2023.1.1~2023.1.15

文字数 2,180文字

「……するとお前は無効試合よりも勝敗がついた試合のほうが優れていると言いたいのか」
「そうさ、どうあれ結果は出ているのだから」
 そこへやって来たのは亀だ。
「パラドックスはとっくに覆されているよ。私はアキレスに勝てない。負けたのはきみだけだ」
 兎は耳まで真っ赤になった。
 (2023.1.1)


 龍が闇を喰っている。赤い牙が黒い泥を噛み砕き飲み込んでいく――村を焼き尽くす炎が、私にはそう見えていた。マッチの先に点った火が巨大な怪物に変じるまで、然したる時は要しなかった。地主の家から火だるまになった人影が転がり出た。下腹部に破瓜の疼痛が蘇る。私は笑った。燃えろ。
 (2023.1.2)


「あら、ひとりでお詣り?偉いわねえ」
「賽銭持ってるか?おっちゃんの使いな」
「おみくじどうぞ。おっ、大吉だ」
「たこ焼きお待ち!熱いから気をつけてね」

「……ふむ、お詣りとはいいものだな」少年はたこ焼きを頬張る。
「そろそろ戻るか。神様不在のまま拝ませるのは忍びない」
 (2023.1.3)


 黄昏の四つ辻には乾いた砂が舞うばかり。私は眩しさを堪えながら朱く灼けた落日を直視する。逢魔時の太陽を覗けば人ならざるモノが見える……退屈な日々を流言に乗って消費していた。徐々に白飛びする網膜。その中に、
 ああ――。

 真偽と引き換えに視力は失われた。退屈な日々は終わった。
 (2023.1.4)


 依頼人は女だった。鋭い目尻、高い鼻梁はまるで猛禽のカリカチュアだ。その卑俗さと対照的に、両手は膝の上に固く控えている。骨張った指先に黒いマニキュアが乗せられて、古びたピアノを思わせた。私に気づき、女は顔を向けた。
「貴方が探偵ですか」
 震える声が、事件だと告げている。
 (2023.1.5)


 砂漠で出会った老人は、蜃気楼を刈り取る仕事をしているそうな。
「放っとくと、旅人を迷わしていかんのでな」
 大振りのはさみで、根元をちょんとやる。篭の中で宮殿やらオアシスやらが揺れている。で、これをどうするかというと、
「氷水にさらして、つるりとな」
 ほほう、これは甘味。
 (2023.1.6)


『喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます』
 もはや驚きはなくなった。友人の嫁ぎ先は親族が多く、毎年一人は天寿を全うする人が現れる。
「産まれるほうも多いから、世代交代と考えれば慣れちゃったわよ」
 だからといって、喪中葉書に新生児の写真を載せるのはどうかと思うが。
 (2023.1.7)


 瓦礫の街で死体はあちこちに放置され、蛆の苗床と化していた。悪臭を放つそれらを、私たち敗残兵は郊外に埋めた。最後の土をかけ終わり、私の中に漠然とした喪失感があった。その正体が分かったのは母を看取ったとき、この身体は、薄っぺらな悲しみしか感じられなくなっていたのだった。
 (2023.1.8)


 怪獣の進行を阻止するため、軍に出撃命令が下った。通常兵器で歯が立たないことは全員が分かっている。それでも彼らは命に従う。
「諸君らの健闘を祈る!」
 号令をかけた司令官は部屋に戻ると、机に置かれた封筒の束を手に取る。遺書に紙以上の重さはない。彼は独り、その重さに堪える。
 (2022.1.9)


「授業を始めるぞ」
 教室は騒がしいまま。“新成人”になったはずなんだが。
「先生、ご祝儀ください」
「あのなぁ」
「礼節を重んじるのは大人のマナーでしょ?」
「……分かった」
「おー!」
「その代わり、俺の定年祝いは頼むぞ。恩義に応えるのは大人のマナーだからな」
「えー!?」
 (2023.1.10)


 フラクタル幾何に侵された右脳が、ロジックの碑を食い殺していく。砂糖菓子を溢したように、脊髄に水晶の彩りを灯すは嗜みであろう。氷柱のように記憶を伸ばし、十進法の小路を辿っていけば、朝焼けの海も金色のたてがみを振り乱し、波打ち際のくるぶしに口を漱ぐに違いない。
 ――作者不明
 (2023.1.11)


 ドヤ顔で蘊蓄を垂れる男を、アヤさんは適当にあしらっている。常連客の中でも飛びきり美人の彼女は、すぐ変な虫に集られる。度が過ぎるときは店主権限で介入するが、今回はその前に男のほうから退場していった。
「いつもごめんね」
 こちらこそ、いつもごめんね。来てくれてありがとう。
 (2023.1.12)


 高く結ったポニーテールが好みだとあなたは言った。だけど私はベリーショート、望みを叶えるにはしばらくかかる。待ってるから――彼は言った。事実、待っていてくれた。だから約束を破ってはいないのだ。ただ望みを叶えた瞬間に、二人の関係が終わりを迎えただけのこと。それだけのこと。
 (2023.1.13)


 たまたま出くわした女がたまたま宝石泥棒でたまたま気を失ったため、救急や警察が来てお手柄になったわけだが、全ては必然だったとも言える。おれはどうなるんだろう――男はパトカーの中で毛布にくるまりながら、止まらぬ震えに耐えている。
 今宵、彼はたまたまではなく意図的に裸だった。
 (2023.1.14)


「悪い、お前とつるむのは今日までだ」
 彼はそう言って、夜明け前の空に紫煙を吐いた。
「なんで!」
「家業を継ぐことにした。もうフラフラしてられない」
「一発花を咲かせる話は――」
「夢より現実を取るよ」
 煙草を捨てて彼は去った。残されたぼくに、朝日が容赦なく照りつけてきた。
 (2023.1.15)
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