2021.7.1~2021.7.15

文字数 2,192文字

 披露宴もたけなわ、新郎新婦は笑みがこぼれっぱなしだ。ふと仰向くと、金箔の貼られた天井が目に入った。継ぎ目が浮いている。隅が剥げている。こんなハレの日にもほころびはあるのだと思ったら、あらゆる不備が気になり出した。善くない人間だ。祝いの席くらい、己を捨てればいいのに。
 (2021.7.1)


 待ちわびた日が
 ついに訪れる
 延ばされた月日は
 弓の如く
 引き絞られ
 引き絞られて
 開放の時を刻む

 一方は壊すため
 一方は護るため
 相容れぬ在り方を
 貫く方法は
 ただひとつ
 命を懸けた激突のみ

 太鼓よ轟け
 獣よ吼えろ
 邪魔する奴は
 凪ぎ払え
 勝つのは一人
 王はこの世に二人も要らぬ。
 (2021.7.2)


 言葉にすると逃げてしまうものがある。言葉を操り言葉で綴る者にとって、これほど恐ろしいものはない。しかし、言葉でなければ逃げてしまうものもあるに違いない。一念を握りしめ、我々は操り、綴る。それに至ったとき、この胸に溢れる想いを……言葉では表せられないかもしれないけれど。
 (2021.7.3)


 先輩へ。貴方は最後まで、先輩であることを止めてくれませんでした。届かぬ想いを何度踏み躙ったでしょう。貴方は誰の物になるでもなく、ここから去っていきます。桜の日和がこんなに憎らしいとは思わなかった。さようなら先輩、お元気で。未練がましい後輩から、心ない祝辞を贈ります。
 (2021.7.4)


 遠雷だと思った。天窓を撃つ雨が酷かったから。しかし三度目が鳴ったとき、違うと気づいた――ピアノだ。誰かが弾いている。あの封じられた部屋で。予言は現実となった!
 血相を変えた母が飛び込んでくる。
「お前、何をしたッ」
 私は知らない。だが遂に来たのだ。この座敷牢から出る日が。
 (2021.7.5)


「きみは、嘘をついたのですね」
 先生の口調は噛んで含めるようであったので、私は素直に認めることができた。相手を貶めようとして吐いた、それも子供の喧嘩によくある他愛ないものだ。
 先生は頷いて、
 音高く私の頬を張った。
「恥を知りなさい!」
 痛みが遅れて襲った。私は混乱した。
 (2021.7.6)


 かささぎ橋とは洒落た名だが、何ということはない、どこの川にもある、由来の知れない石橋だ。ぼくにとっては馴染みの場所で、別れた彼女とよく渡った。側を通ると、否応なしによみがえる記憶。今日は七夕、文句の行き処もない。ぼくは顔を背け、足早に立ち去る。星空を見上げもせずに。
 (2021.7.7)


「先生、もうちょい何とか……」
「無理だね。それ以上書きようがない」
「でも『ひと言お悩み解決!』なのに解決してないじゃないですか。ダメ出しばっかり」
「あのな、ひと言の質問にひと言で答えろってのが無茶なんだよ。企画が悪い!」
 しかしその毒舌は不思議と人気があるんだなぁ。
 (2021.7.8)


 女武芸者菊乃(きくの)は、己より強い者に嫁ぐと言って憚らぬ。今日の相手は軟弱も軟弱、勝負にもならなかった。
「不愉快じゃ、帰れ!」
 菊乃の一喝に、男は涙を溢した。
「これで、諦めがつくかと思うたのになぁ……」

 その後、菊乃は男――惣助(そうすけ)に嫁ぎ、五子を儲けたというから分からぬものである。
 (2021.7.9)


「……で、あなたは逃げる犯人の後ろ姿を見たんですね?」
「はい」
「ヒゲ面の」
「ええ」
「おかしいなぁ、後ろ姿でどうしてヒゲ面だと分かったんです?」
「顔が後ろに」
「振り向いたんですか?」
「いえ、後ろ向きに付いていました」
 思考が停止する。これは厄介なことになりそうだ。
 (2021.7.10)


 蝉の声が喧しくてイヤホンのボリュームを上げた。インディーズバンドの調子っぱずれなシャウトだけが、俺の世界になる。不器用な恋の歌。詞を辿りながら、誰とも知れない女の子を想う。汗で湿った掌を受け入れてくれるのは、己のシンボルだけだ。夏は始まっている。俺は乗り遅れている。
 (2021.7.11)


 渇いている。心がだ。台所に置きっ放しのへちまのように、からからでぱさぱさになっている。しかし奇妙なことに、他人の目には瑞々しく熟れているように映るらしい。羨ましい、妬ましい、そんな視線が肌を刺す。ねえ誰か、私に水をくれないか。この腕にはもう、蛇口を捻る力もないんだ。
 (2021.7.12)


「こら」
 久しぶりに会う先輩、開口一番怒られた。
「そんなダラっとした顔で人に会うな。失礼だぞ」
 たしかに、残業続きでヘトヘトなのだ。
「あはは、まあいつもはちゃんとしてますから」
「おれにできなくて赤の他人にできるかよ。ほら、練習練習」
 うへぇ、先輩、頭が上がりません。
 (2021.7.13)


 茸の王妃は大地に花を手向けた。故人が喜ぶとは思わなかったが、彼女はそれしか礼儀を知らなかった。黴の王様――かつてこの地を治めていたが、太陽の軍勢に焼き滅ぼされた。遠い遠い祖先に思いを馳せ、王妃はほろほろと泣いた。こぼれた胞子が風に乗って消えた。凋落はすでに始まっていた。
 (2021.7.14)


 両手足の爪を全て剥いだが、スパイは白状するそぶりを見せない。それどころか汗の一滴も流さない。たいした根性だと感服すると、スパイは得意げに言った。
「痛みを感じないように訓練しているのさ」
 鼻筋に鉛玉を撃ち込んだ。痛くないなら、苦しくないなら意味はない。代わりを探そう。
 (2021.7.15)
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