32 アタ族の若き巫

文字数 2,178文字



  [若]は巫が長髪を靡かせ、両手を揚げ、舞いながら神様に神言(神意)を求める象形文字。神言は巫に託され、人に伝えられる。[斯の若し]で伝えおえる。神託。神様に仕える巫。[若]は、巫は神様に順うので[したがう]、巫は若いので[わかい]という意となる。
 ワカヒコくんの神名は、神様に順う若き男となる。順わなかったけれど。ちょっとだけど旁若無人。ワカフツヌシさんの神名は、タカヒメは若い(未熟だ)からと言う。私はタカヒメに順うからと思う。



 八幡神を祀る宇佐神宮(宇佐八幡宮)のある豊前国に、べつの山幸海幸神話がある。
 海の一族の代々の長は翁と呼ばれ、漁撈で使う竹具のための竹林を継いだ。幸は獲物。サチヒコは獲物を獲る者。つまり一族は、みんな海のサチヒコ。
 山から降りてきた異民族。山の一族。つまり山のサチヒコ。山の長が歩みよる。オオヤマツミに仕える若き巫と翁が迎える。翁が巫に問う。
 山から降りてきた異装の神様は、なんと言われてるか。
 神様は友好を求めてます。
 海の一族は迎えた山の一族とともに歌う、舞う。祭を行う。
 だけど言語も、文化も異なり、友好関係は続かなかい。動揺。巫へ疑い。
 じつは山の長は友好でなく、海の一族の服従を求めてた。
 山の一族は遂われる。巫は苛まれ、やはり遂われる。山の長は、遂われたさきでアヅミ族の巫を娶る。そしてアヅミ族を順い、海の一族を攻める。海の一族は薩摩半島から国東半島へと逃げる。のちのウサ族。ウサ族は逐いやった巫の祟りにおびえ、崇め続ける。

 人は巫に神託を求める。巫は神様に神言を求める。だけど神様はなにも言わない。だけど人に仕える巫は、神託を伝えなければならない。
 祭政一致の時代。巫の伝える神託は、神言は時の権力者の事情に合わせる。
 769年の宇佐神宮の神託事件。天武系皇統が絶え、天智系皇統が復すキッカケとなった。巫は天武側使者と天智側使者の事情で神託を翻した。
「か、巫(カムナギ)の罪といえば、罪だ」
「巫にしか、わからない神託だから、確かめようにないでしょう」
「た、確かめられる。巫は神託を翻した。時の権力者側の事情に、あ、あわせた」
「だって翻さなければ、合わさなければ、殺されたかもしれない」
「そ、そうだ。神のために殺される。まるで、に、贄だ。笑える」
「笑えないでしょう」クエビコさんを睨む。
 八幡神は神託神となる。天智系皇統の護り神となる。宇佐神宮の分祀の石清水八幡宮は神宮とともに二所宗廟となる。

 そして。巫は居ない(なにも言わない)神様に逆らえるけれど、目前に居る(なにか言わなければならない)人に逆らえない。時の権力者に逆らえない。
 巫はじぶんのためでなく、一族の存続のために神託を覆らせたかもしれない。
 だけど神様を崇めてる一族の動揺。疑い。神様がまちがえるのか。まちがえる神様はいるのか。神様はいるのか。
 いや、巫がまちがえた。
「か、巫が人であるかぎり、生きてるかぎり神格化とならない。し、死んで神となる。だが、神の神言(カムゴト)を伝える巫は神聖化を、も、求められる。巫は罰を求められる。ま、まさに贄だ、ムラ社会の掟、だ。フジの神も、ヤハタの神も、時の権力者の、と、特別扱の神。罪も、罰も、大きい」
 姫の犯した罪と、罰。
 ツクヨミの犯した罪と、罰。なにか罪を犯した。だから罰は抗えない。いや、抗えない罪を犯した。そして罰を課される。



「ひ、人と違い、神はいい。なにもしなくていい。なにも言わなくていい。ひ、人が自由に思う。自由に考える。人と違い、神は時間が死ぬほど、いや、し、死なないほど、ある。ゆえに神は閑、だ。時々の気分で祟ったり、め、恵んだり。ようはスサノヲだ。わかるだろう。なにも思ってない、考えて、ない。脳髄が、ない」
「ヒドい」
「オ、オレは違う。軍師として作られた神、だ。オレは知識を欲し、き、記憶を集め重ねる。害虫害鳥を、お、追いやるとき、国ツ軍を動かすとき、知識がないと、正しい判断ができないから、な」
「さすが天勝国勝奇霊千憑毘古命」
「か、畏まってくれたか」布で作られた頭がほんのりと赤くなる。
「ああ、クエビコさんの俗物的自尊心がとーっても愛おしくてたまらない」
 布で作られたクエビコさんの頭を抱きしめる。

[ヒマ]の語源はモノとモノの間。隙の空間。隙間。のちにコトとコトの間。暇な時間。さらに[暇]の語源は、岩石採掘の叚と日で、採掘の仕事と仕事の間の時間。休暇。さらにさらに用事(仕事)のない、のんびりしてる時間は閑。神様は時間がいっぱいあるので、時々、閑になる。暇でなく閑を持て余す。閑を持て余した神は祟ったり、恵んだり。



 時の権力者は人の嫉みや妬み、鬼の穢れにおびえる。禍い(災い)を、神様の祟り(自然災害)を誘い、政変となる。謀反や反乱を起こす前に誅して(殺して)おこう。鬼は内に隠れてる。なにかあれば放生会を行えばいい。佛様に縋ればいい。
 鬼は人でないから。人でなければ殺していい。いや、鬼に化す前に殺していい。一方的思考は果てしなく。

 鬼儺。内にいる見えない鬼(疫鬼や疫神)を外に逐い祓う。やがて内にいる見える鬼を外に逐い祓う。ずっと逐い祓ってたら、ほんとうの鬼が生まれる。武キモノが現れる。人が最もおびえるのは神様の祟りでない。禍いを誘う隣人の嫉み、妬み、穢れ、祟り。
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