19 さびしいな。

文字数 2,116文字



 頭上の欅で鳥が囀ってる。キューピーちゃんが鳥と戯れてる。
 ワカヒコくんの横顔を見る。チョーコドモだ。チョー年上に見えない。
「ワカヒコくんは中ツ国を譲ってもらうため、オオクニヌシさんの処に来たんだよね」
「ウン。ソーだよ」
「どうして、国ツ神になったの。父さんがいるんだよね」
「……ウン」
「ワカヒコくんの父さんは高位神と聞いたけれど……」
「…………」
 ワカヒコくんは俯いて黙ってしまう。
「……ごめん」
 私はワカヒコくんの髪を撫でる。
「ごめん、もう、聞かない」
「……昔のツクヨミさまに聞いた」
「ワカヒコくん……」
「中ツ国に降りたとき。ツクヨミさまと初めて遇ったとき。天ツ神で、三貴神という最高位神で、なんで中ツ国に降りたのか。なんで国ツ神とともに天ツ神と戦うのかって」
 ワカヒコくんの口調が違う。
「罪と、罰だって。だから天ツ神と戦わなければならなくなった、だって」
 撫でる指が震える。
 罪と、罰。
 天ツ神と戦わなければならなくなった。
「わからなかった。なんで天ツ神は国ツ神の国を奪うのか。なんでボクが降りなければならないのか。なんで父神はなにも教えてくれないのか。なにもできないボクが、なにもわからないボクが、なんで……」
 オトナ(権力者)の事情で命じられた。
「ツクヨミさまは、ボクがひとり悩んでもなにもわからないって。わかるまで、ともに居ようって。わかるため、ともに戦おうって。ボクが見たものを信じ、聞いたことを信じ、ボクを信じる。信じていれば、いつかわかるって。だから……」
「ちょ、ちょっと、……ワカヒコくん、待って」
 物語の展開が良くないよ。ワカヒコくんの設定が良くないよ。
 トミビコさんは神話どおり、現実でニギハヤヒに殺された。
「もう、いい。言挙げになる」
 物語の展開も、設定も、いまだ神代の神話から、古代、そして現代の史話へと繋がる。
「ワカヒコくん、喋らないで」
 私はワカヒコくんの口を塞ぎ、言葉を制する。
 頭上の鳥が葉を散らして飛ぶ。ヘンな囀。ワカヒコくんを抱きしめる。

 呪咀のような、ヘンな歌が聞こえる。
「「「……シヤシコヤ。アーシヤコシヤ。エーシヤシコヤ……」」」
 シリアスな物語の展開に、また、ふざけた設定のニューキャラ。
「「「……シヤコシヤ。エーシヤシコヤ。アーシヤコシヤ……」」」
 緑色の神衣を纏う、同じ顔の三男神が歌いながら歩いてくる。
 鎖鎌のような剣を持ち、鎖を回しながら歩いてくる。しかも現世(ウツシヨ)に。公園に居る人々が騒めく。
 まずい。品物比礼(クサグサノモノノヒレ)も、剣も持ってない。神棚だ。
「ツーちゃん」
 ワカヒコくんが私のパーカーの袖を握る。立ちあがり、調神社へ後ずさる。
 まずい。ボディガードのスサノヲさんも居ない。あたりまえだけど。
「ワカヒコくん、まずは隠れよう」走る。
「わかりにくい公園ね」人々を避け、木々を抜け、走る。
「ツーちゃん、コッチ、コッチ」
 私達は神社の境内に入り、隠世(カクシヨ)に隠れる。追ってきた三男神も入り、隠される。とりあえず現世の人々を救えたけれど、どうすればいい。

 三男神が参道を塞ぐ。たぶんイヅメに仕えるクメ水軍の三組頭のひとつ。
「カカカ。ぼくはウワノヲ」
「ククク。ぼくはナカノヲ」
「ケケケ。ぼくはソコノヲ」
「「「カクケカクケ。ぼくらはアマノクメ組ツツノヲ三男神」」」
 三男神がハモる。やはり。
 だけど。鎖を回すには境内が狭すぎる。鎖を飛ばすには木々が多すぎる。
 だから。剣を構えて攻撃を倦んでる。ワタツメ三女神と違って連携攻撃ができない。

『できると思い、できる方法を考えれば、できる。さ、さきに思うことが大事だ』

 クエビコさんの言うとおり。私はできる。できる方法を考える、考える。
「「「カクケカクケ。エーシヤシコヤ。アーシヤコシヤ」」」
「「「カクケカクケ。ミツミツシ、クメの子が撃ちてし止まむ」」」
 参道を歩いてくる。間を詰めてくる。後ずさる。考えろ。考えろ。
 攻撃は歌で合わせてる。剣技は拙いので脅してる。
 横の公園も、広場のほかは木々が多い。鎖は飛ばせない。別々に動いて惑わせばいい。隙をみて逃げればいい。
「ワカヒコく……」
「ツーちゃん、ボクが囮になる。逃げてッ」
 ワカヒコくんが三男神に突っこむ。二男神ならば、間を抜けたかもしれない。鎖を回せる広い処ならば、鎖がぶつからないように間をとってたかもしれない。
 だけど。ワカヒコくんは参道に並ぶ三男神の、神名はわからないけれど、中央の、剣を構える男神に突っこむ。
「ワカヒコくん、ダメッ」
 私はワカヒコくんを追う。
 私はワカヒコくんに覆いかぶさる。
 私は中央の男神が振りおした剣を背に受ける。勢い、男神にぶつかる。
 私はワカヒコくんを抱えながら転がるように倒れる。三男神を抜ける。
 背が焼けるように痛い。痛い。とても痛い。
 私はアスファルトの道路を滑る。受けたままの剣が地面に押し付けられる。
 私はさらに勢い、なにかに頭をぶつける。壁か。血が目に入り、空が赤くなる。
 頭上でフヨフヨと浮いてるキューピーちゃんが見える。
「た、助けて、キューピーちゃ……」

 私は、死ぬ。
 やっと物語が始まったのに、ブラックアウト。
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