127 願わない神・4篇

文字数 5,493文字



「気になったんだけど、……」
 クエビコさんの布で作った頭にスマホを見せる。
「フツヌシという神名だけど、鹿島神宮の宮伝の韴(フツ)神の、斬るさまを表すフツはわかる。だけど常陸国の神話の普都(フツ)神、史話(日本書紀)や香取神宮の宮伝の経津(フツ)神、出雲国の神話や石上神宮の宮伝の布都(フツ)神。都(ツ)や津(ツ)は[の]だよね。ならば神名は普(フ)の神、経(フ)の神、布(フ)の神。機織に関わる神様、経の神、布の神と思ったけれど、やっぱ普の神、つまり巫(フ)の神が本来の神性。側高神社の女巫を見て随った男巫(覡)、サニワ(審神者)、フの神と思う。のちにいなくなった巫に代わり、暴れる山神、利根川の暴れる川神、香取海の暴れる海神を鎮める覡の神格化」
「な、なるほど」
[布]も、じつは織物だけでなく、普く知(シ)らすという字意がある。公布、頒布。布の字源はナ(父)と織物の象形文字の巾。[父]の字源は鞭を持つ男の象形文字で、狩猟などで年上の男、つまり家族の男親(父親)となる。のちに父は広く、普くという字意となり、広い巾が布。広く、普く知らすという字意となる。ややこしい。
 がっちりとした体にぴっちりとした迷彩色のカットソーとカーゴパンツ。スキンヘッドに迷彩色のバンダナ(頭巾)を被った布の神(ワカフツヌシさん)が普く知らす。
「なんで巫がいなくなったのかわからないけれど」スマホを弄る。

『あ、新しき信仰に、古き信仰は、順わぬ古の神はジャマとなる。侵攻は、新しき権力者に随わせる、新しき神に順わせることだ。信仰は、つねにリセット。出生と死は、あ、天ツ神の忌む、白穢、黒穢。噴火は、天ツ神の治める世に災禍を齎す。溶岩(マグマ)は地母神の血。産穢、赤穢、だ』

『じ、神武征東神話で、熊野で塞ぐ国ツ神は、なぜか女神。または女の族長、だ。石神(イシカミ)信仰は、地の、古の神の畏敬だ。水も、草木も、地から生じ、地へと還る。そして再び生じる。出生と死。さ、再生や蘇生の祭、だ。祭を司る巫が族長となり、母系血統の女が長を、信仰を継いだ。天ツ神は、順(マツラ)わぬ巫がジャマとなる』

「毛野国も巫の族長が多い。機織神事で有名な上毛野国(上野国)の一之宮貫前神社も、本来の主神は姫大神で、フツヌシは随神だって。石上神宮から祭神を、香取神宮、前宮の咲前神社へと遷した説と、咲前神社、香取神宮へと遷した説がある。つまり香取神宮の元宮。石上神宮に奉じた一族は新しい長のニギハヤヒも失い、石上神宮を遂われ、咲前神社を経て香取神宮に奉じた。ニギハヤヒを蘇らせたい、日神の座を奪いかえしたい。一族の覡は思った。考えた。だけど蘇らない。奪いかえせない。ならばせめて一族を護りたい」

『アタのウガイ族は、随い、順い、一族を護った。オオクニヌシさんは、しかたがないと言った。私は随わず、順わず、大事なものを奪われ、いまだ戦ってる。もしかしたら、しかたがまちがってるかもしれない』

 宇佐神宮の神言(神託)を覆した巫も、アタのウガイ族の巫も、選択を迫られる。
「覡が、なにを思ったのか、考えたのかわからないけれど。覡の選択は正しかったのか、正しくなかったのかわからないけれど。レガリア(統治権)としてニギハヤヒの佩剣を渡し、随い、順った。日高見国の領地権、香取海の領海権。そして鎮魂祭の祭祀権」
 一族は、香取神宮の覡(フ)の神の隣に、死んだ一族の覡を重ねて祀る。
 近代創建の神社は本殿を南方、または東方に向けて建てる。香取神宮の本殿は石上神宮のある南西方に向けて建つ。いつに、だれが向けて建てたかわからない。
「藤原氏族は石上神宮を、鹿島神宮を奪い、祭神をミカヅチヲと変えた。つぎに香取神宮を奪い、ニギハヤヒの佩剣をミカヅチヲの佩剣、韴(フツ)神と変えた。鹿島神宮に奉じられてた韴霊(フツのミタマ)剣は平国の剣」
 鹿島神宮の宮伝で、韴霊剣は天武天皇に献じられる。そして布都御魂剣として石上神宮に遷される。改めて韴霊剣を錬えたと伝える。
「布留高庭で見つかった剣が本物か偽物かわからないけれど。神剣と同じ。本物か偽物かでなく、思うことが、信じることが大事」
「か、かつて奉じた一族は滅ぼされたから、わ、わからない」
 選択は正しいか、正しくないか。一族は滅ぶか、滅びないか。
 選択の結果は正しかった時だけに、滅びなかった時だけにわかる。勝った一族が正しい神話を書く。負けた一族は正しくない。だから滅んだ、と書く。
「出雲国の神話で、イワイヌシは葦原ノ中ツ国の平国後に順い、譲った国ツ神を誉めた。順わず、死んだ国ツ神を鎮め、祀りあげた。なんとなく常陸国と出雲国が繋がった」
「ワ、ワカフツに訊きたい。なぜ、イヅモの国に、葦原ノ中ツ国に、お、降りたのか」
「物語の設定や展開のキーとなるキャラは、訊く前に作者の都合でフレームアウト。だいたいの設定や展開はニギハヤヒに訊けばわかる。だけどいまだ訊けない。主役として不満というよりも不安。ちゃんと、作者は設定や展開を考えてるんだろうか」
「そ、そうだな」
「そうだ、倭文神社の祭神だ。伯耆国(鳥取県西域)に建つ倭文神社の祭神はハヅチヲでなく、タカヒメ。気になってスマホを弄ったら、ハヅチヲの別名も、イワイヌシ」
「……そ、そうなのか」
 ハヅチヲの別名は倭文神だけど、経の神、布の神だけど、ワカフツヌシさんのほうが経の神、布の神、機織に関わる神様っぽい。まあ、ワカフツヌシさんは普の神だけど。
「うん。ややこしいけれど」



 倭文(シヅリ/シドリ)は静織(綾織)で織られた麻布。外国の文様に対して倭国の文様で倭文と書く。ハヅチヲは機織を司る神様。全国の倭文神社の祭神。
 一説に、静織は九州北域の海人族で始まったという。瀬戸内海を渡り、淡路国に移る。庄田八幡神社(倭文八幡神社)が建つ。大和国に移り、静織は倭文となる。
 なんでハヅチヲは静の地にいたんだろうか。
 なんでミカヅチヲはハヅチヲにカガセヲを鎮めるよう命じたんだろうか。
 なんでハヅチヲはカガセヲを鎮められたんだろうか。
 天ノ磐屋神話で、ハヅチヲは倭文を織ったとある。倭文を織ったら日神は出てきたらしい。つまり朝霧と夕霧を倭文に喩え、日の出るまでの、沈むまでの金星を倭文で覆う。
 常陸国(茨城県)は全国中で霧が多い。ハヅチヲがいた静の地に静神社が建つ。
 なんか設定がしっくりとしない。なんで霧で金星を覆うのか。
 字源で[霧]は雨と務。[務]は矛と攵と力。字意で[務]は武具を持って、力を以ってやる仕事、役目。[霧]は自然が武具を持って、力を以ってやる仕事、役目。
 ハヅチヲを祀る倭文神社の本社は大和国の葛木倭文坐天羽雷命神社。かつて二上山火山帯(瀬戸内火山帯)の火山だった二上山の麓に建つ。火山岩や火砕流が残る。
 大和盆地(奈良盆地)も霧が多い。金星は凶兆の星。

 史話(日本書紀)に初めて書かれた流星は、637年と639年の舒明天皇の時代。星が雷のごとく轟かせ、昼のごとく明るく、東方から西方へと流れたという。アマツキツネ(天狗/天狐)と呼ばれる。のちに天狗はテングとなり、山に棲むモノノ怪となる。天狐はテンコとなり、わけのわからないモノとなる。
 天武天皇の時代。684年にハレー彗星が流れる。同年に伊豆大島の噴火、畿内五国の白鳳地震が起きる。685年に浅間山の噴火が起きる。天羽雷命神社に奉じた一族は石上神宮に奉じた一族とともに位階があがる。686年に天武天皇の死。
 流星は凶兆の星。カガセヲは金星、または流星の神格化、いずれ星神だ。
 だけど流星も霧で覆えるのか。なんで霧を倭文に喩えるのか。
 ハヅチヲの神名は羽槌。社名で羽雷。ミカヅチヲの神名も甕槌、御雷。もしかしたら噴火雷の神格化だろうか。賀茂大神(賀茂別雷)と同じ落雷火災の神格化だろうか。
 別名は倭文神だけど、なんか機織に関わる神様っぽくない神名。雷神っぽい神名。

 天羽雷命神社に奉じた一族は、祭祀用剣や弓矢を作った一族と関わる。さらに蕃国(トナリノクニ)のヤマトのアヤ族、後裔のフエフキ族と関わる。つまり倭文を織るだけでなく、交渉を謀ったり、武具を作ったり。のちに毛野国の静の地に移り住む。後裔となる委文、倭文の人名は三重県、兵庫県淡路市(淡路島)や栃木県、群馬県、埼玉県に多い。
 麻葉や倭文の売買で友好を求め、征東軍の軍将(ミカヅチヲ)の命で武具を作り、さらに平和的帰順を求める。まさにイワイヌシ。纏わりつくような、霧のような一族。
 そして。
 麻葉に関わる一族。卜占を生業としたウラ族(卜部)。おもに鹿の骨を使う鹿占。宮中祭祀を行ってたけれど、やっぱ藤原氏族に伊豆半島の伊豆国、房総半島の安房国へ遂われた一族。流れついた布良の浜に布良崎神社が建つ。もしかしたら香取海の海人族をまとめた覡の一族かもしれない。
 藤原氏族は色々な一族を遂いやったんだ。



 二上山の頂に葛木坐二上神社が建つ。祭神はワカフツヌシさんと大国魂神。社伝で、ワカフツヌシさんを石上神宮に、大国魂神を大和神社(大和坐大国魂神社)に遷したと伝える。大国魂神は国ツ軍東の軍の軍将。やっぱトミビコさんだ。
 二上山の頂からは大和国(奈良県)、河内国(大阪府東域)と摂津国(大阪府北域)と和泉国(大阪府南西域)の畿内の4国、難波ノ海(大阪湾)が見わたせる。河内国と大和国の国堺の生駒山、金剛山。北の二上山から、金剛山、南の葛城山へと連なる金剛山脈。
「古の戦で、昔のツクヨミとともに生駒山の山腹の巨岩に座り、夜の草香江(河内湖)を眺めた、とトミビコさんが言ってた」
「そ、そうか」
「そしてトミビコさんはアラハバキ神となった」
 鹽竈神社の境外末社の荒脛巾神社。社伝でトミビコさんは天ツ軍と戦い、近しトミ族を率い、アラハバキ神となったと伝える。
 アラハバキ神は、東北地方の出自不明の神様。客人神(門客神)として祀る神社が多いけれど、本当は地主神。大宮氷川神社もイヅモ族によりスサノヲさんが祀られ、アラハバキ神は摂社の門客人神社に遷し祀られる。
 一説に、前九年・後三年の役のキッカケとなった陸奥国(のちに陸中国)の安倍氏族はトミ族の後裔一族という。奥州藤原氏族は鹽竈神社に奉じたという。
「トミビコさんは、ヒーローとして語り継がれた」
「そ、そうだな。まあ、脳髄が、ちょっと弱いヒーロー、だ」
 金剛山脈は昔の葛城山、大昔の天神山、またはカモの山。高天原の地上説に日向国(宮崎県)と筑前国(筑紫国/福岡県)と茨城県(常陸国)と、もうひとつ。
 カモの山にホヒのカモ族とオウのカモ族の総本社の高鴨神社(高鴨阿治須岐託彦根命神社)が建つ。さらにフエフキ族の奉じる笛吹神社と合わさった葛木坐火雷神社が建つ。噴火雷の神格化の火雷大神と、アマのカグヤマ(タカクラジさん)を祀る。カモ族、ヤマトのアヤ族、天羽雷命神社に奉じた一族、祭祀用剣や弓矢を作った一族が集まった葛城国。
 一説に、かつて大和盆地は山中の葛城国と国中の大和国があったという。
 葛城国を治めたソツヒコ。なんかイヤなかんじ。なんかありそう。



 ついで。
 一説に、高天原の日神は持統天皇がモデルで、ゆえに女神という。
 別説に、地主の日神が日神の座を高天原の日神に譲った(奪われた)という。地主の日神が男神はわかる。なんで日神は男神でなく、女神なんだろうか。なんで男神が女神に日神の座を譲ったんだろうか。
 前に疑問に思ったこと。じつはかんたんなこと。
 母権社会から父権社会へと、母系血統から父系血統へと、男系皇統と変わったから。祀られる(祭られる)神様と祀る(祭る)人の関係は、なぜか夫妻、兄妹の関係となる。男巫(覡)、男のサニワ(審神者)が祀る(祭る)と神様は女神。
 かつて政(マツリゴト)は男王が、祭りごとは女巫が行ってたという。ヒコヒメ統治。男王とヒメミコ、ヒミコ。ヒミコの祀る(祭る)神様は日神とわからないけれど、男神。
 祭で男神の神言は女巫に託され、男王は政を行う。
 のちに農作(稲作)の時代となり、日神となる。
 のちに男王はヒコミコ(ヒコヒコ)となり、神様の神言は男王が託され、男王は政を行う。神様は女神となる。女の日神の孫のホノニニギはヒコヒコだ。神話でヒメ(女巫)は天に上げられて女の日神となり、ヒコ(男の日神)は海に流される。さらに神託はなくなり、男王の専制政治となる。
 妻の皇后は奥に遂いやられる。一説に、倭建の子の仲哀天皇と神功皇后まではなんとなくヒコヒメ統治だけど、子の応神天皇からはヒコヒコ統治という。
 舒明天皇と皇極天皇(重祚で斉明天皇)はなんとなくヒコヒメ統治だけど、あとは天皇が早世の時に女性天皇が皇位を嗣ぐ。奥に遂いやられた皇后は、ひたすらとムスコに皇位を嗣がせようと謀(ハカリゴト)。
 神話で、天ツ神の神意に随えず、海に流されたヒコはどうなったんだろうか。
 男王の政治が不安定なとき、静かな踊狂現象が起きる。ヒーローとなって帰ってくる。瀬戸内海の海岸に多いヒルコ系エビスを祀る神社。稀れ神(客神)。寄り神。アマ(海)の彼方からやってくる仮装の神様。蕃神。
 かつて瀬戸内海の海岸づたいに、家族単位でエブネ(家船)に住む海人。海とともに生き、群がらなかった人。権力者に、ボスザルに随わなかった人。ムラ社会を遂われた人。
 エビス信仰がある。
 異世界転生。主役が異世界へ行って異世界の人となにかを倒す物語や、この世界に来た異世界の人と主役がなにかを倒す物語。さてと。物語の展開はどうなるか。
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