2019.2.1~2019.2.15

文字数 2,403文字

 鷹が墜ちる
 鷹が墜ちる
 剣菱(けんびし)の翼は夜を裂き

 鷹が墜ちる
 鷹が墜ちる
 瑠璃の眼は天を睨み

 鷹が墜ちる
 鷹が墜ちる
 青銅の(さけび)は星を刺し

 逆さまに
 逆さまに
 月に向かって墜ちていく

 怒りは凍えて
 嘆きは燃えて
 いま一擲(いってき)の槍となり
 鷹は月へと墜ちていく

 ああ
 月は
 尻を向けて冷笑(せせらわら)っている
 (2019.2.1)


 初めて差し向かいで鍋をつついたのは、大学2年の秋。俺がまだこいつを好きじゃなかった頃。
「相変わらずネギ嫌いなんだね」
 智尋(ちひろ)は呆れたように笑う。今では結婚して一児の母。俺はあの時のまま、未だに独り身だ。
「そう簡単に変わるかよ」
 言いながら、俺は智尋の取り皿にネギを盛る。
 (2019.2.2)


「では大統領、こちらの講和協定書にサインを」
「この紙一枚で戦争が終わるのだな?」
「はい、既に相手国とは合意しております」
「うむ、よろしい」
「……大統領、日付を間違えておられます」
「む?……おお、そうだったな」
 大統領は予備の紙を引き寄せ、『5年後』の日付を書き込んだ。
 (2019.2.3)


 交われど交われど欲は満たされない。眠りさえ忘れ、底抜けた(さかずき)に水を注ぎ続ける。いっそ不毛であるならば。しかし絡み付く快楽の鎖が、(くさび)打ち打たれる律動を止められない。そのうち意識は肉を離れ、高く高く舞い上がる。男の伸びた舌が天の川をなぞる。女は垂れてくる星屑を唇で受ける。
 (2019.2.4)


 公開された機密文書には不自然な黒塗りが目立ち、政府は批判に晒された。ところが一定の確率で、黒塗りに隠れた部分が読めるという者が現れた。全員の主張も一致していたが解析の結果、黒塗りの下には何も書かれていないことが判明した。
 この騒動には未だ合理的な説明がなされていない。
 (2019.2.5)


 人魚が美女だと言い出したのは誰だ?海に生きる我々が、海を捨てたヒトと同じ形をしているとでも?我々は『ヒトのようなサカナ』、鱗もあるし蚯蚓(みみず)も食う。入り江には人が押し寄せて、ろくに眠れやしない。海底で息を潜める日々は何と退屈か。ああ、鬱陶しい!夢から覚めろ、愚か者ども!
 (2019.2.6)


 教室にエアコンがないのを今日ほど恨んだことはない。文化祭の準備で先輩と二人きりなのに、汗臭くて嫌われたらどうするつもりだ――
「あっ」
 顎先から垂れた汗が塗り立ての看板を滲ませた。凍る私に、先輩はしれっとペンキで塗りつぶして片目を瞑る。
「秘密な」
 エアコンなくてよかった←
 (2019.2.7)


「我が国は今、怪物の驚異に晒されています!この映像を見てください!すぐに国連軍の出動を!」
 しかし加盟国の返事は沈黙だった。それもそのはず、画面には何もない中空に叫ぶ人々や市街地で闇雲に発砲する警官の姿が写し出されている。そして首相も含め、全員の目が赤く染まっている。
 (2019.2.8)


 寒波が列島を閉じ込んで、空港は静かな諦観に満ちていた。絶望的な離陸を待ちながら雪に打たれる飛行機を眺めていた私は、いつの間にか隣に座る少女に気づく。
「退屈?」
 少女は問う。
「かなり」
「じき賑やかになるわ」
 裂けるような笑みが視界に焼き付く。これが悲劇の始まりだった。
 (2019.2.9)


 校庭に立って学舎を見上げる。20年前、僕と由利子(ゆりこ)が出会った場所。当時の僕は恋心を見透かされるのが恐くて、努めて彼女を目の端で捉えようとしていた。結局、バレていたのだけれど。
「懐かしいね」
 隣で由利子が言った。頷いた僕は彼女の柔らかな手を握る。明日、僕たちは式を挙げる。
 (2019.2.10)


 バベルの塔を取り上げた神の情けか……まあ起源とか今さらどうでもよくて。ともかく音楽を知った僕らは人間になった。言葉を超えた血の滾りが、区切り区切られ切れ端みたいな僕らを綴じ合わせる。継ぎ接ぎは鮮やかなタペストリーとなって夜明けに映える。さあ、命を鳴らせ、人間を叫べ。
 (2019.2.11)


 光をも拒む深層に、ひと際異質な海流がある。それは周期性を持たず、学者ですら動きの予測は不可能なのだそうだ。幅数キロに及ぶ流れには何故か海棲生物や人工物などが集い、まるで一匹の竜のように見えるという。上記の通り観測は困難を極め、解明にはまだまだ時間を要する現象である。
 (2019.2.12)


 美鶴(みつる)が瞼を開けると、一面に桜の夜があった。幾枚もの花弁が、ひらひらと月の香に遊んでいる。誘われて手を伸ばすと、ひとつが蝶のように指先に(はね)を休めた。(はら)んだ露が慎ましやかに指を濡らした。悪戯な山颪(やまおろし)が花弁を何処へと(かどわ)かし、そこで漸く、ああ、自分は死んだのだと美鶴は悟った。
 (2019.2.13)


 好きになって、ごめんね。燻る想いは貴方の顔を歪ませるばかり、だから丹精込めて作ったチョコレートは私が食べてしまった。気持ちは甘く旨かった。だけど、どうして。満ちた胃袋と裏腹に、心が飢えて空っぽだ。口の端の残り香がいつまでも嘲笑を止めない。褐色の涙が、唇から糸を引く。
 (2019.2.14)


 狐雨が降る。抜けるような蒼穹(そうきゅう)を破り、冴えた雨粒が地表を撃つ。抉られた岩肌は泥の血を流し、草木は頭を垂れて(ゆる)しを乞う。しかし大地の悲鳴は降り注ぐ暴力に掻き消される。それは耳を(ろう)さんばかりの静寂。打ち捨てられた男の骸など、気に留める者は居ない。愚かな決闘の末路は冷たい。
 (2019.2.15)
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