2021.10.16~2021.10.31

文字数 2,366文字

 弁護士という仕事柄、遺言の開封に立ち会わねばならない。どんな人間も、己の取り分が明らかになる瞬間は固唾を飲んで拳を握るものだ。欲が剥き出しになるさまは、厭にはなっても飽きることはない。さて今回は財閥の総帥、親族一同刺すような視線を向けてくる。愉快な一幕になりそうだ。
 (2021.10.16)


 病室のベッドに仰臥した倉橋(くらはし)厳五郎(げんごろう)は、臨終が近いことを悟った。“笑わぬ男”として辣腕を振るい続けた彼には、最後にやりたいことがあった。人払いをし、気合一声、自らの顔を強く圧迫した……。
 心電図が沈黙し、駆けつけた人々が見たものは、穏やかな笑みを浮かべた厳五郎の亡骸であった。
 (2021.10.17)


 宇宙の果てから“外なるもの”がやって来て、神さまに謁見した。神さまは地球を見せて自慢した。“外なるもの”は唖然とし、
「こうなるまでにどのくらい?」
「ざっと46億年」
 “外なるもの”が手を叩くと、あらゆる問題が解決し平和が訪れた。地球の生命は彼を讃えた。神さまはクビになった。
 (2021.10.18)


 火影が爆ぜて、暗闇に男の顔を描いた。女はそれを認め、ヒールを鳴らして駆け寄った。
「お待ちになった?」
「いいや。行こう」
 女は男の腕に抱きつく。大理石のような冷たさが嘘を知らせた。すぐ露見する他愛ない嘘は、愛玩の喉をくすぐる。甘やかな愛に、星のまたたきすら霞んでいる。
 (2021.10.19)


 雲の峰から月が窺っている。指先で撃ち抜いたら、ぐらりと揺らいで落ちた。慌てて拾いにいくと、野良犬どもにズタズタにされていた。あちこち破れて、月は、こんな姿じゃ空に帰れないと泣く。仕方がないので、繕い終わるまでうちに置くことにした。裁縫は苦手だが、責任は取らなくちゃ。
 (2021.10.20)


「雷神どん、最近暴れすぎでねえか?」
「そう言う風神どんもどうなんじゃ?」
「わしら、力を付けすぎたかのう」
「そうじゃのう……ん、あれは何じゃ?」
「あれは……隕石!?」
「こっちに来よるぞ!」
「……」
「……」
「わしらの仕事じゃな」
「そうじゃな」
 そして、二人は宇宙へ。
 (2021.10.21)


 落日が濫立したビルのあわいに吸い込まれ、アスファルトに長く引きずった影からは、早くも夜の匂いがしている。信号機がらんらんと目を光らせる交差点を、すり減った革靴の群れが渡っていく。週末、花の金曜日。膿み疲れた身体にひとときの幸福を求めて、労働者は赤提灯の暖簾をくぐる。
 (2021.10.22)


「おい、この資料、粗利の数字が間違ってるぞ!庶務課はこんなこともできんのか!」
 営業部長はデスクを叩く。予期していた私は冷静に答える。
「間違っていません」
「とぼけるな!」
「部門は報告を水増ししてたんです。あなたを恐れてね。みんな白状しました」
 部長は真っ青になった。
 (2021.10.23)


 SNSにウソを書く……憂さ晴らしには最高だ。一人ほくそ笑んでいると、
「動くな!」
 殺到した男たちに拘束された。
「だ、誰だあんたら!」
「未来人よ」
「えっ!?」
「百年後、お前の書き込みが現実となって世界が酷いことになるんだ。悪の芽は早いうちに摘ませてもらう」
 ウソだろ……。
 (2021.10.24)


 地下鉄に揺られ、車窓を眺めているのは僕だけだった。他の乗客は無心に手元の画面を覗き込んでいる。単調な明滅に照らされた貌は、まるで死人だ。まあガラスに映る自分も大差ないのだが。口角を吊り上げてみて、虚しさに独り嗤う。車掌のアナウンスが響き、死人の群れは緩慢に動き出す。
 (2021.10.25)


 祖母の三回忌。墓前に集った親族は、神妙な顔で合掌している。私は上の空。皆は知らない、ここに祖母はいないのだ。欲深い親族を厭うた祖母は、同じ墓に入りたくないと泣いていた。任せて――私は約束した。骨壺をすり替え、大好きだった山の頂きに埋めたのだった。ああ、なんて愉快な茶番。
 (2021.10.26)


「周りは誰も助けてくれないとか、悲劇のヒーローを気取りたいんだろう?本当にやれるなら黙ってやればいいじゃないか。可哀想、頑張れって同情されたいんだろう?」
 そうだ、よく分かってるじゃないか。そのほうが奮起するんだから。やりたいことをやるために、おれは何だってするんだ。
 (2021.10.27)


 雨が酷い。視界が霞む。だが構ってはいられない。たった今、人を殺したばかりなのだ。早く凶器を処分しないと……排水溝、あの中に。手を突っ込んだ瞬間、
「痛てっ!」
 潜んでいた仔猫に噛まれた。その声に、野宿していた浮浪者と目が合った。
 ああ、どうしよう。
 あと二つ、殺さなきゃ。
 (2021.10.28)


 満員電車。乗降口に顔を押し付けられ、目線の先に異質なものが。窓の外側にかたつむりが張り付いている。触角は突風に弄ばれ千切れんばかりだが、どうにもジェットコースターに乗って喜んでいるようにしか見えない。楽しそうでいいなあ。思った途端、かたつむりはどこかへ飛んでいった。
 (2021.10.29)


樹里(じゅり)、そっち行っちゃダメ!」
 二歳の娘の動きは予測不可能、買い物するのもひと苦労だ。叱っても叩いても繰り返される日常。育児なんて辛いばかり、辞められるなら喜んで……。
「……樹里?」
 いない。どこにもいない。真っ白になった頭の隅で、やっぱり私も親だと他人事のように思った。
 (2021.10.30)


「どういうことだ!?」
 午後8時。全国の投票所は大混乱に陥っていた。立候補者の名前が書かれた投票用紙が一枚も出てこないのだ。書かれた名前は、おそらく投票者自身のものと思われる。無効票多数による選挙不成立――頭を抱えた立候補者に、
「民意……」
 誰かの呟きが、重くのしかかった。
 (2021.10.31)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み