2024.2.1~2024.2.15

文字数 2,181文字

 出勤しようと車に向かうと、パンクしていた。刃物で刺されている。いったい誰が……。
「ママ」
 振り向くと、包丁を持った我が子が。
「これで会社休めるよね?疲れなくていいよね?」
 思わず抱きしめた。心配させてごめん。でも行かなきゃ、

 ブスリ。

「じゃあ、ケガしたら休める?」
 (2024.2.1)


「クイズです。サバがいばっています、なぜでしょう?」
「サバイバル!」
「ブー」
「えっ」
 子供はあんぐり。そして製作陣もあんぐり。
「サバはね、一個の生命体として生まれたことを誇っているんだ。命とは円環を為していて……」
 CMの後、お兄さんの席には生のサバが置かれていた。
 (2024.2.2)


 節分で逃げまどう鬼のなか、平然と闊歩する一群がいた。それもそのはず、本物の鬼なのだ。愚かな人間など踏み潰して、
「鬼はそとー!うう、なんで……」
 涙でぐしゃぐしゃの子供が必死に豆をぶつけてきた。さすがに心が痛み、
「や、やられた」
 ひっくり返った鬼を見て、子供は笑った。
 (2024.2.3)


 工場に響く悲鳴。
「落ちた!」
 見ると、流し込んだコンクリートから腕が出ている。
「固まる前に引き出せ!」
 数人が飛び込み腕をつかむ。
「……ん?」
「何してる!早く!」
「変じゃないですか?」
 助けに入った工員は、自らの膝を指した。足首まで浸かっている。
 腕がもがき始めた。
 (2024.2.4)


 指輪を抜くと、食い込んだ跡がひりひり痛んだ。泣くと思ったけど意外に平気で、むしろすっきりと心に風が吹き抜けたような気持ちだ。歩き出そうとした足が――止まる。胸に空いた穴の意味。元に戻っていく薬指。いやだいやだ、お願いです、まだあなたを好きだったことを忘れたくないです。
 (2024.2.5)


「ゴルフは?」
「したことありません」
「麻雀は?」
「ルールが分かりません」
「なんだ、つまらん奴だな。それじゃ社会人失格だぞ」
「はあ。ところで、Instagramを使ったマーケティングについてご意見を伺いたいのですが」
「あー、そういうのは若いのにやらせろ」
 (言わないけどな)
 (2024.2.6)


 テレビは政治家の記者会見を映している。
『このたびは発言を撤回し……』
「この人、前も不適切発言してなかった?」
「ああ、同じように謝ってたな」
「学ばないなぁ。なんで繰り返すかね」
「そりゃ“撤回”したから当然だろ。忘れるんじゃなくて無かったことになるんだから」
「納得」
 (2024.2.7)


 人類はついに花粉症を克服した。もう目のかゆみや鼻のムズムズに苦しむことはない。
 ないのだが……。
「花粉が来るぞ、避難しろ!」
「早くシェルターに入れ!」
 人々は地下に駆け込み、分厚い扉が閉まる。太陽が消えた。無人の街に降る花粉は道を、自動車を、ビルを埋め尽くしていく。
 (2024.2.8)


 煙草を咥えて火を点ける。ひと口吸って、友人の墓前に供えた。生前好んでいた銘柄だ。憧れのシチュエーションだったものの、まさか実現しようとは。カートンも供えて、
「あっちでも、たっぷり吸えよ」
 涙は見せず立ち去った。

 家に帰ると、ニュースで墓地が失火で焼けたと騒いでいた。
 (2024.2.9)


 新任の軍部最高司令官は、就任演説の第一声でこう言った。
「私はこの地位を恥じている」
 ざわつく一同を鎮め、
「平和を実現せんがために、銃を握り、戦車を駈り、殺し殺してここまで来た。これほど惨めな栄誉があろうか!私で最後にしたい。力を貸してほしい」
 万雷の雄叫びが応えた。
 (2024.2.10)


「ぼく、推しと結婚しました」
「なに?!」
 職場は大混乱。彼のアイドルオタクぶりは有名だったが、まさか夢を叶えてしまうとは。おずおずとオフィスに入ってきたのは、
「……どなた?」
「妻です」
「いや、でもテレビと顔がぜんぜん……」
「だから言ったのよ!」
 女性は泣き出した。
 (2024.2.11)


「手を突いて……待て待て!」
 何度めかの仕切り直し。取り組みが始まらず、観客はおかんむりだ。
(いい加減にしろよ……)
 呆れる行司は半ば投げやりになっている。
「手を突いて……待てま――」
 力士が二人して行司を振り向いた。観客も静まり返った。
「ん?」
「いま、合いましたけど」
 (2024.2.12)


「ああ、ドキドキする……」
 チョコレートを握りしめて、落ちつかない友人。背中をさすってやりながら、歪んだ笑みを噛み殺す。私は知っている、彼女の思いは届かないことを。だってあの男にはもう大事なひとがいるから。彼女が真実を知ったときがチャンス。傷だらけの心を奪う、絶好の。
 (2024.2.13)


「チョコレート、渡さなかったんだ」
「うん、見込みないって分かったから」
 心底残念そうな顔をする。当てが外れた。他の策を――、
「え?」
「だから、見込みあるほうにする」
 差し出された包みをぎこちなく受け取る。唇が耳元に触れて、
「何よ。こうしたかったんでしょ」
 あ――おちた。
 (2024.2.14)


 空を黄色く塗って何が悪いの――無垢なる主張は黙殺され、矯正施設に押し込められた。冷たい床に凍えながら、自分を曲げず耐えた。ある日富豪の目に留まり、檻から解放された。喜びも束の間、真実を知る。富豪は私の絵を才能と見ていたことを。決して個性と認めていたわけではないことを。
 (2024.2.15)
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