2023.7.1~2023.7.15

文字数 2,186文字

 赤い雨が降った。聞けば運命の女神の仕業らしい。恋の概念が変わり世界中はては電脳空間にまで広がったせいで自棄を起こし、ありったけの糸をばらまいたそうだ。女神の気持ちも分かる気がする。小指を差し出すと、なまぬるい滴が爪に弾けた。わたしは、誰とつながるはずだったんだろう。
 (2023.7.1)


 婦人服売り場に高級ストッキングを求めに来る紳士がいる。材質感触はもちろん、足の部分に手を入れて入念に品定めしてから購入する。よからぬ噂をする同僚を見かねて、
「あのお客様の履いている革靴を見たことがある?ストッキングは革靴の手入れに最適なのよ。人を見る目を養いなさい」
 (2023.7.2)


 洞窟の奥深く、蝙蝠のさえずりだけが響く暗闇に、一体の木乃伊が正座している。国の安寧を祈願し、人知れず五穀を絶った若き僧の成れの果てである。足元には、最期の瞬間まで読んでいたとおぼしき書物が。ぼろぼろになった一葉に辛うじて読み取れる二文字――摩羅。僧は、仏に成れたのか。
 (2023.7.3)


 帰宅すると、クラッカーの音に出迎えられた。
「おたんじょーび、おめでとー!」
 幼いきょうだいからのサプライズ。いつの間に……思わず涙がこぼれた。
「どうしたの、いたいの?」
 戸惑う二人を抱きしめる。そう、うれしさは痛いんだ。きみたちもいつか、その痛みを知るときが来るよ。
 (2023.7.4)


 海底を掘削するシールドマシンが、硬い“何か”に衝突した。この場所に岩盤は無かったが……困惑する作業員は、マシンがあらぬ方向を向き始めていることに気づく。
「海底が隆起しているぞ?!」
 ソナーが轟音を捉えた。それは、
「……あくび?」
 噴き上がる泡の奥――“何か”は目を開いた。
 (2023.7.5)


 暑い暑いと言われるのがあまりに癪だったので、太陽は思い切った手段に出た。つまらないことばかり考えて発散する熱を控えようとしたのだ。しかし元々陽気な性格、無理が祟って本当に陰気になってしまった。今度は寒い寒いの大合唱、発狂した太陽は火を消して――ひとつの銀河が終わった。
 (2023.7.6)


 霧時雨だった。傘を差すのも馬鹿らしくて、身体ひとつで外に出る。夜を溶かし込んだヴェールに肌を犯され、わたしは喘ぎを噛み殺す。褥に染みた愛の跡を辿って、あの人が帰ってくる気配がする。あきらめて、あなたの居場所は此処には無いの。どの口が云うのだい――うねる夜風が唇を塞ぐ。
 (2023.7.7)


 増水した川で発見された男性の遺体は事故として処理された。直前に住人が何かを訊ねられていたが、言葉が理解できず――聞いたことのない異国語だった――内容は定かではない。ただ川を渡りたがっていたことは確かだということだ。奇しくもこの日、わし座から星が流れたのが目撃されている。
 (2023.7.8)


「くだらん。この程度の能力しかない人間にどうして高い給料を払ってるんだ?」
 新しく着任した取締役は吐き捨てて、これ見よがしに周りを見回す。数々の企業を渡り歩き功績を残してきたというが、結局のところ組織に居れない人種なのだ。お前はいいだろう、だが残される人間はどうなる。
 (2023.7.9)


 女は青ざめた顔でボトルラックを睨め回している。私は食器を磨きながら、努めて邪魔にならないよう立ち振る舞う。私は女に謎を与えた。この中から元カレのキープした一本を選ぶことができるかと。何時間も経つが、いまだに見つけられない。こうなることは分かり切っていた。何が未練だ。
 (2023.7.10)


 発掘された遺物はどれも高度な科学文明がこの星に存在していた証左だった。しかし彼らはあるときからそれを捨て去ったらしい。頭をひねる調査隊に、経済学者は冷笑を浴びせる。
「どれだけ科学が進歩しても、やっぱりアナログがいいと思うことがあるだろ?あれを文明規模でやっただけさ」
 (2023.7.11)


「やめとけ、大工なんざお前の性に合わねえよ」
 父は取り付く島もない。俺は必死に食い下がる。
「やりがいがあるって思えるんだ。だからオヤジもやってるんだろ?」
「バカだからよ。お前はバカになれるか?」
「な、なれるさ」
「ふん、なら無理だ。オレの言葉の意味をよく考えてみろ」
 (2023.7.12)


 駿馬はひと筋の閃光と化し、草千里を切り裂いていく。獣のにおいが渦を巻き、夕立の気配を呑み込んでいく。足を止めるな、息を止めるな、お前の疾走は血のかよった彫刻。生臭き芸術の名のもとに、花どもを蹂躙せよ、虫どもをかしずかせよ。見よ、虻どもは早くもお追従を述べ始めている!
 (2023.7.13)


 好きなことをして貧しく生きるか、嫌いなことをして裕福に生きるか。そんな二択で割り切れないから、人はおいしいところだけつまんでやろうとするのだ。二兎を追う者の例は結局他人事で、泥まみれの誰かを笑う自分自身が泥まみれであることに気づいていない。では一方に振り切った者は?
 (2023.7.14)


 小学生にセミの脱け殻を売りつける不審者がいるとの情報で見回りをしていると、それらしき現場に遭遇した。物陰から様子を窺っていると、どうも様子が変だ。小学生は独りになると、スマホで電話を始めた。
「オレのとこ来たから金渡したよ。そろそろタイホされるんじゃね?楽しみだなぁ」(2023.7.15)
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