2024.8.1~2024.8.15

文字数 2,028文字

 パソコンに映し出されているのは、真っ赤に染まった日本列島。見ているだけで暑苦しく、画面を閉じてしまいたい誘惑に駆られながら目を凝らす。あった。人里離れた山奥に、ぽつんと水色の点。その場所だけ異様に温度が低い。
「行くぞ」
 装備を背負い、いざ出発。雪女捜索は真夏に限る。
 (2024.8.1)


 老作家は病床で妻と話している。たった今、彼はペンを置く決断をしたのだ。
「死ぬまで書き続けるとおっしゃっていたのに……」
「若い頃はね。それが真の作家だっと思っていた。でもぼくは作家である前に一人の男だった。ペンよりも大切なものに触れていたい」
 握り合う手に力がこもる。
 (2024.8.2)


 買ったばかりのアイスを落として泣く子供を見た友人が、
「新しいのを買ってもらうに500円」
「じゃあ買ってもらえないに500円」
 親はそのまま連れていこうとする。俺の勝ち……と思ったら、友人が子供にアイスを買っているではないか。
「誰に、とは言わなかったろ?」
 してやられた。
 (2024.8.3)


「なんで僕だけ左遷なんですか!」若手は震える拳で机を叩いた。
「そもそもは先輩のミスでしょ?取引先に気に入られてるからお咎めなしですか!」
「察しろ」
「ふざけるな、辞めてやる!」
 飛び出していく背中を見送る。考えが甘い。大口を失うことがどれだけの損失か分かっていない。
 (2024.8.4)


 年に一度の健康診断、胃の検査はバリウムを選択した。待合室で他の人と一緒に順番を待っていると、
「ああ!」
 検査室の中から大きな声が響いた。
「撮影中はげっぷを我慢してください」
「すみません……ああ!」
「息を止めて――」
「ああ!ああ!」
 その場にいる全員の肩が震えている。
 (2024.8.5)


 オヤ、旅のお方、こんな山奥に何をしに来なすった。ホウ、伝承を調べに。それは奇特な。ホレ、そこの滝壺じゃよ、遊女と貴族が心中したのは。互いの腰をきつく縛り合ってな、千代に誓った縁は果たされたのか。ナニ、そんなことは伝承にないとな。サテ、肝心な事ほど忘れてしまうものよ。
 (2024.8.6)


 浦島太郎が浜辺を歩いていると、子供たちが亀をいじめている場面に遭遇した。
「た、助けてください!」
「いいのか」
「早く!」
「分かった」
 浦島は子供たちに斬りかかる。と、亀が電光石火の動きで子供たちを気絶させた。
「やれやれ、全てお見通しとはね」
「茶番は結構。用は何だ」
 (2024.8.7)


 優秀な人工知能のおかげで、宇宙飛行士は無事に航海を続けてきた。そしてついにその時が。
「地球だ!」
 宇宙飛行士は着陸の指示を出した。しかし、
『却下。地球ト認識デキズ』
 唖然とする宇宙飛行士の目の前から、青い惑星は遠ざかっていく。
『却下。地球ト認識デキズ。繰リ返ス……』
 (2024.8.8)


 まだおぼつかない足取りだけど、きみははしゃいだ声を上げながら、道を一歩一歩進んでいく。右手はママとしっかり繋いで、自由な左手は前にかざして、きっとおまじないをかけているんだ。楽しくなあれ、楽しくなあれって。かける相手はもちろん、
「きゃははは!」
 きみ自身に違いない。
 (2024.8.9)


 雲の上で。
「そろそろ帰り支度しなくていいのかい?」
「迷ってるんだ。孫たちも準備で大変だろうし」
「気になるなら訊いてみたら?」
「そうだな」

「じいちゃんが夢枕に立ってた!」
「私も!恨めしげな顔してて」
「良くない前兆かも……」

「……すまん」
「いいよ。支度するわ」
 (2024.8.10)


 薄暗い廊下の奥に小さな影が立った。それはこちらに近づくにつれ、一匹のシャム猫のかたちになる。シャム猫は無言のまま、ぼくの手の匂いを入念に嗅いだ。そして軽く鼻を鳴らし、もと来た道を引き返していく。途中で首だけ振り返り、
「何してる。ついてこい」
 ぼくの夏休みが始まった。
 (2024.8.12)


 その町は郊外にあり、軍事的な要所ではなかった。にもかかわらずある夜、大量の焼夷弾が降り注いだ。そのとき町は無人だった。住民は町ぐるみで旅行していたのだ。奇妙な偶然。焼夷弾には鳩と月桂樹のペイントが施されていた。この日を境に戦争は終わった。町は地図から消えた。住民も。
 (2024.8.13)


「花火、一緒に行こうって約束したじゃん」
 呟きは墓石に跳ね返り、消えた。大切なひとは事務的に焼かれ、埋められた。突然の別れに涙すら出てこない。
 いつしか陽は落ちていた。にわかに夜空が明るくなり、色とりどりの光があたりを染めるなか、わたしは固く目を閉じ、耳を塞いでいた。
 (2024.8.14)


 かつて戦争という名の殺し合いが行われていた。過去形なのは、今はそんな愚かなことをする者は誰もいないからだ。恐るべき実態は資料館で知るのみである。ある時を境に人間の寿命が半分になり、他人の命を奪う暇などなくなった。退化とみるか進化とみるか、見解は敢えて出されていない。
 (2024.8.15)
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