2024.1.1~2024.1.15

文字数 2,180文字

 ウサギは月から地球を眺めている。2023年も悲喜交々が地に満ちた。暦の守護者になり久しいが、人間ほど愚かで愛らしいものはない。
 と、ウサギの頭上を巨大な影が覆った。
「あとはよろしく」
 影は地球に伸びると、ぐるりととぐろを巻いた。咆哮が銀河を震わせ、新しい太陽が目を覚ます。
 (2024.1.1)


 正月、快晴。河川敷は大勢の子供たちで賑わっている。空を舞っているのは凧……ではなく、ドローンだ。もはや手作りのおもちゃで喜ぶ時代じゃないのだろう。
 すると突然、二機がドッグファイトを始めた。
「こらー!」
 慌てた大人が走ってくる。考えることは今も昔も変わらないみたいだ。
 (2024.1.2)


 ねえちゃんのこと、マジで嫌いだ。がさつですぐ殴るし、しょうもない用事でパシらされるし。先に生まれたってだけで偉いわけじゃないのにさ。
 でも一年に一回、
「お待たせ」
 振り袖着てカレシの前でしおらしくしてるねえちゃんは、悔しいけど綺麗だ。あーあ、ずっと正月ならいいのにな。
 (2024.1.3)


 嗅ぐ。嗅ぐ。火と煙のにおいが鼻に満ちる。本能が警鐘を鳴らす。しかし恐れるなと教わった。神経を研ぎ澄ませ、この石と木と土の中にいる人間のにおいを探す。不意に脚が止まる。同胞のにおい。ああ、居るのだなと思う。だが今は吠えるときではない。私は鼻をひくつかせ、“仕事”に戻る。
 (2024.1.4)


 ネッシーを捕まえようとする過激派が、ネス湖の水を全部抜いた。案の定何も出てこず、関係者は厳罰に処された。しかし誰も気づかなかっただけで、生物の痕跡はあったのだ。地上からは分からない。衛生軌道まで上昇して見下ろした、ネス湖それ自体。我々でいうところの眼窩にあたる……。
 (2024.1.5)


 天井が軋むたび、胸を刃物でえぐられているような気がする。板一枚向こう側で、想いを寄せている男が娼婦とまぐわっているのだ。淫売宿の娘に生まれた宿命と諦めきれるほど大人ではない。狭く汚い受付で、弾けそうな己を抱きしめる。真っ青な顔のなかで、唇だけが真っ赤に花開いている。
 (2024.1.6)


 祠には神が封じられているから決して開けてはならぬと、慎之介(しんのすけ)は物心つく頃から嫌というほど聞かされてきた。裏山の空き地に佇む祠は、雨風に晒されて半ば朽ちている。ありがたいものならなぜ大事にしないのか、慎之介は不思議でならない。祟りを祀る家系の苦悩を彼はまだ知らないのだ。
 (2024.1.7)


 独房の前に立つと、妻は読んでいた本から顔を上げた。また痩せたようだ。彼女は私を守るため、政界のドンを刺した罪で服役している。
「今日は面会室じゃないのね」
「ああ、最後の面会だ」
「え?」
 問い質す妻の声を背に、奥へと進む。扉が閉ざされ、看守の号令が響く。
「房に入れ!」
 (2024.1.8)


 成人式が誕生日という運命的な巡り合わせ。親戚から巻き上げたご祝儀を握りしめて、馴染みの店へとひた走る。嬢は予約済み、焦る必要はないが股間の方位磁針が航海を駆り立てる。比喩の試験なら落第だがそんなことはどうでもいい。成人の責任の裏には常に子供の無邪気が潜んでいるのだ。
 (2024.1.9)


「この外道が!」
 刑事の平手打ちは、犯人を取調室の隅まで吹き飛ばした。同僚に抑えられながらなおも吼える姿を上官はマジックミラー越しに眺めて、
「マズいな」
「気持ちは分かるがな、身内でもなんでもないんだろう?」
「だからマズいんだよ。やつは被害者に執着しすぎている……」
 (2024.1.10)


「何しに来た」
「その……」
「母ちゃん捨てる気なんだろ。姥捨て山で検索してから、下調べに来たね。あたしらは長く住んでるから分かるんだ」
「お願いです、家に帰して――」
「母ちゃんがそう言ったらどうしたよ?」
「…………」
「安心しな、ちゃんと帰してやるよ。全部済んだらね」
 (2024.1.11)


 夫が鏡の前で、首を左右に傾けている。ついにこの時が来たか。リビングに引き返そうとしたら、
「なあ、オレ髪薄くなった?」
 軽い調子で声をかけてきた。ほっとした。気負う必要はなかったのだ。
「ちょっとね。大丈夫、少しハゲてるくらいが年相応よ」
 途端、夫の顔が絶望に染まった。
 (2024.1.12)


 恋に落ちて付き合い始めるまで長い時間をかけたのに、別れるのはあっという間でしたね。まるでバランスの悪い交響曲のようだと、腹立ちまぎれに呟いたあなたは無様でした。最後まで演奏したとでも思っているのですか?途中で指揮棒は降ろされていたのです。思い上がりもいいところです。
 (2024.1.13)


 スーパーで買ったにんじんの包装紙にキャラクターがプリントされていた。上手ではないが、味のある絵柄だ。世の中にはこうした無名のキャラクターがごまんといる。たとえ目に留められなくとも、彼らは自らの使命を果たしているのだ。がんばれ、キャロットさん。おいしくいただきますよ。
 (2024.1.14)


 高級ホテルに全裸の男が現れた。ざわつく一同。フロントが近づき、
「失礼ですが、ドレスコードをお守りいただけますか」
「すまない、服を濡らしてしまい、ロビーを汚してはいけないと……」
 するとフロントは表情を改めた。
「大変失礼いたしました。お部屋はどちらになさいますか?」
 (2024.1.15)
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