2022.9.1~2022.9.15

文字数 2,188文字

 テーブルには案の定、見合い写真が山積みにされていた。叔母のおせっかいも大概にしてほしい。目は通すが興味は無……おや?
「これ、みっちゃんだ!」
 小学生の頃、女子の憧れだったみっちゃん。高身長のハンサムは太鼓腹のおじさんに変身していた。何があった?俄然興味が湧いてくる。
 (2022.9.1)


 この日、某国の首都が地図上から消えた。文字どおり消失した。人、建物、土、水、空気が抉り取られたかのように存在しなくなったのだ。その地点は、肉眼はおろか計器でも観測できない。人為的な仕業としか思えないが、意図が分からない。世界情勢に何の影響も与えない弱小国家だからだ。
 (2022.9.2)


 芸術はキャンバスの外に出すべきではない――センスの欠片も持ち合わせぬ私のような人間でさえそう思った。死体をオブジェにして晒す猟奇殺人。尊厳を毟り取られた人間の傍らで、飾られた生花がみずみずしく回転灯を映しているのがおぞましい。これが、悪夢のような一ヶ月の始まりだった。
 (2022.9.3)


 傷物だから捨てた――無精な口がこぼしたせいで、私は轟々たる非難の渦中にある。傷があってもとか傷があるからこそとか、赤の他人から人でなしの扱いだ。何とでも言うがいい。あれは傷物、人間としての。己を律することを知らず、欲のまま生きる人でなし。拾いたいならどうぞ拾うがいい。
 (2022.9.4)


『愛したまま死ぬがいい』
 墓碑の文字は目が眩むばかりのまばゆさだった。ついに僕のものにならなかった女は、当て付けの言葉を残して逝った。最後まで嫌な女め。手向けの花は力任せに川に放った。白い百合は水面に散らばり、浮き沈みを繰り返す。あの女の中指が、幾本も天を突いている。
 (2022.9.5)


 台風消滅装置が完成した。目の中で逆回転の台風を発生させ力を相殺するのだ。折しも洋上で台風が発生、装置が起動した――が、博士が叫んだ。
「しまった!向きが時計回りじゃないか!」
 北半球ならそれでいい。だがここは南半球。一同の前で、雲の渦はかつてない化け物へと変貌していく。
 (2022.9.6)


 廃品回収の仕事をしていると奇妙な出来事に遭うことがある。ある日、ごみの中にそれを見つけた。身の丈ほどもある白子のような物体だ。先輩に訊いても棄てろのひと言、仕方なく収集車に放り込んだ。厭な手触りだった。
「あれは何ですか?」
「知らん。慣れろ」
 それ以上は訊いていない。
 (2022.9.7)


「ママ、秋だよ」
 空を指した指先にはアカトンボの群れ。なんて素直な感性。目線を同じにして、
「そうだね、秋がいっぱいだね」
「いっぱいだね。あ、まだ夏がいるよ」
 今度は幹に留まったアブラゼミ。鳴く声は今にも途絶えそうだ。我が子は鼻をすすった。
「バイバイ」
 胸を衝かれる。
 (2022.9.8)


 蛍光灯の下に並んだ書架は摩天楼を思わせる。ここは警察署の書庫、今までに起きた事件の記録が収められている。庶務課すら立ち入らない一画で手近なファイルを抜き出すと、レポート用紙を挟み込んだ。それは捏造された不可能犯罪の記録。偽りの歴史を創造して悦に浸る。暇は邪心を育む。
 (2022.9.9)


「犬や猫を治したところで何になる。そんなことにかまけている暇があるなら、人間の命を救う術を身につけろ」
 父は蔑む。そりゃあんたにとってペットは消耗品だろう。死んだら代わりを買えばいい。だがそうじゃない人がいる。命は平等だ。ならばひねくれた人間より無垢な動物を救いたい。
 (2022.9.10)


 美術館の収蔵庫で、男女の塑像が向き合った。戦火で引き離された二体の再会に、感動の拍手が満ちた。
 翌朝、男の塑像が館内から消えた。盗難ではない、消失したのだ。一方の女の塑像は――腹部が異様に脹れていた。検査の結果、詰まっていたのは粘土だった。ちょうど、男の塑像一体ぶんの。
 (2022.9.11)


「おれはとんだ道化じゃないか!」
 Aはわめき散らす。彼の扱う商品は一級だがマーケティングに難があった。励ましの言葉をかける裏で、私は密かに根回しした。結果、彼は業界の頂点に立った。祝いの席で種明かしをしたわけだが、この反応。感謝されこそすれ非難される覚えはないのだが。
 (2022.9.12)


「あれはだれ?」
 興味津々な子供たちを奥にしまうと、お(ふじ)は男を見た。慌ただしく訪ねてきたと思ったら、火急の用だが飯をくれ死にそうだと訴えてきた。その剣幕に圧されひとまず粥を出したのだが、
 (要件は何なのかしら)
 うまいうまいと涙を流す男に、お藤はなかなか切り出せずにいる。
 (2022.9.13)


 台所に入りかけた足が止まる。母が床に屈み込んでいた。見れば米びつを覗いているのだった。食い扶持が一人増えたぶん、米の減りは早まっている。夫と喧嘩して帰省した日は快く出迎えてくれたが、じきに一週間が経つ。母は自分から戻れとは言わないだろう。そろそろ潮時だと私は思った。
 (2022.9.14)


 彼女が包丁を突き入れてきたとき恐怖はなかった。むしろ安堵すらした。クズ男に年貢の納め時が来たのだ――が、つまづいて包丁が落ち、胸に飛び込むかたちになって、謎の感動に包まれた二人は声を上げ号泣した。ひとしきり泣いて冷静になると、おれはスマホを手に取った。警察呼ばなきゃ。
 (2022.9.15)
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