2021.2.16~2021.2.28

文字数 1,907文字

 豪雨を飲んだ大川が橋げたに突っかかり、生まれた渦に囚われた子鴨が一羽。『城の崎にて』を気取り石を放ってみれば、出来すぎのように頭に命中、子鴨は息絶えた。いもりと違って死骸は目の前から消え去り、私は罪をそそいだ気になっている。いっそこのまま山手線に撥ねられてみようか。
 (2021.2.16)


 期待はしていなかったが、ここまでダメとは……新しく雇ったバイトはおよそ接客に向かない性格で、案の定すぐに辞めた。
 数年後、ニュースを見ていたらあの時のバイトが現れた。肩書は気鋭の技術者。
「腕があれば、稼ぐためにへこへこする必要はないんだ」
 胸糞悪くなってテレビを消した。
 (2021.2.17)


 大雪の未明、米問屋に賊が入り金を奪った。幸いに死傷者は出ず、人望厚き主を救おうと同業者が身銭を切り、奪われた金は補填された。
 しかし火盗改メは疑問を持った。
「なぜ痕跡が残る雪の日に決行を……?」
 その後の調べで、押し入りは金の詐取を目論んだ米問屋の狂言であると分かった。
 (2021.2.18)


 青空に浮かんだ横断歩道。渡っていけば、天国のあなたに会えるかな。他愛なく真剣な妄想は、翼を広げ駆けめぐる。
 だけど、気づく。横断歩道の向きが逆だと。あれは天国にではなく、地獄へと続く標だと。
 そしてそれは私の中に眠る願望ではないかと思い至り、独り背筋を凍らすのだった。
 (2021.2.19)


 神は人を創ったがこんなに複雑な生き物は初めてだったので、多くの欠陥が出てしまった。神は体面を保つため、その欠陥に試練とかいうもっともらしい理屈を付けた。我々が至らないのは、そういったわけなのだ。だから嘆いても仕方ない。最初からそうなのだから。だからまあ、生きてみて。
 (2021.2.20)


 ねえ、あたしたち、もう子どもじゃないんだよ。10歳になったら、恋ってのがどんな気持ちかくらい分かるでしょ。あたしは恋してるよ。きみにしてるんだよ。だから教えて、きみがあたしに恋してるのかどうか。からかわれるのが恥ずかしいとか、くだらない理由ではぐらかすのはやめてよね。
 (2021.2.21)


 私の趣味嗜好は親への反発から出来たものだ。親は私を立派な人間にしようと健康的な食事を拵えた。しかし私は箸で運ばれるものには口を閉じ、捨てられた骨や腸を貪った。己の血肉を他人に作られるのは腑に落ちなかったのだ。良いか悪いかは知らないが、私は自分の命に責任を持っている。
 (2021.2.22)


 くろちゃん、かわいいご近所さん。人懐っこいきみは、そのふわふわな身体をたくさん触らせてくれたね。あの夏の夜を最後に、きみは僕の前から姿を消してしまった。もう会えないんだと分かってはいるけど、静かな昼下がりには、玄関の向こうからきみの声が聴こえるような気がするんだよ。
 (2021.2.23)


 あなたとのドライブはいつも真夜中。摩天楼に倫ならぬ愛を刻む。二人の顔は影に沈み、灯に浮かぶ間だけ息を継ぐ。互いに素顔で交わりたいけど、陽のあるうちはとても無理だ。お天道さまなんかどうでもいい。怖いのは、目。他人の闇だけを敏感に嗅ぎ取る、あのいやらしい器官が怖いのだ。
 (2021.2.24)


「その旧家では10年に一度、当主が密室で殺されているんだ。400年もの間ね。その犯人は《猛禽を狩る鼠》と呼ばれている」
「そ、そんなの人間の仕業じゃないぞ!……おい、まさか」
「ふふ、さあ、鼠退治に出かけよう」
 こうして私は酔狂な友人と共に、事件に関わることになったのだった。
 (2021.2.25)


 ウサギに騙されるも間一髪で雪辱を果たしたワニの一族だが、いま、この海に彼らの姿を見ることはない。というのも、やわらかなウサギの皮の所有権を巡り、血で血を洗う争いが繰り広げられたのである。勝ち残った最後の一匹も傷に斃れ、ウサギの皮はどこかへと流れ去ってしまったそうな。
 (2021.2.26)


 荒巻(あらまき)先輩の奏でるマラカスには、感嘆のひと言しかない。振るのではない、奏でるのだ。リズム楽器の枠を超えて、喜怒哀楽、実に表情豊かなのだ。そのコツはと訊ねると極めて技術的な解説が返ってきて、エモとテクは共存しうるのだということを思い知らされる。
「勢いだけじゃダメなのよ」
 (2021.2.27)


 自己主張せず周りに合わせる私を、他人は蔑む。信念がないのは認めよう。持っていても枷にしかならないから。これは知恵だ。刻々と変わる環境で生き残るための。そして能力だ。どんな環境にも適応する。私は誇り高きカメレオンであり続ける。何色に変わろうとも、 私自身は消えはしない。
 (2021.2.28)
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