2024.1.16~2024.1.31

文字数 2,341文字

「悪の怪人、貴様は今までに傷つけた人たちの顔を覚えているか!」
「もちろん、謂わば野望の礎だからな。そう言う正義のヒーローさん、あんたは今までに倒した怪人たちの顔を覚えてるか?」
「当然。いかなる犠牲も背負う覚悟だ」
「安心したよ」
「私もだ。さあ――」
「「始めようか」」
 (2024.1.16)


「結局あんたが悪いんでしょ。素直に彼氏に謝んなさい」
「でも……だって……」
 始まった。後輩はでもでもだってが多すぎる。いちいち付き合う私もお人好しだが、プライベートに限ってのことだから許せるのかもしれない。この娘、仕事に関しては非の打ち所がないのだ。人間って不思議。
 (2024.1.17)


 王は蜂起した民衆によって処刑されようとしていた。
(なぜ余が斯様な目に遭わねばならぬ……)
 彼は本当に分からなかった。しかし最期の瞬間は殊勝になり、
(生まれ変わることがあるなら、善き王として――)

 そして彼は彼として転生した。前世の記憶は当然無く、未来にはまた首を打たれる。
 (2024.1.18)


 超人じゃないから、くじける。恨み辛みを口にする。それでもいいじゃない。転ぶ権利は誰にも侵せない。そのまま寝る権利も、もう一度立ち上がる権利だって。筋が通ってなくても、それだけで死ぬわけじゃない。一貫性の無さは適応力と読み換えちまえ。生きてりゃとにかく、なんかあるさ。
 (2024.1.19)


「どういうこと……」
 また同じ駅だ。もう何度繰り返しただろう。身体の震えが止まらない。私はいつになったら目的地にたどり着けるのか……?

 その様子を眺める駅員。
「あのお客さん、何回めだ?」
「三回めだな」
「環状線で居眠りする人はいるけど限度があるぞ。だいぶ酔ってるな」
 (2024.1.20)


 ピアノトリオにはバランスが大事。ヴァイオリンは天才肌で多少のミスも気にせず弾き飛ばす。チェロは職人肌で楽譜の再現に厳格だ。ピアノの私は間を取り持ち、波風を鎮めながら曲を作っていく。周りからは気の毒がられるが、二人は知っている。私だけは本気で怒らせてはいけないことを。
 (2024.1.21)


「お前の志は何だ」
「そんな大層なものはない。私はただ、目の前の仕事を片付けているだけ」
「良い子ぶってるんじゃない、反吐が出る!」
「そう言われても」
「何の志も欲もなく、あれだけ自分を犠牲にできるなんて化け物だ!」
 ひどい言われようだ。だが眼は良い、バレる前に消そう。
 (2024.1.22)


「今日は冷えるね」
 そう言って、彼はさりげなく身体を寄せてくる。触れるか触れないか、あと一歩が詰められない。
「そうだね」
 私はたやすく境界を越えて、肩をぶつける。真っ赤になっちゃって、おかしい。だけどこの人は真剣なんだ。私なんかその気もないのにいじわるして、ひどい女。
 (2024.1.23)


 世界が平和になるにはどうすればいいか――神様は訊ねる。
「……人間がいなくなればいいのでは?互いに争う生き物は人間だけです」
「いや、人間は必要だ。でなければ平和という概念が消えてしまう」
「確かに」
「だから必要なのは――」

 私は“平和”の護り手。この世界でただ一人の人間。
 (2024.1.24)


 槍を手に夜警をする与次郎(よじろう)は、
(今宵も、何事もありませんように)
 胸中で拝んでいた。熱心なのでない。近頃めっきり夜目が利かなくなったのだ。与次郎にも生活がある。この歳で新たな働き口が望めぬ以上、正直に申し出るわけにはいかない――。
 そのとき、ぼやけた視界の隅で何かが動いた。
 (2024.1.25)


「犯人はどうやって密室から脱け出したのか?」
 探偵は首を捻っている。世の中に存在感のない人間がいることを知らないらしい。そしてその中には人の目はおろか、機械すら感知しない“透明人間”がいることを。私は探偵の目の前に立つ。探偵は気づかない。私の罪は見逃される。私の罰は――。
 (2024.1.26)


 二親がいるのだから、子育ては自分たちでしなければと思っていた。だが理想だけで乗り切れるほど甘くはなかった。他人の手を借りることに後ろめたさはある。けれど子育てをあきらめたわけでは決してない。愛を注ぐには、内に愛が湧いていなければならない。愛ゆえに、私たちは決断した。
 (2024.1.27)


 ピザ職人が温泉地に店を出した。地熱で焼き上げる一品はたちまち人気になった。
 と、地面の穴から轟音が聞こえてきた。すわ噴火かとピザ職人は逃げ出した。音はそのうち止んだが、
(通じなかったか……)
 がっかりしているのは、地球。香ばしいにおいに誘われ、一枚注文したつもりだった。
 (2024.1.28)


 逃亡犯は、ついに捕まることなく寿命を迎えた。天国の門も難なく開いた。神すらも欺いたのだ。
(勝った!)
 彼は光の中へ飛び込んだ――。

 神様は、目の前で男が消えるのを見た。よくある不具合だ。万能でも完璧なわけではない。
「ま、運が悪かったってことで」
 神様は男のことを忘れた。
 (2024.1.29)


「お位牌がたくさん……」
 参拝に来た檀家が言った。白木の位牌がひしめき合って、仏壇から溢れそうである。
「急に寒くなったので、増えましてな」
「そうですか」
 檀家は痛ましい表情を浮かべる。それはもはや、私には形だけしかできないことだ。我々にとって、死はあまりにも身近だ。
 (2024.1.30)


 ある冬の夜、六人のお地蔵さまが雪にまみれて凍えていた。通りかかりの老夫婦が哀れんで、商売道具の笠を被せてくれた。しかしひとつ足りない。そのうち老夫婦は言い争いを始め、木立に入っていった。しばらくして戻ってきたのはおじいさん一人。お地蔵さまに被せた笠は、まだ温かった。
 (2024.1.31)
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