で鍛える時代は終わった。鞭を捨てよ。鞭で育った者は飴を与えることを知らない。鞭の痛みを知る人間は、痛みを知らない人間なのだ。手に執るべくは情と数。道を極めたくば道によって、理を極めたくば理によって行き先を示せ。これこそが道理である。
 (2022.12.2)


 山陰にあるX湖の底には、奇妙な物体が突き刺さっている。魚型をした金属製の構造物――見れば万人が潜水艦だと答えるだろう。しかしなぜこんな場所に?関連は不明だが、付近には湖に落ちた流れ星の伝承が残されている。そして流れ星は然る時が来た際に、大地を動かす役目を担っているとも。
 (2022.12.3)


 仲良し五人組の少女がいます。一人は正直者で真実を話し、残りは気まぐれでどちらを話すか分かりません。一回だけ質問をして、正直者を当ててください。

 私は一人を選び、
「抜け駆けしたのは?」
 少女は己を指差した。私は降参を告げた。去り際に口汚い罵りが聞こえたが後は知らない。
 (2022.12.4)


 雨は天と地を貫いて、母の墓石を串刺している。のたうつ亀裂は裁縫を拒んだ指先のあかぎれのようにも、言葉を忘れた唇のひびのようにも見えた。花はとうに枯れ、水ばかりがぎらぎらと喧しい。誰かが供えた米が置かれたままに固まっている。その殻に包まれた黴の、黒く芽吹く気配がする。
 (2022.12.5)


 秘境の村落を調査する人類学者は、彼らのあいだに愛を意味する言葉がないことに気づいた。長老に訊ねると、当然に存在するものに名前は必要ないと答えた。人類学者は感動して村を後にした。村の若者が近寄ってきて、
「何の話をしてたんだい?」
「災いさ。あの手の輩はもう入れるなよ」
 (2022.12.6)


 燻らせた思いに味をしめて、私は敢えて口をつぐむのだ。あなたが恋しい、あなたが欲しい――手を伸ばせば届く距離に、勝手に一線引いては指先を泳がせる。叶えることを放棄して、自らの首を絞めて窒息の苦しみに涎を垂らしている。捏造された悲劇は幕引きを知らず、だらだらと上演が続く。
 (2022.12.7)


「医者に、もう飲むなって言われちゃった」
 常連さんはお冷やを見つめながら呟いた。入院明けに来店してのひと言めだった。酒を愛する者として、つらい。
「マスターのカクテルが飲めないのはさみしいけど――」
 遮って、グラスを置いた。
「モクテルです。お別れなんて、しませんからね」
 (2022.12.8)


 駅のホームをヒールが蹴って、わたしは車上の人となった。黒煙に霞みゆく故郷を背中で見送り、視線は行く先を指す。彼方に待つのはわたしの夢、無謀とも言える挑戦。正しいか正しくないか、そんなことは二の次。叶えてやる――その一心が肉体を動かすエンジンだ。血潮を回せ。汽笛よ響け。
 (2022.12.9)


「ミミちゃんはどこだよ!会わせろ!」
「関係者以外立入禁止です。出ていってください!」
 まったく、追っかけにはロクな奴がいない。とそこへ上品な紳士が通りかかり、
「大変ですね、ご苦労さま」
 去っていくのを回り込んで、
「通行証を拝見します」
「……」
 この目は節穴じゃない。
 (2022.12.10)


 初めて炊き出しのボランティアに参加した。意外だったのが、列に並ぶ人々の表情だった。俯きがちで不幸に堪え忍んでいる……そんな姿を想像していたのに、大きく明るい声をあげ、私たちに労いの言葉をかける人もいる。羞恥で頬が燃えた。不幸なのは私のほうだ。味噌汁を注ぐ手が震える。
 (2022.12.11)


 顔面付近への危険球は大乱闘に発展した。クールで知られる投手が打者を罵る姿は多くのファンに衝撃を与えた。試合後、投手は引退した。
「どちらが許せないかと言えば、野球を凶器にした自分のほうだから」
 意味深なコメントの真意はすぐに知れた。件の打者が薬物使用で逮捕されたのだ。
 (2022.12.12)


 般若心経が空を揺さぶる黄昏、蠢いているのは小さな仏の大群だった。仏たちは米を食い、糞を垂れ、寝るを一定の周期で反復している。人の世を風刺する様はしかし、一つの回路のように見えた。私は問う。何故に。仏は答える。面白うない、面白うないのぢゃ、繰り返さば終はりは近づかう。
 (2022.12.13)


 全身に食い込んだ荒縄はいくら抗っても緩む気配はない。私を拉致した男はナイフを手に近づいてくる。
「私が何をしたって言うのよ!」
「ひき逃げされた子供を助けた」
「は?」
「俺の弟なんだ。死ねば親の遺産は俺の総取りだった。あんたのせいで半分損した」
 刃が触れ、私は失神した。
 (2022.12.14)


 帰宅ラッシュの都心。その上空に突如、爆音が響いた。一斉に顔を上げた人々は、編隊を組んだ航空機の影を認めた。影は空戦さながらに飛び交い始め周囲はパニックに。のちにプロジェクションマッピングだったことが判明するが、このとき集団スリが発生したことに気づいた者はいなかった。
 (2022.12.15)
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