2019.5.16~2019.5.31

文字数 2,919文字

 死期を悟った王は枕元に大臣を呼んだ。
「葬儀は盛大に行え……墓陵を建設し、そなた達百人が供をせよ……余の肖像を描いた紙幣も発行するように云々……」
 王の死後、造幣局は紙幣を刷った。山と積んだ札束の上で、暴君の骸は火炙りにされた。燃え滓は豚の餌にされ、国家は共和制を採用した。
 (2019.5.16)


 汗ばむ陽気に小腹が空いて、つまみを作る。きゅうりとハムのサンドイッチはからしを多めに。カティサークのハイボールですっきりと楽しみながら、野球中継に一喜一憂。大きなあくびをしたら日が沈んで、茜色の空に若き日を思い出す。
 中年の休日は、無為であるがゆえに味あるもの……かな?
 (2019.5.17)


 コヴェントリィ、コヴェントリィ。
 にわかに空はかき曇る。
 破れ鐘に響くは西風か。
 否、あれは双発機の爆音、
 鉤十字が奏でる死の重奏。
 鉄の卵は火を噴いて、
 積んだ歴史を灰にした。
 忘れるな。恐れるな。
 歩を進めよ。
 コヴェントリィ、コヴェントリィ。
 永遠に平和のあらんことを。
 (2019.5.18)


 カシャッサ――ブラジルの蒸留酒――を使う『カイピリーニャ』は楽しいカクテルだ。キウイ、ぶどう、すいか……お好みの果実で着飾れば、あなただけの一杯の出来上がり。サトウキビの風味と果実のアクセントが、火照った血を冷し、また燃え上がらせてくれるだろう。
 さあ、グラスを掲げて……Saude!
 (2019.5.19)


 高校生の財布事情じゃ、デートする場所なんてたかが知れてる。必然的にカップル同士は鉢合わせることになり、ここに目に見えぬ熾烈な争いが幕を開ける。女子は彼氏を誘惑されまいと、組んだ腕に力を込めて身体を寄せる。一方の男子は……おや、カフェで寛ぐ年上女性に目が釘付けのご様子。
 (2019.5.20)


 天国は平穏な世界だ。糧を得るための勤労もなければ自由を勝ち取るための闘争もない。当然だ、人々は働かずとも満腹で、闘わずとも自由なのだから。
 聖女は独り草原に座っている。その顔に生前の清廉さはない。
 酷く――退屈だった。
 傍らに神が立った。神は言った。
「それがお前の本性だ」
 (2019.5.21)


 眉間に一発撃ち込んで、十万ドルが口座に入る。昨今の仕事に必要なのは知性でも根気でもなく、人差し指を引き絞る筋力だけだ。床に跳ねた薬莢の残滓がいつまでも糸を引いている。細く、やがて軋るように続くその音が己の忍び笑いだと気付いて、殺し屋は恥じるようにその場を立ち去った。
 (2019.5.22)


 恋という言葉を知ったのは五歳の時だ。『好き』との違いも分からなかったが、どこか高尚な匂いを感じた。非凡な人間には手に入らない、尊いものなのだろうと認識した。
 二次性徴を迎える頃、恋は大衆的なものであると知った。しかもその大部分は性欲を孕んでいた。私は強い衝撃を受けた。
 (2019.5.22 taleleaf009「恋する凡人」の一節①)


 忌避しようとも恋は影のようにつきまとい、私の青春を悩ませ続けた。
 そして私は結論付けた。
 恋などをするのは凡人である証拠であると。ありふれた情欲に溺れ、道を誤るは愚挙であると。
 十八の若者は、恋と決別するために人生を歩み出した。

 そして十年の時が過ぎた。
 私は、今だ凡人のままである。
 (2019.5.22 taleleaf009「恋する凡人」の一節②)


 血のついた臼は売り物にならず
 焼きすぎた栗は食えたものじゃなく
 やかましい蜂は害虫でしかなく
 飛び散った糞は見れたものじゃない

 結局のところいちばんに儲けたのは
 親の敵の名の元に
 猿鍋を腹いっぱい詰め込んだ子蟹達

 を偶然にも捕まえて売り捌いた
 どこかの商人だったりするのだ
 (2019.5.23)


 良江(よしえ)は庭の松の木が嫌いだった。陽が陰ると不気味な影を障子に落とすのだ。いつかは伐り倒してやろうと思っていた。しかし。
(もはや叶わない……)
 死病で良江の命は幾許もなかった。
 寝床から見上げる松は、空に喰らい付こうとする龍に見えた。美しかった。良江は諦めたように目を閉じた。
 (2019.5.24)


 おむすびひとつで莫大な財を得た爺さん。一方の鼠たちの顛末を知る者は少ない。不衛生な手で握られたおむすびが感染型食中毒を引き起こし、鼠の国は凄惨な最期を迎えたという。素手で握るおむすびを撲滅しようとする過激派がこれを根拠に気焔を上げているが、今のところ黙殺されている。
 (2019.5.25)


 舌切り雀は婆さんへの復讐を果たし、爺さんの元へ帰ってきた。爺さんは孫ほどに歳の違う雀を後妻に招き大層可愛がった。日頃から婆さんを毛嫌いしていた隣人達も、この舌足らずな幼妻を快く受け入れた。真ッ昼間から雀のひぃひぃという喘ぎ声が聞こえてきても、知らぬふりをしたそうな。
 (2019.5.26)


 芳一(ほういち)の身体に経文を書いた小僧は、実は平家落人(おちうど)(すえ)だった。先祖の寵愛を受ける芳一を妬み、密かに耳だけ墨を拭ったのである。
 数年後、野原で小僧の死体が見つかった。両耳以外に刃物で経文が刻まれていた。近辺では鬼火の目撃証言が頻繁し、祟りを恐れた人々は死体を放置したという。
 (2019.5.27)


 ある天才が遺した大量殺戮兵器。ヒトの姿を模して造られたそれは抑止力として働き、世界は平和を保っていた。
 しかしある日、兵器は突如として起動し世界を焼き払った。
 兵器には時限式のプログラムが組み込まれていた。ヒトならば誰もが持ち得る、ごく当たり前なココロ。
『自己顕示欲』
 (2019.5.28)


 運命が鳴り 英雄は死ぬ。
 その響きは 重く、重く。
 呼応する叫びは脆い
 臨終の鼓動のように。

 聴こえるかい
 引き伸ばされたE/Aの上。
 異形の虫たちの行進曲が。
 阿呆みたいに陽気な歌が。

 知っているかい
 あれは涙で書かれたのだぜ。

 命がひとつ響いて
 15番目の墓碑は終演する。
 ――DSCH
 (2019.5.29)


 海洋学者は驚愕した。深層海流の只中に鯨の骨格が幾本も屹立しているのだ。死後に脂肪組織が変質してブイとなり、沈みゆく肉体を海流に留め置いたと見られる。比重の釣り合いが生んだ奇景……それは彼らが眠る姿そのものだった。
 ――睡眠と死の境は実に曖昧だ。
 海洋学者は日誌にそう記した。
 (2019.5.30)


 遂にその日は来た。

 海を割り
 地を揺らし
 空を引き裂き
 山をも凌ぐ巨躯が
 我らの前に姿を現す。

 咆哮が世界を震わせ
 蒼き炎が天を射抜く。

 相対するは
 灼熱の巨翼か
 あるいは
 極彩の女王か
 はたまた
 (いかづち)の三つ首か。

 迎えよ
 万雷の喝采を以て。
 讃えよ
 王の帰還を。
 怪獣王の再来を。
 (2019.5.31)
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