2020.2.1~2020.2.15
文字数 2,321文字
世界を震撼させた新型ウイルスの猛威は、ある日突然の終結を迎えた。さまざまな症状は悉く消えた。さらにウイルスは体内に侵入する異物に対し防御機構として働き出したのだ。彼らは人類を共存相手として認めたのだった。これは医学史のみならず人類史に残る奇蹟として語り継がれている。
(2020.2.1)
一度壊れたものは元に戻らない。直したところでツギハギだらけで醜いばかりだ。だけど僕たちは優しさや思いやりで目を曇らせて、よかった元通りと安堵する。そして今までと同じように胸に抱くのだ。ぬくもりが傷跡を埋めることはない。しかし醜さも、痛みも愛せるならば、それはそれで。
(2020.2.2)
半端者だ。勤めに励むにしろ趣味に遊ぶにしろ人と交わるにしろ、精魂尽き果てるまでということがない。凡て手を伸ばせば届く範囲で済ませてしまう。それを己の性分と心得、堂々と構えればいいが、心にはいつも温 ま湯のような生活を厭 うている自分が居る。始末に負えぬ半端者なのである。
(2020.2.3)
何事にも全力投球だ。勤めに励むにしろ趣味に遊ぶにしろ人と交わるにしろ。そうでなければ血は通わないし、頂きには辿り着けない。だから半端な気持ちで関わる奴は見過ごせない。怒りやイラつきで心は磨り減る。それでも歯を食い縛って歩を進める。怠けるくらいなら死んだほうがマシだ。
(2020.2.4)
かもめはまんぼうをからかって遊んでいた。
「おたくも“羽根”があるなら、鳥に生まれりゃ良かったのに」
そしてまんぼうの身を啄 んだ。
「ぺっ、まずい。じゃあな」
まんぼうは黙ったまま、飛び去るかもめを見送った。そのうち腸 に虫が湧くだろう――鳥のことはそれっきり、魚は波間を漂う。
(2020.2.5)
里芋の味噌汁は、私にとってご馳走のひとつだ。一杯めはそのまま。里芋は表面がわずかに煮崩れ、箸ですっと切れるくらいがいい。二杯めはご飯にかけて。このときの汁の量がポイントだ。多すぎず、少なすぎず。とろみのある汁が米を粥に変えたら、箸で掬い、はふはふと口に運ぶのである。
(2020.2.6)
目に映る景色には白と黒しかなかった。眩いばかりの雪が色という色を焼き尽くし、モノクロの世界に変えてしまったのだった。その只中で、いま私は女の喉笛を掻き切る。肉の抵抗に抗いながら剃刀を動かすと、溢れ出る黒が白を塗り潰していく。雪め、思い知れ。白より熱い黒が在ることを。
(2020.2.7)
「私は予言者だ。この国は近い将来、災いに見舞われるだろう」
男は大衆に訴えた。国王は激怒し、男は治安紊乱 の罪で吊るされた。
程なくして戦争が起こり、国は大いに乱れた。予言は的中したのだ。大衆は震え上がった。
「あの男の呪いだ!」
男は墓から掘り起こされ、再び吊るされた。
(2020.2.8)
「大切にしてください」
私が差し出す籐籠 を、女性はしっかりと受け止めた。母の形見だったが、大事にするあまり押入で眠らせていた。ある日取り出すと、表が露に濡れていた。母が泣いていると思った。道具は常日頃使う人の手にあるべきだ。彼女なら、この籠を永く生かしてくれるだろう。
(2020.2.9)
桑畑 守 は地図を睨んだまま何本めかの煙草を灰にした。『殺人峠』。異臭が漂い、立ち枯れた木々の影が這い回る……それらの景色は谷間から噴き上がる火山ガスにより齎されていた。隣県への要道だが当然事故の多い場所だ。『殺人峠』を鎮めよ――それが森林官である彼に課せられた任務であった。
(2020.2.10)
握り締めた拳はそのままに、フィルターを噛み潰す。お前は余裕でグラスに口づける。不義も不貞も俺を嫐るだけの道具に過ぎない。煙草を灰皿に押し付けて、しかし俺は部屋を出ることなく、お前の横顔を睨んだまま鼻息を荒くする。赤いマニキュアがぬるりと延びて、無様な犬の喉を撫でる。
(2020.2.11)
推理作家から読者への挑戦状。
「AとBがロシアンルーレットで決闘する。回転式拳銃に弾は6発。交互に自身を撃ち、生き残った方が勝ちだ。Aを先攻とした場合、彼が勝者となるにはどうすればいいか?」
よく読めば分かるが誤植である。しかし合理的な解決法を導き出す者が数名いたという。
(2020.2.12)
冷やしたきゅうりに塩をパラリでまるかじる。まるかじり。大胆な響きだ。お上品では味わえないうまさが、この言葉に詰まっている。台所に立ったままだと、なおよい。気取ることはない。食事とは本来、必死の行為だったのだから。知恵はちょこっと脇に置き、この歯で、顎で、噛みしめる。
(2020.2.13)
男はチョコが好きだから欲しいのではない、「チョコをもらった」という事実が欲しいのだ……そこに目をつけた某通販業者、「チョコをもらった記憶」を販売したところ、空前の大ヒット。バレンタインに革命をもたらした。
浮かれ気分のそこのアナタ、通販の購入履歴はちゃんと消しましたか?
(2020.2.14)
『叶わなかった恋心、買い取ります』
胡散臭い男は言った。どうせ捨てるだけだし、机の上でよれていた包みを渡す。男は入念に検分し、電卓を弾いて見せた。
「たったこれだけ!?」
あまりの安さに思わず叫ぶ。男は心外だと目を剥く。
「材料費以上の値は付きませんよ」
おっしゃるとおり。
(2020.2.15)
(2020.2.1)
一度壊れたものは元に戻らない。直したところでツギハギだらけで醜いばかりだ。だけど僕たちは優しさや思いやりで目を曇らせて、よかった元通りと安堵する。そして今までと同じように胸に抱くのだ。ぬくもりが傷跡を埋めることはない。しかし醜さも、痛みも愛せるならば、それはそれで。
(2020.2.2)
半端者だ。勤めに励むにしろ趣味に遊ぶにしろ人と交わるにしろ、精魂尽き果てるまでということがない。凡て手を伸ばせば届く範囲で済ませてしまう。それを己の性分と心得、堂々と構えればいいが、心にはいつも
(2020.2.3)
何事にも全力投球だ。勤めに励むにしろ趣味に遊ぶにしろ人と交わるにしろ。そうでなければ血は通わないし、頂きには辿り着けない。だから半端な気持ちで関わる奴は見過ごせない。怒りやイラつきで心は磨り減る。それでも歯を食い縛って歩を進める。怠けるくらいなら死んだほうがマシだ。
(2020.2.4)
かもめはまんぼうをからかって遊んでいた。
「おたくも“羽根”があるなら、鳥に生まれりゃ良かったのに」
そしてまんぼうの身を
「ぺっ、まずい。じゃあな」
まんぼうは黙ったまま、飛び去るかもめを見送った。そのうち
(2020.2.5)
里芋の味噌汁は、私にとってご馳走のひとつだ。一杯めはそのまま。里芋は表面がわずかに煮崩れ、箸ですっと切れるくらいがいい。二杯めはご飯にかけて。このときの汁の量がポイントだ。多すぎず、少なすぎず。とろみのある汁が米を粥に変えたら、箸で掬い、はふはふと口に運ぶのである。
(2020.2.6)
目に映る景色には白と黒しかなかった。眩いばかりの雪が色という色を焼き尽くし、モノクロの世界に変えてしまったのだった。その只中で、いま私は女の喉笛を掻き切る。肉の抵抗に抗いながら剃刀を動かすと、溢れ出る黒が白を塗り潰していく。雪め、思い知れ。白より熱い黒が在ることを。
(2020.2.7)
「私は予言者だ。この国は近い将来、災いに見舞われるだろう」
男は大衆に訴えた。国王は激怒し、男は
程なくして戦争が起こり、国は大いに乱れた。予言は的中したのだ。大衆は震え上がった。
「あの男の呪いだ!」
男は墓から掘り起こされ、再び吊るされた。
(2020.2.8)
「大切にしてください」
私が差し出す
(2020.2.9)
(2020.2.10)
握り締めた拳はそのままに、フィルターを噛み潰す。お前は余裕でグラスに口づける。不義も不貞も俺を嫐るだけの道具に過ぎない。煙草を灰皿に押し付けて、しかし俺は部屋を出ることなく、お前の横顔を睨んだまま鼻息を荒くする。赤いマニキュアがぬるりと延びて、無様な犬の喉を撫でる。
(2020.2.11)
推理作家から読者への挑戦状。
「AとBがロシアンルーレットで決闘する。回転式拳銃に弾は6発。交互に自身を撃ち、生き残った方が勝ちだ。Aを先攻とした場合、彼が勝者となるにはどうすればいいか?」
よく読めば分かるが誤植である。しかし合理的な解決法を導き出す者が数名いたという。
(2020.2.12)
冷やしたきゅうりに塩をパラリでまるかじる。まるかじり。大胆な響きだ。お上品では味わえないうまさが、この言葉に詰まっている。台所に立ったままだと、なおよい。気取ることはない。食事とは本来、必死の行為だったのだから。知恵はちょこっと脇に置き、この歯で、顎で、噛みしめる。
(2020.2.13)
男はチョコが好きだから欲しいのではない、「チョコをもらった」という事実が欲しいのだ……そこに目をつけた某通販業者、「チョコをもらった記憶」を販売したところ、空前の大ヒット。バレンタインに革命をもたらした。
浮かれ気分のそこのアナタ、通販の購入履歴はちゃんと消しましたか?
(2020.2.14)
『叶わなかった恋心、買い取ります』
胡散臭い男は言った。どうせ捨てるだけだし、机の上でよれていた包みを渡す。男は入念に検分し、電卓を弾いて見せた。
「たったこれだけ!?」
あまりの安さに思わず叫ぶ。男は心外だと目を剥く。
「材料費以上の値は付きませんよ」
おっしゃるとおり。
(2020.2.15)