2022.10.1~2022.10.15

文字数 2,197文字

 妙だと思ったんですよ、あんなにひどい吹雪なのに県外から車で来たって言うんですから。高速はもちろん下道も通行止めだったでしょ。しかし、まさか逃亡犯だったとは夢にも思いませんでした。ハハハ……。
(よく喋る)
 警官は呆れる。だが収穫はあった。誰も逃亡犯だなんて言っていない。
 (2022.10.1)


 押し入れを片付けていたら、新品の絵筆が出てきた。学生時代、課題をでっち上げ片想いの彼にモデルを頼んだ。放課後の教室で過ごした時間は永遠のように思えた。だが企ては露見し、彼は私の前から去った。一度も色をつけなかった絵筆を、私は無慈悲に折った。二度めの犯罪は容易かった。
 (2022.10.2)


 再生ボタンを押す。耳の中に流れるストリングス。きみが好きな映画のテーマ。ぼくはそれほど好きじゃなかった。あらすじは破綻していて、キャストは大根ばかりで、ただ音楽だけは素晴らしかったからそう言った。蔑むような目をしたきみを責めるつもりはない。合わなかった、それだけだ。
 (2022.10.3)


「あの健康食品、インチキだったんですか?!」
 あまりに情けない顔で笑ってしまう。食べるだけで美顔になるなんてなぜ信じるのだろう。だから言ってやった。
「騙されるほうが悪いんだよ」
「うう……そうよね、あなたの言うとおり」女は手帳を取り出した。
「詐欺の容疑で逮捕します」
 (2022.10.4)


 ある文明の国生み話は、神が懐妊し土地を産んだというものだ。その土地から植物のように生えてきたのが人間だそうだ。これだけなら似た話はごまんとあるが、興味深いのは土地を産んだのが男神だということ、そして記述に見られる人間が、我々とは似ても似つかない存在であるということ。
 (2022.10.5)


 誰かが幸せなら自分は不幸でもいい――どんなに有名な聖人君子だったとしても、おれは自信を持って欺瞞だと言い切れる。そいつが涙を流して苦しんでいても、そうした生き方を自ら選び、状況に甘んじている以上、それがそいつにとっての幸せなのだ。幸せが、いつも笑顔であるとは限らない。
 (2022.10.6)


 ネオンすら死んだ路地裏で、錆びたシャッターにスプレーをぶちまける。赤、青、黄、今だけはすべて夜の色。夜で塗れ、夜で塗れ――突然に光が切り裂いて、
「そこで何してる!」
 彼方で蠢く影。大人。私がいちばんなりたくない生き物は、皆一様に貌が無かった。まるで夜そのものみたいに。
 (2022.10.7)


 組員は武器の到着を今か今かと待ちわびている。いよいよカチコミの時だ。
 ピンポーン。
「来た!」
 しかし箱を開けた一同は目を剥いた。すぐに若衆に電話する。
「散弾銃はどうした!おせちなんか頼んでねえぞ!」
『え、サンダンジュウでしょ?』
 そこで、致命的な食い違いに気づいた。
 (2022.10.8)


「よく聞け。おれたちの役目は、お前ら死刑囚を執行命令が出るまで世話することだ。行動は管理され、同じ日々が繰り返される。おれたちは供養と呼んでいるが、なぜだか分かるか」
「……いいえ」
「生の実感を無くすためだ。お前はすでに死人なんだ」
 目が揺れる。後悔か、諦めか、無か。
 (2022.10.9)


 学校からの呼び出し。電話口ではさっぱり事情が飲み込めない。急いで駆けつけると、息子は職員室で項垂れていた。
「野球をしていて校長室のガラスを割ったんです」
「そ、それは申し訳――」
「問題はこっちでして」
 教師の示す先には校長が。額には大きなこぶ。
「ここはどこ?私は誰?」
 (2022.10.10)


 つかまえた、あなた、わたしのなかに、しまっちゃう、あの、おんなに、だけは、ぜんぶ、わたして、なるものか、あなたは、もう、にげられない、

 絶対に逃がさない。

「――司法解剖の結果、被害者の胃から右手人差し指の第一関節が発見されました。犯人の指を食いちぎったと思われ……」
 (2022.10.11)


 さわやかな風に吹かれながら、野菜の生育状況を確かめる。数年前、この地に厄介な病害が蔓延した。根も葉もない風聞だ。市場での価値は下落し、多くの農家が路頭に迷った。しかし我々は諦めなかった。汗と涙はたわわに実り、鮮やかに輝いている。ひとくち齧る。おいしい――これが答えだ。
 (2022.10.12)


 教科書の端に彼がにじむ。こじらせた片想いは卑屈な態度を私に取らせる。好きなひとと同じ空間にいるのに、どうして苦しい思いをしなければならないのだろう。望む相手と一緒になれないなんて、神さまは人間の作り方を間違えたのだ。心中で罵りながら、ノートに憂いを帯びた横顔を盗む。
 (2022.10.13)


 他人の気持ちなんて分かるはずないから、分かったフリをして生きている。自分を騙し続けるのが人生なのに、今だけは、となりにいるあなたと同じ気持ちだと信じている。やわらかな笑顔も手のひらのぬくもりも、何の証明にもならないというのに。理性なんか邪魔だ。愛ってそういうもんだ。
 (2022.10.14)


「はい、○○商事でございます」
『社長いる?』
 出た、社名を言わない“得意先”。新人の時は知らずに訊ねてひどい目にあった。実際、たいした取引はない。
「はい、少々お待ちください」
『早くしてね。忙しいのに何やら話があるらしいのよ』
 大丈夫、すぐ済む。電話もこれで最後だから。
 (2022.10.15)
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