2018.12.16~2018.12.31
文字数 2,539文字
酩酊から水甕 に没した吾輩だが、目覚めると柔らかな蒲団に横臥 っていた。何故か身体が幾倍にも膨れており、おまけに随分と硬い。鏡を覗くと其処 には見慣れた主 の顔があり、吾輩は凡 てを理解した。全く人生、否、猫生 とは数奇なものである。しかしこの顔、妙に坐りが良いのが釈然とせぬ。
(2018.12.16)
「魔法は無限ではない。機を見極めよ」
俺は師匠の教えに背を向けた。力を飾りにしたくなかった。惜しみなく魔法を使い、数多くの命を救った。
そして今、俺は大切な女を目の前で喪おうとしている。残った力は弱く血すら固められない。俺は間違ってなかった――繰り返す呪詛 が心に満ちる。
(2018.12.17)
父との確執を解きたくて飲みに誘った。喧騒を避けてバーを選んだが、静かさに場が繋げなくなった。会話は途切れ、沈黙は積もっていく。
マスターがレコードを入れ替えた。煙るようなブルースが流れ出し、思わず口ずさむ。気が付けば父も鼻唄を燻 らせていた。男二人、無心に音符をなぞる。
(2018.12.18)
息子と浸かる風呂は静かだった。口達者な悪ガキが神妙に押し黙っている。
「俺、立派な父親になれるかな」
息子は呟いた。来月、第一子が生まれる。
「……心配せんでも、子供の顔見りゃ腹ァ据わるさ」
息子は無言で、力強く頷いた。四半世紀前の自分が重なり、私はじゃぶりと顔を洗った。
(2018.12.19)
毎年欠かさず年賀状を送ってくる友人がいる。プリントされているのは旦那と撮ったツーショット。手書きのメッセージを解読しながら、私の口許は歪んでいる。彼女は知らない。彼が私を抱くときだけ見せるあの表情を。私は咥えた煙草の火を近づけ、不義な男の顔を焼く。愚かだよ、みんな。
(2018.12.20)
初デートは大失敗。助手席の君はむくれ面でフロントガラスを睨んでいる。好みが違うのなんて当たり前なんだから、茶化さず黙って肯 けばよかったんだ。謝るには時間が経ちすぎて、言葉は喉の奥で膨れて出てこない。がむしゃらなロックの音量を上げて、解消される兆しのない渋滞に耐える。
(2018.12.21)
窓の外は雪化粧、夜はほんのり白く染まっている。温かいウィスキーを舐めながら、本のページを捲る。暖炉から聴こえる薪の呟きが優しい。
贅沢は金を積めば幾らでもできる。しかし満足がそれに比例するとは限らない。私には金はないが、この何でもない時間に満足できることを幸せに思う。
(2018.12.22)
夢でデパートを徘徊している。各階の移動は中途半端に停まるエレベーターを駆使するしかない。それも降り口が足元の小窓から、降りた先は観覧車のゴンドラの上なのだからもう意味不明だ。手付かずで放置された初売り会場を横目に、私は自分が何をしに来たのか、いまだ思い出せずにいる。
(2018.12.23)
あれもほしいこれもほしい――欲張りな君は書いては消してのくり返し。悩んだ末にペンを放って、僕の胸に飛び込んでくる。なるほど、サンタさんがほしいときたか。だけどプレゼントは良い子しかもらえないんだよ。不安で泣き出しそうになる君の鼻に、隠していた包み紙でちょんとキスをする。
(2018.12.24)
少女は独り朝を迎える。両親のいない何度めかのクリスマス。靴下はとうの昔に捨てていた。
雪の舞う道を市場へと急ぐ。ふと足元に何かの感触――古びたオルゴール。拾い上げると、それはひとりでに歌い出した。少女の目が潤む。両親が聴かせてくれた子守唄だった。雪が、涙を受けて解ける。
(2018.12.25)
猫の風太 は陽なたに座り、うにゃうにゃ盛り上がっている。視線の先には薄布みたいな雲が流れているばかり。君の話し相手はどんな人なんだろう。気まぐれな君に付き合ってくれるなんて優しいね。僕にも紹介してくれないかな。ちらりこちらを見る風太の顔は、心なしか自慢げに見えるのだ。
(2018.12.26)
真冬の海が吼えている。潮風は轟き、水際をさまよう僕たちから会話を奪う。
「好きだよ」
どうせ聴こえないと思って言った。マフラーに顔を埋めた君は素知らぬ顔で流木を小突いている。返事はない。やっぱり聴こえていないのだ。その耳たぶが火のように赤いのも、寒さのせいに違いない。
(2018.12.27)
ギターの腕は一向に上達する気配がない。モテたいと始めた趣味で長続きした試しがないのだ。ぶつ切りの歌はあまりにみすぼらしく、私は投げやりに開放弦を鳴らそうとした。
「下手糞」
確かに聴こえた。手元を見る。
サウンドホールから人の顔が覗いていた。
私はすぐにギターを捨てた。
(2018.12.28)
心臓がほどけて
淫らな図形を
描きながら
つる草のように
貴女へと這う
芳しく熟れた
恋慕の実を
その御元へと
献上する
愛しい人よ
願わくばその
つややかな爪で摘んで
なめらかな歯で噛んで
こぼれた果肉に汚された
炎に染まる内側を見せて
そして私は
貴女の吐息で
冬を知り
果てる
(2018.12.29)
地質学者は岩屋の奥に二畳ほどの空間があることを認めた。僅かな隙間から差し入れたカメラに映し出されたのは人骨だった。隅には土饅頭が盛られていることも分かった。
(食わずに餓死したか)
何故か学者はそう思った。画面に映るひしゃげた頭蓋骨は、まるで両生類の頭部のように見えた。
(2018.12.30)
除夜の鐘が鳴り始めた。そばで温もった腹に快く響く。
「今年も終わるな」
呟きに憂いが混じった。来年は喜寿 。あと何回、二人で年を越せるだろうか。
「来年も一緒に鐘を聴きましょうね」
見透かしたように妻は言った。まったく、敵わないな。私は頷くと、みかんを剥いて妻に手渡した。
(2018.12.31)
(2018.12.16)
「魔法は無限ではない。機を見極めよ」
俺は師匠の教えに背を向けた。力を飾りにしたくなかった。惜しみなく魔法を使い、数多くの命を救った。
そして今、俺は大切な女を目の前で喪おうとしている。残った力は弱く血すら固められない。俺は間違ってなかった――繰り返す
(2018.12.17)
父との確執を解きたくて飲みに誘った。喧騒を避けてバーを選んだが、静かさに場が繋げなくなった。会話は途切れ、沈黙は積もっていく。
マスターがレコードを入れ替えた。煙るようなブルースが流れ出し、思わず口ずさむ。気が付けば父も鼻唄を
(2018.12.18)
息子と浸かる風呂は静かだった。口達者な悪ガキが神妙に押し黙っている。
「俺、立派な父親になれるかな」
息子は呟いた。来月、第一子が生まれる。
「……心配せんでも、子供の顔見りゃ腹ァ据わるさ」
息子は無言で、力強く頷いた。四半世紀前の自分が重なり、私はじゃぶりと顔を洗った。
(2018.12.19)
毎年欠かさず年賀状を送ってくる友人がいる。プリントされているのは旦那と撮ったツーショット。手書きのメッセージを解読しながら、私の口許は歪んでいる。彼女は知らない。彼が私を抱くときだけ見せるあの表情を。私は咥えた煙草の火を近づけ、不義な男の顔を焼く。愚かだよ、みんな。
(2018.12.20)
初デートは大失敗。助手席の君はむくれ面でフロントガラスを睨んでいる。好みが違うのなんて当たり前なんだから、茶化さず黙って
(2018.12.21)
窓の外は雪化粧、夜はほんのり白く染まっている。温かいウィスキーを舐めながら、本のページを捲る。暖炉から聴こえる薪の呟きが優しい。
贅沢は金を積めば幾らでもできる。しかし満足がそれに比例するとは限らない。私には金はないが、この何でもない時間に満足できることを幸せに思う。
(2018.12.22)
夢でデパートを徘徊している。各階の移動は中途半端に停まるエレベーターを駆使するしかない。それも降り口が足元の小窓から、降りた先は観覧車のゴンドラの上なのだからもう意味不明だ。手付かずで放置された初売り会場を横目に、私は自分が何をしに来たのか、いまだ思い出せずにいる。
(2018.12.23)
あれもほしいこれもほしい――欲張りな君は書いては消してのくり返し。悩んだ末にペンを放って、僕の胸に飛び込んでくる。なるほど、サンタさんがほしいときたか。だけどプレゼントは良い子しかもらえないんだよ。不安で泣き出しそうになる君の鼻に、隠していた包み紙でちょんとキスをする。
(2018.12.24)
少女は独り朝を迎える。両親のいない何度めかのクリスマス。靴下はとうの昔に捨てていた。
雪の舞う道を市場へと急ぐ。ふと足元に何かの感触――古びたオルゴール。拾い上げると、それはひとりでに歌い出した。少女の目が潤む。両親が聴かせてくれた子守唄だった。雪が、涙を受けて解ける。
(2018.12.25)
猫の
(2018.12.26)
真冬の海が吼えている。潮風は轟き、水際をさまよう僕たちから会話を奪う。
「好きだよ」
どうせ聴こえないと思って言った。マフラーに顔を埋めた君は素知らぬ顔で流木を小突いている。返事はない。やっぱり聴こえていないのだ。その耳たぶが火のように赤いのも、寒さのせいに違いない。
(2018.12.27)
ギターの腕は一向に上達する気配がない。モテたいと始めた趣味で長続きした試しがないのだ。ぶつ切りの歌はあまりにみすぼらしく、私は投げやりに開放弦を鳴らそうとした。
「下手糞」
確かに聴こえた。手元を見る。
サウンドホールから人の顔が覗いていた。
私はすぐにギターを捨てた。
(2018.12.28)
心臓がほどけて
淫らな図形を
描きながら
つる草のように
貴女へと這う
芳しく熟れた
恋慕の実を
その御元へと
献上する
愛しい人よ
願わくばその
つややかな爪で摘んで
なめらかな歯で噛んで
こぼれた果肉に汚された
炎に染まる内側を見せて
そして私は
貴女の吐息で
冬を知り
果てる
(2018.12.29)
地質学者は岩屋の奥に二畳ほどの空間があることを認めた。僅かな隙間から差し入れたカメラに映し出されたのは人骨だった。隅には土饅頭が盛られていることも分かった。
(食わずに餓死したか)
何故か学者はそう思った。画面に映るひしゃげた頭蓋骨は、まるで両生類の頭部のように見えた。
(2018.12.30)
除夜の鐘が鳴り始めた。そばで温もった腹に快く響く。
「今年も終わるな」
呟きに憂いが混じった。来年は
「来年も一緒に鐘を聴きましょうね」
見透かしたように妻は言った。まったく、敵わないな。私は頷くと、みかんを剥いて妻に手渡した。
(2018.12.31)