2023.8.16~2023.8.31

文字数 2,338文字

 浜辺のテラスで、気のおけない友人とジェラート片手によもやま話。結果だ成果だと追い立てられる日々のなか、こんな毒にも薬にもならない時間を大切にしたい。横顔が金色に染まって、ふたり日没を見送る。夏は終わる、でも秋が始まる。慕情はひき潮の調べに託して、海岸線を帰路につく。
 (2023.8.16)


「先生、娘が何か……?」
「アサガオの観察日記、途中で枯らしてしまったようですね」
「雑な子で……すみません」
「その後も書いているんです」
《枯れたので別のアサガオを観察する。今日はおめかししている。いつもと違うにおいがする》
 青ざめる。
「先生……」
「気づかれました」
 (2023.8.17)


 流れ星はうんざりしていた。最初は神さまに願いを届けていたが、近頃は面倒で海に捨てていた。ある日人間はそのことに気づき、流れ星を殺してしまった。神さまは怒り、
「身勝手な!わしは願いは聞くが叶えたことは一度もない。叶わないのはお前たちの責任だ!」
 人間は神さまも殺した。
 (2023.8.18)


 認知症は母の記憶を奪い、私を忘れるのも時間の問題だ。しかし一貫して変わらないのが、
「路地の先にお稲荷さんがあるでしょ。そこで神様に会ったの。あなたは神様の子なのよ」
 そんなものは無い。確かめたのだ。路地の先には廃屋が一軒、その奥の間に、御札で埋め尽くされた箱がある。
 (2023.8.19)


 臨死体験した人が視る三途の川は実在するのか……場所の特定を図った学者は、ついにこれぞという土地に至った。穏やかな川の畔に広がる花畑――興奮した学者は血圧が上がり昏倒してしまった。意識が途切れる寸前、子供の声が聞こえた。
「このまま連れていくね。二回も視なくていいでしょ」
 (2023.8.20)


「見ておれ」
 師匠は大名から預かった茶器を土間に叩きつけた。真っ二つの破片を手に取り、
「これを金で継ぐと独特の味わいが生まれる。価値とはこうして付けるのだ。やってみろ」
 言うとおりに茶器を割る。カネを生むのは簡単だ。しかし、それだけだ――師匠の金刺繍の羽織を横目に思う。
 (2023.8.21)


 仏壇に供えた水が減っている。蒸発したでは辻褄が合わない量だ。カメラを設置しチェックすると、仏壇に忍び寄る黒い影が!
「……なんだ」
 飼い猫だった。拍子抜けして映像を止める。犯人はちょうどカメラに気づき、こちらを向いている。
『ごめんなさい』
 耳元で、はっきりと声がした。
 (2023.8.22)


 あなたの指先が耳たぶをなぞる。そしてこの機能を失くした器官を綺麗だと伝える。わたしの指先は素直に喜びを返す。ネガティブ思考のわたしが聴力を失い、別人のように前向きになった。不幸だ不幸だと思い悩んでいたら、気づけば吹っ切れていた。下を向きすぎて天地が反転したみたいだ。
 (2023.8.23)


 甘さの褪せたすいかに、夏は背を向けているのだと知らされる。しかし狂った熱波は列島に居座り、秋を焼いている。もみじは渇きに喘いで、歩道に屍を積み上げていく。日傘の花はいつまでも大輪だ。夏よ、そ知らぬ顔で戻ってくるつもりなら、薄墨と懐紙を携えておけ。己の香典は己で包め。
 (2023.8.24)


「うーん……」
「よお、なに唸ってんだ?」
「ネタが浮かばないんです。どうしたら笑ってもらえるのか……」
「欲張るな。自分が面白いと思うことをやりゃあいいんだ。簡単なことさ」
 先輩は去っていく。ぼくは先輩が羨ましい。静まり返る客席を前に、心底楽しそうにしていられる彼が。
 (2023.8.25)


 潮の香が強まり、左馬之助(さまのすけ)は足を早める。浜辺には天日干しされた海藻が並んでいた。あばら屋の戸を叩くと、日に焼けた老人が顔を出す。左馬之助を小屋に入れ、老人は心張り棒を噛ませた。
「新たな仕事か」
 声は、若者のそれだった。忍びとは恐ろしいものよ――左馬之助は内心で舌を巻く。
 (2023.8.26)


 ある男が出世を目論み、秀吉の逸話に倣い主の草履を懐で温めた。主は気の利くやつと男を可愛がったが、重要な地位に就けることはなかった。男は首を捻り何が足りないのかと友人に訊ねた。友人は答えた。
「お前は清洲の石垣を直したか?墨俣を一夜で建てたか?役に立つにも程度はあるよ」
 (2023.8.27)


 海面が爆ぜる。躍り上がった白い腹に、昭生(あきお)は渾身の銛を打ち込んだ。朱に染まった波しぶきが断末魔となって、昭生の全身に降り注いだ。これで三匹。突如湾内に現れた頬白鮫の群れは、魚を食い、網を破り、終いには船まで襲い始めた。脅かされる日常――若き漁師は独り水平線を睨み付ける。
 (2023.8.28)


「ある文章をAIではなく人間が書いたものだと証明するにはどうすればいいか」
「続きを書かせてみてはどうでしょう?」
「ダメだ。AIなら難なく書くだろう」
 侃々諤々、しかし話はまとまらない。
「……仕方ない」
 キーボードを叩く。対話型インターフェースはすらすらと回答を吐き出す。
 (2023.8.29)


 不届きな賽銭泥棒を捕まえようと、警察は徹夜の張り込みを挙行した。
 丑三つ時、モニターに賽銭箱を漁る怪しい人影が映る。それ行けと飛び出したが、人影は煙のように消えてしまった。首を捻る一同。それを木陰から窺うのは……。
 (いかん、ふざけ過ぎた。しばらくは供え物で我慢するか)
 (2023.8.30)


 ある女が運命を変えようと、過去へタイムスリップした。容貌は母親似で整っていたので、金持ちの男を父親にしようとしたのだ。意気揚々と現地に立った女は、一匹の蟻を踏みつけた。途端に女の存在は消滅した。同時に女が生きていた未来も消滅した。変えるべきものを見誤ってはいけない。
 (2023.8.31)
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