2018.11.16~2018.11.30

文字数 2,591文字

 海は朝日を映してきらきらと輝いている。桟橋に腰かけたノエルが素足を差し入れると、水面はくすぐったそうに身をよじった。足を前後に動かすたび、陽のかけらが散らばり躍る。小魚の群れが刃のような身体を翻し、爪先を掠め駆けていく。こうして、海辺の町に住む少女の一日は始まる。
 (2018.11.16)


 青髭公の骸は殺めた女達と共に城の地下に吊るされた。全ての鎧戸が閉ざされ、城は棺桶と化した。闇の中、死者は静寂を吸って変質し、骨から滑り落ちた肉は彼らの足元で池となった。
 ある夜、腐肉の池が(にわか)(うごめ)き、一人の女を象った。女は声高く笑った。錆びた青色の髪が翼の如く(はため)いた。
 (2018.11.17)


 私が慕うのは、心に創った理想のあなた――鏡写しのあなた。愚かな自己満足は承知の上で、私は惜しみ無い情愛をこの美しい器に注ぎ続ける。
 本物など愛す気にならない。それは息をして嘘を吐く、穢らわしい血肉の塊。
 にせもののあなたは、ただただきれいで、私が求める全てはそこにある。
 (2018.11.18)


 朱塗(しゅぬ)りの(くちばし) 血をうけて
 白檀(びゃくだん)香る 箸のうえ
 青銅(せいどう)らんぷ からころと
 黒煙(こくえん)吐いて ご立腹
 黄玉(こうぎょく)ひそかに 銭くすね
 緑木(みどりぎ)それを 知らんぷり
 藍染(あいぞめ)娘は 流し目くれて
 色に出にけり 戯れ言よ
 ――竹浦(たけうら)ちゆき『七彩端唄(しちさいはうた)

 詩人に憧れた竹浦。肺病で夭逝(ようせい)した彼女の文机に残されていた、ただ一つの作品。
 (2018.11.19)


 厚木(あつぎ)令子(れいこ)は天邪鬼だ。人が右と言えば左、上と言えば下、白と言えば黒を採る。容易く纏まる話も、彼女のせいで絡まり(もつ)れる。
 信義信念は無い。損得勘定も無い。ただ混乱を面白がっているだけだ。(わらし)だ。池に石を投げ込み出来た波紋を楽しんでいる童なのだ。だから余計に始末が悪かった。
 (2018.11.20)


 ファン・ゴッホ美術館には幽霊が出る。それは和装の老人で、来館者に混じって画廊を『鑑賞』する。ひと巡りした後、幽霊は決まってある絵の前で立ち止まり、ゆっくりと消えていく。
 その絵とは「日本趣味:雨の橋」。
 ヒロシゲと呼ばれる彼が、かの巨匠と同一人物かどうかは定かではない。
 (2018.11.21)


 一人の青年が自室から失踪した。扉は施錠されており侵入者の形跡もない。しかし隣人は確かに誰かが居たと証言した。未明に問答する声を聞いたという。 担当刑事は首を捻りながら扉の上の胸像に目を向ける。
 パラスよ――お前は何を見た。

 何処(どこ)かで黒い羽ばたきが響いた。

 Never――Nevermore.
 (2018.11.22)


 堰堤(えんてい)からダムの底を見下ろす。彼女が生まれた村が(わび)しい姿を晒している。あれが私の家。指差したあばら屋は木造の平屋。瓦を覆う水藻。崩れた石垣。不意にあばら屋の窓が開く。黒い影がふたつ。遠目に人のかたちと分かる。こちらを見ている。彼女は言った。あれが、お父さんとお母さん。
 (2018.11.23)


 羅生門から消えた下人の行方は誰も知らない。そもそもが創作の域を出ない話だし、芥川(あくたがわ)が採り上げなければそれこそ誰も知らない話だったはずだ。
 だから彼の子孫を自称するこの男の言葉に信憑性は微塵もない。一方で、男が頻繁に手をやる面皰(にきび)に蜘蛛糸のような期待を見てしまう自分がいる。
 (2018.11.24)


 続2:再び狼を封じるには『母さん山羊の鋏と石』が必要だ――山羊達は井戸を探るが、そこには僅かな破片しか残されていなかった。もはや万事休すか……。
 一方の狼は更なる力を求め、土地の悪霊『ジェヴォーダンの獣』を取り込む。全ての生物に対する災厄と化し、殺戮の嵐と共に山羊達に迫る。
 (2018.11.25)


 君が消えて、日々は悲しみに囚われた。せめて始まりだけは幸せを――僕は神様に願った、君との思い出を朝日に縫いつけてくれと。神様は頷き、願いは聴き届けられた。
 だけど目覚めると、いつも日は天高く昇っている。
 神様、あんまりじゃないか。
 答えはない。今日も僕の一日は涙で始まる。
 (2018.11.26)


 石匠を通じて顕現(けんげん)された貴女。滑らかな白き肌、冷たき殻の下に滾る温き命。貴女を前にすれば、不感症者も(たちま)ち欲情する。魅入られ御身(おんみ)に触れた者達を、私は如何(どう)して(わら)えようか。
 慈悲の聖母よ。私は夜毎に貴女を思い、その肌に鉄槌を振り下ろす。噴き出す大理石の血潮を浴びて白く濡れる。
 (2018.11.27)


 胸の貧しさを指摘されたと妹が喚いている。今さら何をと呆れる私に――なぜか私に――妹は血眼で反論を試みる。曰く「見る角度によってはあるように見えるから結果的にある」。だまし絵か。結果的に無いんじゃないか。私は無言で胸部の重量に起因する肩凝りを申告し、悪足掻きにとどめを刺す。
 (2018.11.28)


 ひそみゆらめく氷の花に、
 乾きかじかむ親指這わせ、
 淡く透けゆく淑女の骨と、
 砕けた時計を拾い集めて。
 ――石動(いするぎ)(たもつ)『哀歌』

 彼はこの詩を惨殺した女の腿に刻んだ。
「血を削り詠んだ歌は、肉に刻まねばならぬのだ」
 反省の言葉も無く自己主張を続けた石動は、法廷で遺族に刺殺された。
 (2018.11.29)


 折鶴燃える
 赤、青、黄。

 夜を(てら)して
 赤、青、黄。

 染みた(あぶら)
 赤、青、黄。

 (たきぎ)をくべて
 赤、青、黄。

 天より高く
 赤、青、黄。

 星より遠く
 赤、青、黄。

 つばさは破れ
 黒、黒、黒。

 くちばし(ただ)
 黒、黒、黒。

 込めた想いは
 朝日に消えて、

 さいごは
 ひとすじ
 のぼって、

 白。
 (2018.11.30)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み