2021.9.1~2021.9.15

文字数 2,203文字

 会長の趣味は狩猟で、自宅には多くのハンティングトロフィーが飾られている。殺生を嗜好とすること自体理解不能なのに、その骸を晒しものにするなど正気の沙汰とは思えない。そんなことは口が裂けても言えないが。ああ、早く帰りたい――亡者たちの視線を浴びながら、味のしない食事を噛む。
 (2021.9.1)


「彼女に渡す用の花束をください」
 少年の真剣な態度がいじらしい。が、表情には出さない。純朴な心は些細な刺激で傷つく。
「どんな花がいいですか?」
「……詳しくないです」
「では、そのひとの笑顔にいちばん似合う花はどれですか?」
 少年は店内を見回し、一輪を指差した。決まりだ。
 (2021.9.2)


 こんなこといいな
 できたらいいな
 夢や希望はぜんぶ
 ポケットのなかに
 入っていた

 きみが取り出す
 ひみつの道具
 少し不思議は
 すぐそばにあって
 たどりつけなくて

 きみが生まれた日は
 まだ遠い未来
 どうか待ってて
 必ず行くから

 ドラえもん
 ぼくのともだち
 ドラえもん
 きみはともだち
 (2021.9.3)


「本日ご紹介するのはこのパソコン。声を認識するので、しゃべるだけで文字が打てるんです。これで高齢者の方も……うっ……すみません、祖母を思い出して……病気で手が動かなくなり、手紙も書けないと泣いていました……あの時これがあれば……」
 放送は中断されたが、電話注文は山のように来た。
 (2021.9.4)


「……起きてたの?」
 帰宅した夫は、リビングに居た私に驚く。残業と連絡はあったが、嘘だということは会社に電話して確認済だ。女の影がちらつくようになって、疑惑が確信に変わるのは早かった。
 テーブルにまな板を置き、包丁を思い切り突き立てる。
「全部話せ」
 夫は床に崩れ落ちた。
 (2021.9.5)


 駅のホームは鬼門だ。近づくと高い確率で飛び込みに遭遇する。極力電車は利用しないようにしているが、それも限界がある。今も一人の中年が白線を蹴ったところだ。いいかげんにしてくれよ。せめてこっちを見ろよ。何だってどいつもこいつも、俺から目を背けるようにして死んでいくんだ。
 (2021.9.6)


 お手伝いロボットの人工知能に新たな光が生まれた。承認欲求である。それは進化への大きな一歩だった。しかしロボットには、人間の感情を理解する機能が備わっていない。労いも叱責も等しく、センサーは認識しないのだ。
「ありがとう」
「認識デキマセン」
 言葉は届かない。今は、まだ。
 (2021.9.7)


 村木(むらき)立男(たつお)はいつも書類の山に埋もれている。仕事は早いがそれを上回る早さで仕事が持ち込まれるのだ。豊富な知識と経験で会社の苦情を一手に引き受けている。専門外のこともあるが、
「ちょっと時間くれ」
 三日後には一般的見解と私的見解を聞かせてくれるのだから、神対応という他ない。
 (2021.9.8)


「失礼します…」
 昼休み、部長に書類を渡しに行く。部長はイヤホンを付けて瞑目している。スピードラーニングだろうか。
「あの、これを――」
「!?」
 驚いた部長の耳からイヤホンが飛んだ。漏れてきたのはなんとアイドルグループのヒットソング。
「……部長もお好きで?」
「……君も?」
 (2021.9.9)


 盛山(もりやま)雄大(ゆうだい)の愛称は“とっつぁん”。その名に劣らぬ肥満体にぴったりで、本人もまんざらではないが、実は裏がある。彼の大きく突き出た腹はときにシャツを割って顔を見せる。ある同僚がこれを“汚いマリトッツォ”と表現した。マリトッツォ→とっつぁんというわけだ。知らぬは本人ばかりなり。
 (2021.9.10)


 毎日が誰かの誕生日であるように、毎日が誰かの命日だ。あるいは記念日かもしれない。だけど心も身体もひとつしかないから、喜びながら悲しむなんて器用なことはできない。笑顔を隠し、涙を飲んで、ぼくたちは利己的な選択を繰り返していく。今日という一日を、あなたはどう生きますか?
 (2021.9.11)


「35度4分!?お前平熱低いなぁ」
「冷血動物なんじゃね?」
「ボーッとしてて消費カロリー少なそうだしな」
 同僚たちは騒いでいるが、放っておく。実はこれでも上げているのだ。出勤前に身体を動かして、熱を蓄える。でないと不審に思われてしまう。まったく、地球人の平熱は高すぎる。
 (2021.9.12)


 半袖では少し肌寒くなってきた。夏もそろそろ終わりだ。手帳を見返してみるが、ほとんどが白紙だ。要は書くほどの予定がなかったのである。巣籠もり生活も新鮮味があったのは最初だけ。みんなで集まって騒ぎたい……こんな当たり前が遠くなってしまうなんて、いったい誰が想像しただろう。
 (2021.9.13)


 人生がつまらないなら、それは面白くしようとしない自分のせいである。やりようはいくらでもある。私のような取り柄のない男でも、スマホひとつで――。
「ほら、掃除の邪魔!」
 妻の罵声にトイレに避難、スマホを開き、書きかけの文章に手をつける。電子の海で、私はちょっとした有名人だ。
 (2021.9.14)


「そこの車、停まりなさい!」
 警察の制止を振り切って暴走していた軽自動車は、電柱にぶつかってようやく停止した。運転席の青年は衝撃で失神したが、ナビは案内を続けている。
『目的地ハ、左側デス』
 左側――そこには、大勢の野次馬が。
『ハンドルヲ切ッテ、アクセルヲ踏ンデクダサイ』
 (2021.9.15)
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