2022.11.1~2022.11.15

文字数 2,193文字

「人の命を虫けらみたいに扱いやがって!」
 取調室に怒号が響く。相手はバラバラ殺人の容疑者だ。
「心外ですね、刑事さん」
「なに?」
「あなたは虫けらを殺すときバラバラにしますか?しないでしょう?私は人間を人間として、人間的なやり方で殺したんです」
 刑事は吐きそうになった。
 (2022.11.1)


 子供のころ、金木犀は透明な植物だと思っていた。その姿を見かけることはないのに、芳しい香りだけがどこかから漂ってくる。現実と空想のあわいに咲く花――なんと神秘的なのだろうか。時が経ち大人になった今でも、心の片隅に生きるあの日の私は、人知れず咲く花に酔いしれる瞬間がある。
 (2022.11.2)


 窓から路地を見下ろしたとき、多摩子(たまこ)は思わず悲鳴を上げた。やくざが若者をドスで刺していたのだ。目が合い、慌てて隠れたが遅かった。やくざは部屋に踏み込んできた。
「見たな――」
 その表情が固まる。
「黙っとくから、黙っといてよ」
 多摩子の傍らには、男の絞殺死体が転がっている。
 (2022.11.3)


「おはようございまーす!!!」
 音声担当がのけ反った。初の公共の電波に若手芸人は気合い十分だが、じじばば向けのローカル番組に相応しいテンションじゃない。声量を落とすようカンペを出すが、興奮していて全然気づかない。観覧のばあさんたちは補聴器を外し始めている。もうだめだ。
 (2022.11.4)


「結婚詐欺か……お前もヘンな男に引っかからないようにしろよ」
「そうよ、相手は選ばなきゃ」
「それパパとママが言う?二人ともパリピだったんでしょ?」
「う……」
「まあ二人みたいな夫婦になれるなら、ヘンな相手でもいいかなーとかね」
「もう、親をからかって……」
「へへへ」
 (2022.11.5)


 大統領はデスクに並んだボタンを押す。ボタンは敵国への攻撃指令に繋がっている。初日は押すのが怖かった。しかし日々の繰り返しが、ひと押しひと押しを単純作業に変えていった。報告される成果は数字の羅列でしかなくなった。申し訳程度の責任感を載せた指で、為政者は殺人を実行する。
 (2022.11.6)


 死者を生きたように見せる毒をくれと言う娘の手には沙翁の名著があった。肝心なところを読み違えたのだと思い、私は“正しい”毒を調合した。ところが娘は首を振り罵倒さえしてきた。私は言われた通り調合して渡した。
 しばらくして、許嫁を拒むため死体と結婚して裁かれた女の話を聞いた。
 (2022.11.7)


 聴衆の拍手に応える彼女は、超絶技巧のヴァイオリニストとして世界を魅了している。クールな仮面に隠した素顔は、恋人のぼくだけが知っている。だけど本当に独り占めしたかったのは演奏中の火花のような、誰もが知っている顔だった。いちばん欲しいものは手に入らないようにできている。
 (2022.11.8)


 放置された塹壕で見つかった死体は市長の息子だった。勝手に立ち入り漏れ出た有毒ガスを吸い込んだらしい。さらに驚くことに、塹壕の奥から不道徳な本が大量に発見された。市長は頭を抱えた。息子のこと以前に、塹壕で発見された本は彼が若き日に隠して忘れていたものだったからである。
 (2022.11.9)


 海賊の秘宝を求め、冒険家は最果ての島にたどり着いた。洞窟の奥に隠された宝箱を開くと、中には金貨銀貨がぎっしり。冒険家は狂喜して宝を持ち帰った。……彼がもう少し注意深ければ、もっと金持ちになれただろう。最も価値ある財宝は宝箱の外、留め金に使われた貴金属だったのだから。
 (2022.11.10)


 ベッドに入る前にお祈りをする。相手は神さまではない。生身の人間、だけど神さまよりも尊いひと。私を闇の中から抱き上げてくれた。誰よりも優しくて、誰よりも弱くて、だからこそ誰よりも強いひと。傍らの愛犬を撫でて目を閉じる。明日もあの方の朝に、まばゆい太陽が輝きますように。
 (2022.11.11)


「一兵卒!貴様なぜあの女を殺さなんだ!我が国に仇なす者は女子供関係無し、何者だろうとみな敵だ!」
「代わりに間諜を発見しました」
「ふん、見てろ、俺が手本を見せる!」
 一人の老女が引き出された。
「さあ、この女もはや貴方の母ではありません、敵です。どうされましたか上官」
 (2022.11.12)


 神さまがひとつだけ願いを叶えてくれるというので、世界を平和にしてと言った。しかしそれはできないという答えだった。公の概念は具体化できないらしい。仕方なく私的で具体的な願いを叶えてもらった。

「……すまないね。だけどその願いを叶えたら、私が要らなくなってしまうからね」
 (2022.11.13)


 数学の麒麟児と呼ばれた女は今、みすぼらしい姿で路上に生きている。食べるものにもおぼつかない日々の中で、道に敷かれたタイルに、壁を這う亀裂に、空を駆ける雲に数学を見出だす。幸福なのか――その問いに女は否と答える。そして逆に問うのだ。貴方は息が吸えて幸福を感じますか、と。
 (2022.11.14)


 社会の歯車になりきれず心を病んだ男は、海岸に座り寄せては返す波を眺める日々だった。日曜画家の私は遊び半分に男の姿を写生してコンペに出した。するとなぜか入賞した。私は無性に腹が立った。男は労せずして己の価値を得たのだ。額縁に収まったキャンバスから、波の嘲りが聴こえた。
 (2022.11.15)
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