2021.1.1~2021.1.15

文字数 2,206文字

 元日、客間に揃った親族一同。その中でただひとつの空白は、年末に逝った祖父の席だ。
 “いいか、俺がいねぇからって、しみったれた正月を迎えるんじゃねえぞ”
 最後まで祖父らしかった。母が愛用の湯呑みに屠蘇を注ぎ、ぱんと手を打つ。一同、発声。
「明けまして、おめでとうございます」
 (2021.1.1)


 ずらり並んだ人の列。拝殿まではまだまだかかりそうだ。空気は冷たいが、繋いだ手はあたたかい。
「願い事、決まった?」
 一葉(かずは)が訊ねる。
「まだ。どうしようかな」
「早よせんと間に合わんよー」
 実際、どうしようかと思っている。大切な彼女のために願うことは、ひとつに絞り切れない。
 (2021.1.2)


 幼い頃は神社が遊び場で、一日中境内を駆け回っていた。
 ある日、鳥居の陰に男の子が佇んでいるのに気づいた。ただならぬ気配を感じた。
「ほほほ」
 男の子は笑った。怖くなった私は逃げた。
 以来、私の側には彼がいる。万年無病息災は結構だが、彼氏ができないのだけは勘弁してほしい。
 (2021.1.3)


 俺は殺し屋。標的は孤島に暮らす大富豪。客の一人になりすまし、物陰から銃で一発。楽な仕事だった。
 しかし翌朝、大富豪はピンピンした姿を見せた。今度は確実に。それでも翌朝……。彼は不死者だったのだ。
「まだ殺れないのか!」
 急かす依頼主。始まる犯人探し。どうすりゃいいんだ……。
 (2021.1.4)


 寝静まった江戸の町が、丑三つ時に、ぼうと浮かんでいる。一面に被った雪が、昼間に呑んだ光を放っているのだ。
 (汚ねぇもんほどよく映えるってな)
 高台から見下ろす仙五郎(せんごろう)は皮肉げに笑う。
「さて、行きますか」
 懐から繰り出した鉤爪を宙に投げる。仕事人の影が白い沈黙に落ちていく。
 (2021.1.5)


 どこの繁華街にもある、得体の知れないスプレーアート。実はその中に、我々スパイが用いる暗号文が紛れている。歩きながら視界に捉え、仲間からの報告を読み取る。経過は上々。
 と、小さな付け足しが。

 ハッピーバースデー

 (ばかやろう)
 こみ上げる笑いを噛んで、私は雑踏に溶け込む。
 (2021.1.6)


 太陽に惚れた雪が、そのあたたかな光に触れたくて空から降りた。しかし影も形もなく、自棄になった雪は荒れ狂い地表を染めた。やがて雲が去り、何も知らない太陽はいつものように世界を暖めた。蒸発し、空に還った想いは再び固まって雪になり……。今日も世界のどこかで、残酷な恋が回る。
 (2021.1.7)


 他人に指図されるのは気分が悪い。道具のように扱われるのは不快の極みだ。私には私の考えがあり、その通りにすればもっと上手くいくはずだ。しかし悲しいかな、私には上位の人間に意見する度胸がない。鬱々とした気持ちを隠し、内心で不満を吐きながら、与えられた指示をこなしている。
 (2021.1.8)


 初めて、我が子を叩いた。頬を張った手のひらが、じんと痛む。顔が歪み、涙が落ちる……泣いているのは私だ。この世でいちばん愛しいものを傷つけた。事の重大さを悟った我が子は、ごめんなさいを繰り返す。その身体を、いまだ熱の引かぬ手で抱き寄せる。私こそ、未熟な親でごめんなさい。
 (2021.1.9)


 路地から伸び上がる、火盗改の高張提灯。取り乱す一味の中で、滝蔵(たきぞう)はひとり冷静だった。
「裏切ったな!」
 気づいた黒仏(くろぼとけ)喜助(きすけ)は吼えた。滝蔵はそこに先代の影を見る。受けた恩は恩。しかし殺しを躊躇わぬ二代目には我慢ならなかった。
「もう遅えよ」
 高張提灯が、盗賊どもを圧し包む。
 (2021.1.10)


 古代人の遺跡を調査して分かったのは、ある時点から技術が著しく発展し、芸術が衰退したこと、それは疫病の流行を境にしていること。
「彼らは生き延びるために技術革新をする一方、芸術を不要と切り捨てた。結果、人々は知を失い、文明は滅びた」
 推理する教授の腋を冷たい汗が流れた。
 (2021.1.11)


 船など滅多に乗らぬので、酷く酔った。下手に海面など覗かなければ良かったのだ。 客席に仰臥する。蠕動と収縮――臓器の中に居るみたいだと思った瞬間、胃の腑が疼いて目を閉じた。
 瞼の裏に、先程の光景が焼き付いている。
 碧い波間。
 ゆらゆらと揺れていたのは。
 私の、死んだ妻だった。
 (2021.1.12)


 向井(むかい)悟郎(ごろう)は書斎の本棚から一冊抜き、頁を捲って、片隅の小さな折り目に気づくと、舌打ちと共に本を屑籠に放り込んだ。
 (買い直さなきゃ)
 向井は潔癖症だった。大切な所有物――特に書籍に対して、病的な拘りを見せる。些細な汚れや傷も、その原因が自分にあったとしても許せないのだった。
 (2021.1.13)


 田中(たなか)博子(ひろこ)は一流の役者だが、知名度は無に等しい。というのも、彼女が脇役、それも“その他大勢”専門だからだ。どんなベテランが撮っても、不思議と顔にピントが合わない。主役はできないが、抜群の演技力で見事に“その他大勢”を演じるのである。ちなみに本名は日本で唯一の珍名字だとか。
 (2021.1.14)


「あんなに言われて、悔しくないの?」
 強い口調に、千鶴子(ちづこ)は下を向く。
「だって、愚図だもの」
「認めちゃ駄目よ。そんなだから――」
「ごめんなさい」
 千鶴子は顔を上げた。穏やかな笑み……それを見た私は自分が酷く卑小な人間に思えて、同時にこの娘が苛められる理由を悟ったのだった。
 (2021.1.15)
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