2021.12.16~2021.12.31

文字数 2,364文字

 冬の雨に打たれながら、春の雨を思う。花の香りがするあたたかな絹糸の、優しい感触に焦がれる。ああ、けれど春の雨に打たれるとき、今度は冬の雨を思うのだ。無いものに価値を置く考えは在るものの価値も見失ってしまう。愚かな人間を嘲笑うかのように、雨はいつしか雪に変わっていた。
 (2021.12.16)


 ほっぺにキスしたら、一瞬ちくっと冷たかった。きみもびっくりしたみたいで、二人は思わず顔を見合わせる。その目の前に、白い結晶がはらはらと舞い降りてきた。そういえば天気予報は雪だったっけ。と、きみがほっぺを突き出してきた。邪魔されたからもう一回?もう、チョーシ乗んなっ。
 (2021.12.17)


 厚い雲の切れ間から光芒が降り注いでいる。いわゆる天使の梯子という現象だ。御使いが去った地上、喪われた幸福――そんなことを思いながら路地を曲がった先に、小さな公園があった。眩い光に浮かんだ砂場で、子供たちは無心に泥団子を捏ねている。天使は去ったのではない、降りてきたのだ。
 (2021.12.18)


 過去に重さは無い。重さが有るならば、それは結び付いた感情の重量だ。特に負のベクトルを持つ感情は凝って、前へ歩む私たちの背を曲げさせる。どんなに裕福な人間でも逃れられない枷だ。重さに屈して座り込むか、受け入れて足を踏み出すか。どちらを選んでも、誰にも責める権利はない。
 (2021.12.19)


「家を売る?!
 帰宅するなり、母がとんでもないことを言い出した。
「さっき占い師に見てもらったんだけどね」
 また悪いのに引っ掛かったか。とにかく騙されやすいのである。
「なんと目覚めちゃったの」
「は?」
「この手に気の流れを感じるようになっちゃったのよ」
 私はぶっ倒れた。
 (2021.12.20)


 旅の男は、夜空の星を指で消して見せた。他愛ない手品だと言って。僕は星の行方を知りたくて世界中を探し回ったが、ただ時間だけが過ぎていった。ついには死に瀕した私の前に、あの旅の男が現れた。
「悪いことをした」
 男の指から星がこぼれた。それを見届けた私は、深い眠りに就いた。
 (2021.12.21)


 湯船に浸かり足を高く突き出す。濡れて張り付いた脛毛が、肌の上に翅のような紋様を描いている。この武骨な飛翔手段は、私をどこに連れていくのだろう。今までの実績を見るに大した期待は出来ないけれど、まあ退屈はしないだろう。頼むぜ相棒――ぺちりと叩けば、気の好い答えが返ってきた。
 (2021.12.22)


 バーに行くとキープボトルを眺めるのが密かな楽しみだ。と、何も書かれていないボトルが一本。マスターに訊けば、それは自分のだと言う。
「辛いことがあったとき、ひと口飲むんです」
 なるほど。しかし残りはわずかだ。
「そこから減らないんですよ。いいことです」
 笑顔は眩しかった。
 (2021.12.23)


 クリスマスが近づき、子供たちは気もそぞろだ。真剣な表情でカードに願い事を書く姿を、少年は醒めた目で眺めていた。彼はサンタクロースを神聖視していない。あの老人は金で買えるものしかくれないからだ。少年は手の中のカードを握り潰した。ぐしゃぐしゃの紙片から覗く「友」の文字。
 (2021.12.24)


「クリスマスの夜に仕事なんて、ホント悲しい定めッスよね」
「つべこべ言わない。アタシみたいないい女と夜通しドライブできるんだから、役得だろ?」
「あー、おれカノジョいるんで」
「正直でよろしい」
 そのとき、出発の号令がかかる。
 二人は勢いよく駆け出す。
「ホッホッホー!」
 (2021.12.25)


 サンタの存在を示唆するデータがある。店舗の在庫一覧を見ると、12月24日から25日にかけての不足が最も多い。この不足は隣地地区に配られたプレゼントと一致する(一方で出納のズレは無い)。年代別に並べると百貨店から量販店に推移しており、サンタも仕入に苦心しているのかもしれない。
 (2021.12.26)


 ねぐらに戻ると、殺し屋は熱い風呂を沸かした。首まで浸かり、強張った身体をほぐす。今日の標的もつまらない人間だった。つまらないとは人畜無害という意味だ。大物の標的なぞついぞ見なくなった。毒にも薬にもならなければ殺すとは世も末である。あるいはニューノーマルと言うべきか。
 (2021.12.27)


 パソコンをシャットダウン、今年の仕事はここまで。着替えながら一年を振り返ってみると、真っ先に嬉しい出来事が思い浮かんだ。去年から大きな進歩だ。やりたくて選んだ仕事ではなかったけれど、責任と努力は喜びに繋がることが分かってきた。前を向いて進もう。我が戦場よ、また来年。
 (2021.12.28)


 子供たちが仕上げに水をかけて、先祖代々の墓は見違えるほどきれいになった。花を活け、線香を灯し手を合わせる。周りの音が遠ざかり、自分の輪郭さえも消えて、無心になった“私”だけになる。永遠とはこんなひとときに在るのかもしれない。不孝な子孫は、語りかける言葉もなく哲学する。
 (2021.12.29)


 今年もあなたに伝えられない気持ちがたくさんあった。言葉にしたら逃げていくやっかいなやつが、片思いの私を阻む。物理的に攻めろと友は言う。肌から伝わるものはあると。だけど賢い私は浸透圧を知っている。濃度の濃いほうから薄いほうへ――残酷な不等号を、たぶん私は受け入れられない。
 (2021.12.30)


 晦日詣の行列は遅々として進まない。隣に並んだ従弟はぼんやりと山門を眺めている。思春期の成長は著しく、身体はすっかり大人の男だ。上着が擦れ合うたび意識が遠のく。あの日の約束は、まだ私の胸で燻っている。
 ――大きくなったら結婚しよう!
 この煩悩をいつまで抱えて生きるつもりか。
 (2021.12.31)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み