107 象徴の剣のC&C

文字数 3,647文字



 石上神宮に奉じるニギハヤヒの後裔一族。ニギハヤヒを祀らず、なぜかタカクラジさんの授かったミカヅチヲの佩剣(布都御魂大神)を祀る。十種神宝(布留御魂大神)による鎮魂祭。ニギハヤヒを蘇させず、なぜか高天原の日神の後裔のため行う。新嘗祭の前日祭となる。大きな祭は、だいたいは祭の起源となる祭りごと、政(マツリゴト)の神事があり、祭に隠れて前日に行われる。だいたいは創祀創建に関わる祟り。葵祭の御蔭祭(御阿礼神事)。御柱祭の薙鎌打神事。禍い(災い)が起きないよう、祟りを鎮める神事。
 神事を行うのはアヅミ族のクメ水軍の後裔一族。ミナカタヌシさんの一族を諏訪国へ遂い、厳島神社と宗像大社に奉じ、のちに近江国の鍛冶族となる。昔の科野国(信濃国)安曇郡、今の長野県安曇野市にアヅミ族の奉じる穂高神社が建つ。
 さらに本物か、偽物かわからないけれど、十種神宝は大阪府の式内楯原神社に、近江国の鍛冶族の後裔一族に祀られる。なんとなく笑える。ほかに秋田県の唐松神社、京都府の伏見神宝神社に本物か偽物かわからないけれど、十種神宝が祀られる。
「神剣も、三種神宝も、十種神宝もなにもない。俗物。本物も、偽物も、盗まれても、落とされても。代物が本物。神威も、権威もなにもない。神宝は、本物の神宝は、神威のある神宝はあるの」
「ツ、ツクヨミの持ってる、品物之比礼(クサグサノモノノヒレ)は十種神宝のひとつ、だ。た、たぶん神威のある本物の神宝、だ」
「へえ」新大阪駅のホームで拾った玩具のボタンを弱く押す。
 ちょっとだけの罪悪感。確かに神威のある本物の神宝、だ。
 頭上にフヨフヨと浮いてるキューピーちゃん(スクナヒコさん)をつっつく。
「し、神話は、オレたちの実話に続いてる。神代は現代に続いてる。時は続いてる。柵は繋がってる。だから世界に変化が起きた。へ、変化の影響で夜ノ国に眠るツクヨミが、昼ノ国に現れた」
「確かに。記憶も神威もないけれど」
「そしてワタクシたちも現れました」
「確かに。神話の代表格神様が目の前にいる」
 オオクニヌシさんと、前方のレッツゴー三匹とワカヒコくんを見る。



 神剣は天皇とともになかった。宮中にあるのはレプリカ。ともにあることより、神剣はあることが大事。国体護持。国のレガリア。国のアイデンティティ。

 第二次世界大戦の終戦直後、熱田神宮に祀られた神剣は飛騨国(岐阜県北域)の飛騨一宮水無神社に遷される。GHQの神宝献上を避けるため。有名な神社だけど、創祀創建は不明。ホノアカリの後裔一族、ヲハリ族の支族が奉じる。石上神宮と同じく鎮魂祭の祭祀が行われ、ホノアカリと同神のニギハヤヒを崇めてたことがわかる。
 位山を神体に、飛騨一宮水無神社は水無大神を祀る。位山は飛騨国と美濃国の国境に聳え、北海(日本海)に流れでる神通川と南海(太平洋)に流れでる木曽川水系飛騨川の分水界。櫟の原生林があり、天智天皇の時代から現代まで、宮中(皇室)に献じられる。
 一説に水無大神は歳神(年神)という。1年の始まる春に、天から山神とともに降りてくる。川で里に下り、山神は田んぼの神様となる。1年の終わる冬に、田んぼの神様とともに天へと昇る。歳神は歳霊の神様、田んぼの神様は稲魂の神様で兄妹。スサノヲさんとオオヤマツミの娘神の神大市姫の子神。歳神はオウのカモ族の葛木御歳神社など、田んぼの神様は、御饌(贄)の神様のウガメ(ウカヒメ)として伏見稲荷大社や神宮外宮などに祀られる。
 また、水無大神は鬼神(祟り神)という説もある。飛騨国は両面宿儺の伝話があり、順わない一族が治めてた。かつて斐陀国、卑田国と書かれ、高志国(越中国)と強く結ばれた国。出雲国も結ばれてたという。
 じつは水無神社の拝殿からは神体の位山は見えない。拝めない。隠してる、または隠されてる。憚れてる。いまだ祟るので古代から現代までも厚く、高く祀りあげられる。

 高天原の地上説に日向国と筑前国と茨城県と葛城国と、もうひとつ。飛騨国。さらに一説に日高見国も常陸国と、もうひとつ。飛騨国。水無神社は険しい山に囲まれた高山盆地に建ち、スサノヲさんの子神(随神)のイタケル(イソタケル)を祀る伊太祁曽神社が8社もある。
「さらにさらにトミ族が治めたらしい。三輪神社(岐阜県揖斐郡)の社伝で、ミナカタヌシさんがオオモノヌシ(トミビコさん)を祀ったと伝える。だって」スマホを弄る。

『し、神話は、オレたちの実話に続いてる。神代は現代に続いてる。時は続いてる。柵は繋がってる。だから世界に変化が起きた。へ、変化の影響で夜ノ国に眠るツクヨミが、昼ノ国に現れた』

「時だけでない。地も続いてる。繋がってる。随わなかった人(神様)を、順わなかった人(神様)を、怖かった人(神様)を隠し、変え、忘れる。禍い(災い)は起きなかったことに、祟りはなかったことにする。誅し、祀りあげる。すでに畏怖と畏敬の心はない」
「そ、そうだ。時を、地(地上)を治めながら怖がる権力者、罪悪感を感じる脳髄が弱い権力者は、お、臆病者、だ」オオクニヌシさんを見やるクエビコさん。
「ちょっと、クエビコさん。言いすぎ」
「すみません」
「オオクニヌシさん、謝りすぎ」

 ミナカタヌシさんは、別名でミナカタ・トミの神。一説にトミ族の祀る神様という。ミナカタヌシさんがオオモノヌシを祀り、トミ族がミナカタヌシさんを祀る。



 第二次世界大戦。長崎県に原爆投下。やっと最高戦争指導会議が始まる。日本国は国体護持のためといい、降伏要求の最終宣言(ポツダム宣言)を受けいれない。会議は進まない。なによりも戦争責任や受けいれたあとの刑罰が怖い。臆病者というよりも卑怯者。

 国体護持。国のレガリア。国のアイデンティティ。
 じつは三種神宝の、神鏡のレプリカを祀る賢所は鎌倉時代に、のちに剣璽(神剣のレプリカと神璽)を祀る剣璽の間が建てられる。さらに国のアイデンティティがカタチとしてなったのは、明治維新後。近代。意外と最近。
 明治政府は、神話により神道を整え、伊勢国の神宮により神社を整え、祭神(高天原の日神)により神統を整える。
 さらに鎌倉幕府は、高天原の日神にナニも言わせない。行わせない。高天原の日神はタカミムスヒと、タカミムスヒの子神オモヒカネに従って言う。行う。神話で日神は衣を織り、稲苗を植え、祭を行うだけ。織った衣はダレが着るのか。稔った稲穂はダレが食べるのか。行った祭はダレのため行うのか。
 兵達よ、私のため戦いなさい。勝ちなさい。私が兵服を織り、兵糧を作り、兵火で死んだ屍を弔います。案じず、戦い続けなさい。勝ち続けなさい。
 戦い続けるための、勝ち続けるためのアイデンティティ(神様)。
 だから負けたとき、アイデンティティは失われる。
 戦後、GHQにより祭政分離となったけれど、全国神社の99%をまとめる宗教法人神社本庁は、いまだ高天原の日神を祀る。いまだ神宮(伊勢神宮)を本社とする。いまだ全国の神様を、全国の神社を随わせる。いまだ政府と関わる。
 失われたアイデンティティを蘇させるために。

 ついで。[兵]の字源は斤(斧)を廾(両手)で掲げ持つ会意文字。



 私達は堀川に沿って歩く。東海道本線と中央本線と並ぶ、名鉄名古屋本線の線路下を潜る。金山駅まではあと10分。
「線路は続くよォ、ドコまでもォ」前方のワカヒコくんが歌う。
 線路は続く。戦後も続く。私達の戦も続く。

「神剣のレプリカと神璽はどこに祀られてるかわからない」スマホを弄る。
「考えてみたら、山や岩や木でなく、人の作った鏡や剣が神体なんて。やっぱクエビコさんと同じ、人の創った神様だ」
「そ、そうだ。いや、オレの体(マダケ)のほうが、マシだ」
「あと、実物はいらないんだ。神剣はないんだ。あるという観念でいいんだ」
「い、いや、違う。神鏡はわからないが、神剣と神璽は、ある。あるから、天ツ神も、ニギハヤヒも現実に捜してる。ツ、ツクヨミを狙ってる。神代は現代に、続いてる。神話は実話に、繋がってる。だから世界に変化が起きた。へ、変化の影響で夜ノ国に眠るツクヨミが、昼ノ国に現れた」
「なるほど」

 虚実と現実か。神話対私の実話か。古の戦対私達の戦か。ややこしい。
「物語の展開は、やっと謎ときあり、バトルありの神話テイスト中二病要素たっぷりセカイ系転生モノになるのか」
「そ、そうだ」
「そうですね」
「甘いラブコメ要素がまったくないけれど。辛(ツラ)い想いばかりだけど」
 まもなく、金山駅。まもなく、ムーな話は終わる。
「あ、カレーショップ。CoCo壱番屋だ。大宮氷川神社に行ったとき、食べた。東京はカレーだけの店もあってびっくりした。カレーショップといえば、CoCo壱番屋と中村屋と、C&C」スマホを弄る。CoCo壱番屋の本店は愛知県だ。

 C&CはCoffee & Curry。昔はコーヒーがあったけれど、今はない。カレーは昔も今も、甘さと辛(カラ)さにこだわるらしい。なんてうまいオチ。
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