2022.3.1~2022.3.15
文字数 2,197文字
毎回一万円で会計する常連がいた。財布には千円札も五千円札も入っているのに。誰も理由が分からなかった。
ある日のこと、帰り際に常連が言った。
「今日で最後です。ありがとう」
翌日のニュースで、常連が逮捕されたのを知った。貯めに貯めた小銭を袋に入れ、配偶者を殴り殺したのだ。
(2022.3.1)
借り物とはいえ、ランボルギーニを運転することができるなんて。夢が叶って興奮したのもつかの間、物凄い勢いで手が震え始めた。擦りでもしたら一生ぶんの稼ぎが消えるだろう。キーが回せない。クラッチが踏めない。悪戦苦闘した挙げ句、運転席を降りた。夢は夢のままでいいこともある。
(2022.3.2)
桐箱を開けた瞬間、防虫剤のにおいと共に一年前の空気が鼻先をかすめた。あの時はおしゃぶりが手放せなかった娘も、今ではおしゃべり大好きなおてんばになった。
「ママ、これどっちが強い?」
お内裏様とお雛様。苦笑しながら、
「こっちだね」
世の常を示す。女はいつだって強いのだ。
(2022.3.3)
「お前はこの国をどうしたい?」
父は息子に訊ねた。息子はやがて戴冠し、君主となる。
「平和な国にしたいと思います。しかし……百万もの命を預かると思うと身が震えます。私は臆病者です」
「それでよい。それがまともな感覚だ。地位に酔うな、民のために努めよ」
息子は力強く頷いた。
(2022.3.4)
パン屋の店員と客がもめている。「スライサーが壊れていて、一斤でしか出せないんです」
「なら包丁で切ってよ」
「ちょうど研ぎに出していて……」
「えーっ!?」
よりによって店長はいないらしい。大変だなと思いながら、はたと足が止まる。使えない刃物、不在の店長……論理が暴走する。
(2022.3.5)
「動くな!言うとおりにしろ!」
バスジャックに乗客は恐慌状態。犯人はハンドルを握る私に、決して止まるなとナイフを向ける。
「分かりました」
思い切りブレーキを踏んだ。転倒した犯人に跨がり、隠し持っていた拳銃を突きつける。
「悪いな、俺が先に予定してたんだ。運転を代われ」
(2022.3.6)
金持ちになる方法を友人に訊いた。彼は会社を経営している。
「金を使うってのは蛇口から水飲んでるようなもんだ。節水してみなよ」
しかしストレスが溜まり、ひと月保たなかった。
「よく耐えられるな」
「耐えられるもんか。だから水源を持つことにしたのさ」
なるほど。私には無理だ。
(2022.3.7)
「この程度の仕事にいつまでかかってんだよ、このグズ!」
「うう……」
「弁当食ってる暇があったら外回りしてこいよ、給料泥棒!」
「おお……」
「何とか言ったらどうなんだ――」
「あっ、叩くのは……」
「あっ、ごめんなさい」
パワハラプレイ、暴力なし。つい手が出そうになるんだよなぁ。
(2022.3.8)
シルクハットに手を入れる。掴み出したのは真っ白なウサギ。観客は拍手喝采だが、私は冷や汗が止まらない。仕込んでいないものが次々に出てくる。今のもハトを出すつもりだったのだ。ショーを止めるわけにはいかない。もう一度手を入れて――固まる。この感触……間違いない、握り返している。
(2022.3.9)
あれこれアプローチしたけど、意中の相手は振り向かない。ひと回り違うのだ、後輩にしか見えないのだろう。望み薄なら開き直ろう。ツッコむフリして触ってやる。
「もーそれセクハラですよーぉお?!」
二の腕は意外に固かった。見た目そんなにないのに……スーツの下は……。
ダメだ、好き。
(2022.3.10)
「女の子と仲良くなりたくて……アイコンもプロフィールもそれらしくしました……独身男の悪ふざけだったんです」
ここまではよくある話。だが、
「朝起きたら、私は女の子になっていたんです!お巡りさん、信じてくださいよ!」
毒虫になるよりかはマシだが、果たして彼女?の運命やいかに。
(2022.3.11)
在籍中さんざんバカにしてきた社長が、目の前で頭を下げている。俺が辞めて独立した後、会社の業績はみるみる落ちていった。特に何かしたわけではない、他人任せにしていたツケが回ってきただけだ。俺は無言で企画書を返す。無能には言葉すらもったいない――こいつからひとつだけ教わった。
(2022.3.12)
海上に水柱が立った。ポイント・ネモ――太平洋上に存在する、陸地から最も離れた場所。いまそこに、役目を終えた国際宇宙ステーションが落下したのだ。金属の塊は大量の気泡を吐きながら沈んでいく。深海に棲む蟹たちは、明るい世界の事件など知る由もない。死はゆるやかに彼らの元へ迫る。
(2022.3.13)
コーヒー豆を挽く。選んだのはグアテマラの深煎り。粒が残るよう粗めにするのがポイント。粉を移す先はフィルターではなく小皿だ。これをひと摘まみ、齧ったシュークリームのカスタードにふりかける。甘味と苦味の絶妙なハーモニー。嫌なことがあった日は、これをお腹いっぱいに食べる。
(2022.3.14)
因果応報、悪行の限りを尽くした暗黒街の大物は、一度に百人から毒を盛られて死んだ。全員が自首して驚天動地の事件は解決したが、問題はここからだった。
誰の毒が大物を殺したのか?
盛られたのは同じ業者の殺鼠剤。百人は口を揃えて、
「私が殺しました」
前代未聞の裁判の行方は……。
(2022.3.15)
ある日のこと、帰り際に常連が言った。
「今日で最後です。ありがとう」
翌日のニュースで、常連が逮捕されたのを知った。貯めに貯めた小銭を袋に入れ、配偶者を殴り殺したのだ。
(2022.3.1)
借り物とはいえ、ランボルギーニを運転することができるなんて。夢が叶って興奮したのもつかの間、物凄い勢いで手が震え始めた。擦りでもしたら一生ぶんの稼ぎが消えるだろう。キーが回せない。クラッチが踏めない。悪戦苦闘した挙げ句、運転席を降りた。夢は夢のままでいいこともある。
(2022.3.2)
桐箱を開けた瞬間、防虫剤のにおいと共に一年前の空気が鼻先をかすめた。あの時はおしゃぶりが手放せなかった娘も、今ではおしゃべり大好きなおてんばになった。
「ママ、これどっちが強い?」
お内裏様とお雛様。苦笑しながら、
「こっちだね」
世の常を示す。女はいつだって強いのだ。
(2022.3.3)
「お前はこの国をどうしたい?」
父は息子に訊ねた。息子はやがて戴冠し、君主となる。
「平和な国にしたいと思います。しかし……百万もの命を預かると思うと身が震えます。私は臆病者です」
「それでよい。それがまともな感覚だ。地位に酔うな、民のために努めよ」
息子は力強く頷いた。
(2022.3.4)
パン屋の店員と客がもめている。「スライサーが壊れていて、一斤でしか出せないんです」
「なら包丁で切ってよ」
「ちょうど研ぎに出していて……」
「えーっ!?」
よりによって店長はいないらしい。大変だなと思いながら、はたと足が止まる。使えない刃物、不在の店長……論理が暴走する。
(2022.3.5)
「動くな!言うとおりにしろ!」
バスジャックに乗客は恐慌状態。犯人はハンドルを握る私に、決して止まるなとナイフを向ける。
「分かりました」
思い切りブレーキを踏んだ。転倒した犯人に跨がり、隠し持っていた拳銃を突きつける。
「悪いな、俺が先に予定してたんだ。運転を代われ」
(2022.3.6)
金持ちになる方法を友人に訊いた。彼は会社を経営している。
「金を使うってのは蛇口から水飲んでるようなもんだ。節水してみなよ」
しかしストレスが溜まり、ひと月保たなかった。
「よく耐えられるな」
「耐えられるもんか。だから水源を持つことにしたのさ」
なるほど。私には無理だ。
(2022.3.7)
「この程度の仕事にいつまでかかってんだよ、このグズ!」
「うう……」
「弁当食ってる暇があったら外回りしてこいよ、給料泥棒!」
「おお……」
「何とか言ったらどうなんだ――」
「あっ、叩くのは……」
「あっ、ごめんなさい」
パワハラプレイ、暴力なし。つい手が出そうになるんだよなぁ。
(2022.3.8)
シルクハットに手を入れる。掴み出したのは真っ白なウサギ。観客は拍手喝采だが、私は冷や汗が止まらない。仕込んでいないものが次々に出てくる。今のもハトを出すつもりだったのだ。ショーを止めるわけにはいかない。もう一度手を入れて――固まる。この感触……間違いない、握り返している。
(2022.3.9)
あれこれアプローチしたけど、意中の相手は振り向かない。ひと回り違うのだ、後輩にしか見えないのだろう。望み薄なら開き直ろう。ツッコむフリして触ってやる。
「もーそれセクハラですよーぉお?!」
二の腕は意外に固かった。見た目そんなにないのに……スーツの下は……。
ダメだ、好き。
(2022.3.10)
「女の子と仲良くなりたくて……アイコンもプロフィールもそれらしくしました……独身男の悪ふざけだったんです」
ここまではよくある話。だが、
「朝起きたら、私は女の子になっていたんです!お巡りさん、信じてくださいよ!」
毒虫になるよりかはマシだが、果たして彼女?の運命やいかに。
(2022.3.11)
在籍中さんざんバカにしてきた社長が、目の前で頭を下げている。俺が辞めて独立した後、会社の業績はみるみる落ちていった。特に何かしたわけではない、他人任せにしていたツケが回ってきただけだ。俺は無言で企画書を返す。無能には言葉すらもったいない――こいつからひとつだけ教わった。
(2022.3.12)
海上に水柱が立った。ポイント・ネモ――太平洋上に存在する、陸地から最も離れた場所。いまそこに、役目を終えた国際宇宙ステーションが落下したのだ。金属の塊は大量の気泡を吐きながら沈んでいく。深海に棲む蟹たちは、明るい世界の事件など知る由もない。死はゆるやかに彼らの元へ迫る。
(2022.3.13)
コーヒー豆を挽く。選んだのはグアテマラの深煎り。粒が残るよう粗めにするのがポイント。粉を移す先はフィルターではなく小皿だ。これをひと摘まみ、齧ったシュークリームのカスタードにふりかける。甘味と苦味の絶妙なハーモニー。嫌なことがあった日は、これをお腹いっぱいに食べる。
(2022.3.14)
因果応報、悪行の限りを尽くした暗黒街の大物は、一度に百人から毒を盛られて死んだ。全員が自首して驚天動地の事件は解決したが、問題はここからだった。
誰の毒が大物を殺したのか?
盛られたのは同じ業者の殺鼠剤。百人は口を揃えて、
「私が殺しました」
前代未聞の裁判の行方は……。
(2022.3.15)