40 乗ってきた神・後篇

文字数 2,095文字



「見える」
 目前の三男神が見える。なにかあったのか、緑色の神衣はボロボロ。破れた神衣に傷だらけの肌。額に莫迦、阿房、肉の入墨。黥面。
 もとは古代中国の海人族のならわしで、日本の海人族、山人族も入墨文化があった。とくに漁撈、狩猟を生業とするなかで大魚大獣を塞ぎ、水難遭難を防ぐ呪術的身体装飾(まじない)、または他族の個体識別の目的で入墨を施した。
 また、黥面は刑罰のひとつ。神話で、アヅミ族に黥面を施したとある。額に、一、ナ、大、犬と彫り、五度目は死罪となる。
 莫迦、阿房、……肉は、なんのまじない、なんの罰なんだろうか。



 減速が始まる。名古屋駅は近い。デッキに来た人が、驚いて戻る。なんか見えたらしい。なんか現世に影響を与えてる。世界の変化が大きくなり、ふたつの世界の境界が曖昧となり、隠世の穢れなどの瘴気が、現世で黒い霧、黒い影のように見える。
 穢れは禍い(災い)を誘う。
 狭いデッキを、三男神が剣を構える。ジャラジャラと鎖がうるさい。
「「「カクケカクケぇ。エーシヤシコヤぁ。アーシヤコシヤぁ」」」
「「「カクケカクケぇ。ミツミツシぃ、クメの子がぁ撃ちてし止まむぅ」」」
 車内ナウンスが流れる。どんどんと減速。ホームはこっち。だけどホームは見えない。
 アナウンスで、再び人がデッキに来る。
 どうすればいいか。
 考えてる閑は、いや、暇はない。
「オオクニヌシさん、ワカヒコくん、飛ぶ」
「えーーーー」
 ワカヒコくんの叫び声を聞きながら、ドアに飛びこむ。
 通り抜け、後方に流される。いや、新幹線が前方に進む。
「うわあああああああああああああッ」
 オオクニヌシさんがカバーの開いた乗務員用手すりに手をかける。流されてくる私を攫み、そして私が流されてきたワカヒコくんを攫む。
 ワカヒコくんをたぐり寄せる。
「大丈……」
「ツーちゃん、前、前、マエーーーー」
「ホ、ホームドアッ」
 ぶ、ぶつかる。
 ホームドアを抜け、オオクニヌシさんが放る。ホームに転がる。防具袋とバックパックがクッションとなる。クエビコさんが私と、私に抱えられたワカヒコくんに押しつぶされて呻く。
「う、うげ……」
 オオクニヌシさんは体勢を整え、停まる新幹線を見ながら、竹刀袋から剣を出す。
「オゲーーーー」
 ワカヒコくんは、口からタコさんウインナーを、いや、たつた揚げを、いや、たまご焼きを、いや、なんかを出す。
「なんか、ホームで戦ってばっかね」私達は乗り鉄か。
「あと、城だネ、城。ツーちゃん」私達は城マニアか。
 ワカヒコくんは口を拭い、親指を立てる。ワカヒコくんはカッコ良いのか、悪いのか。
「名古屋城は、……駅前ですね」
 名古屋城は徳川家康が建てた城。尾張徳川家の居城。家康は三河国、尾張国、駿河国、武蔵国と、東海道の関(東国の国境)に合わせるように東海道を上ってる、いや、下ってる。私達は上ってる。そうか。東国を出てしまったのか。
「あ、天ツ神の、統治下、だ」
 オオクニヌシさんが、私とワカヒコくんに剣を投げる。
「オオクニヌシさんは城に詳しいのね」
 剣を右手で受け取る。修練は竹刀だった。やはり剣は重い。両手で構え直す。ワカヒコくんも大剣を構える。
「ヲハリの国はタカクラジの、ヤマトのアヤ族の、のちの本拠地です」
 そうか。尾張国の熱田神宮、そして摂社の高座結御子神社がある。
 アヤ族の後裔のヲハリ族の本拠地。檜隈の姫の思い。私は頭を振る。
「戦況を確かめ、戦局を動かすための、戦法だけを考える」
 ヲハリ族の本拠地に建つ熱田神宮。昔は伊勢湾の湾岸だった。同時創建の高座結御子神社。祭神は、熱田神宮は熱田大神。高座結御子神社は子神。じつは出自不明の神様。通説はホノアカリという神様とタカクラジさん。ホノアカリはニギハヤヒと同神という。
「どうしたの、オオクニヌシさん」
「いえ、ツクヨミさま、大丈夫です」

『高天原で王座に座れなかった大神はいっぱいいるから。仮面を付けるくらいだから、ヤバイ神なんだろうね』

 壬申の乱で、ヲハリ族は40代天武天皇に順う。后妃供給一族となり、外戚となる。熱田神宮は神宮に次ぐ権威の神社となる。檜隈の姫の渇望。私は頭を振る。
 ミカヅチヲの授けた出雲国平国の剣と、タカクラジさん。スサノヲさんの献じた八岐大蛇の神剣と、倭建命。神宮の初代斎王の倭姫命が、征東前の倭建命に神剣を授けた。立太子の礼。倭建命は皇太子となった。
 なぜか出雲国と伊勢国は2振の神剣に関わる。ニギハヤヒの望んだ神剣。

『剣璽を以ち国ツ大神と成る。神剣は行方不明だけどー、神璽は姫様が持ってるはず。持ってなければー、そこにあるはず。そーゆーわけ』

『わ、笑える。タカクラジは2振の神剣に、か、関わってる。神代(カムヨ)三剣の、1振はスサノヲの剣だ。ハバキリの剣。同じ社に奉じられてる。そして三剣はイセに、か、関わってる』

 新幹線の緊急停車の構内アナウンスに、ホームにいる人も騒めく。保線、車両点検の作業員も集まり、ただのトラブルでないとわかる。人が駅員に詰めよる。階下のコンコースにいる人も騒めく。
 まずい、人が集まる。死亡フラグだ。パニック映画のパターンだ。
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