119 月神の願い・前篇

文字数 3,356文字

***

 愛知県名古屋市西区に星神社が建つ。祭神はカガセヲ、ワカフツヌシさん(牽牛星)、タカヒメ(織姫星)。延喜式神名帳の、尾張国山田郡の坂庭神社の論社。
「名古屋も星神に関わる伝話が多いんだ」
 名鉄名古屋本線の車中でスマホを弄る。弄りまくる。そして独り言ちる。
 担いだクエビコさんは喋らない。ムーな話は続かない。ワカヒコくんも、オオクニヌシさんも離れて見てる。みんななにも喋らない。
 なにかしてないとイヤなことを思いだす。ブツブツと喋りながらスマホを弄る。

 私達は金山駅から青山駅まで名鉄名古屋本線、常滑線経由の名鉄特急で35分、知多半島の内海駅まで名鉄河和線、知多新線で25分。合計60分。乗換を含め、約1.5時間。徒歩20分の知多半島のつぶて浦から紀伊半島の二見浦へとフェリーに乗らず、翔ぶつもり。だけどスサノヲも、ワカフツヌシさんも、カゲヒコさんも、いない。



 イヅメの目的はブレスレットを奪うことでなく、私を殺すこと。ワタツメ三女神も、ツツノヲ三男神もブレスレットのことを言わない。私を殺すよう命じられてる。イヅメはブレスレットのことを知らないのか。奪うならば、ニギハヤヒのよう脅せばいい。
 やっぱ私を殺したいのか。なんでイヅメは私を殺したいのか。
 そして。なんでイヅメは私の居所を知ってるのか。神武天皇聖蹟顕彰碑も考えたけれど、東国(東日本)に顕彰碑はない。

『サグメがいる。調神社も雉がいた』

『ツクヨミ様。考えてたのですが、天ツ神はツクヨミ様、そしてワカヒコも狙ってます』

 私を殺すため、つねに私といっしょにいるワカヒコくんの居所をサグメが探ってる。または私の行動を知ってる。……予知の力か。
 へんなことを思いだしてしまう。

『サ、サダヒコは予知の力を、持ってる。ツクヨミが、こ、ここに来ることも、オオクニも来ることも、わかってた』

***

 地面に広がったスサノヲの血が見える。
 スサノヲの血のついた鉾が見える。スサノヲの血に染まった白い神衣が見える。
 私を、高天原にいた時のツクヨミを知ってるタヂカラヲ。

『え、え、なんで』
 なんでイヅメは私を殺すの。なんで私はイヅメに殺されるの。
 なんでタヂカラヲはスサノヲを斬るの。なんでスサノヲはタヂカラヲに斬られるの。
 なんでタヂカラヲは私に鉾を向けるの。なんで私はタヂカラヲに鉾を向けられるの。
 なんで、なんで、なんで、なんで。命の痛み、命の悲しみが吐き出される。
『いやああああああああああああああああああああ……』
 私を斬ろうとしたタヂカラヲ。私を庇おうとしたスサノヲ。
 タヂカラヲがスサノヲを斬る。

『タヂカラヲッ』ワカフツヌシさんとカゲヒコさんが叫ぶ。
 ワカフツヌシさんが時空間を翔び、私とスサノヲの前に現れる。タヂカラヲも間合を保つため後方に跳ねる。

『……ぶ、無事か、ツ、……』
 掠れる声。弱い声。死にそうな声。口内の血でコトバにならない。
『私は無事。スサノヲは無事じゃない。喋らないで』
 気を保つ。
『……無事で、よ、……よかった……』
『私はよくない。スサノヲはよくない。よくないよ……』
 スサノヲを須佐之男神社で眠らせないと。

 ワカフツヌシさんが剣を構えながら、タヂカラヲにゆっくりと近づく。
 タヂカラヲの白い神衣の、スサノヲの血が溶けるよう消える。スサノヲの血を、神威を吸いあげ、みずからの神威に、血に変えるよう。
 タヂカラヲが口角を上げる。
『……オモヒカネ様が、変化の修理を行う前に、ツクヨミが、……記憶と神威を戻すようならば、……オモヒカネ様の修理を阻むならば、……オレが斬る……』
 タヂカラヲが鉾を振るう。ワカフツヌシさんが剣で受ける。
『いえ、タヂカラヲがツクヨミ様を斬る前に、ワタシがタヂカラヲを斬ります』
 ワカフツヌシさんの剣がタヂカラヲの鉾を弾く。
『……古の戦で、夜ノ国に眠らせたツクヨミが、昼ノ国にめざめた……。記憶と、……神威が戻る前に、何度も眠らせた……。オモヒカネ様の恩赦……』
『いえ、……』
 タヂカラヲが鉾を振る。間合を詰める。ワカフツヌシさんは鉾を交わす。間合を保つ。高天原の最強の剣神が押されてる。
『……なにゆえ、現れる……。地祇は戦を望む。天神の政(マツリゴト)に順(マツラ)わない……。なにゆえ、オモヒカネ様に叛く、軍力も、剣力もない地祇が……』
『いえ、天ツ軍が葦原に攻めこまなければ、古の戦はありませんでした。ツクヨミ様も、スサノヲ様も、ワカヒコ様も、カゲヒコ様も、そしてワタシも降りることはありませんでした。国ツ軍も戦うことはありませんでした。戦を望ませたのは、葦原ノ中ツ国に攻めこんだ天ツ軍』
『……古の戦は、終わった。地祇は葦原の国を譲った……。昼ノ国と夜ノ国に別け、オモヒカネ様は、地祇は夜ノ国で眠るよう命じた……。オモヒカネ様は、順わなかった地祇を赦された。……随うのは道理……』
『いえ、違います。なぜ、勝者の道理に敗者は随わなければならない。道理を押しつけるかぎり、国ツ神は幾度も現れます。幾度も戦います』
 ワカフツヌシさんが剣を大きく振り、タヂカラヲが後方に跳ねる。
『……わからない。哀れ……』
 ワカフツヌシさんが後方に跳ねたタヂカラヲに斬り込む。剣を辛うじて鉾が受ける。
『……はい、なにもわからないタヂカラヲを、ミカヅチヲを哀れみます』
 タヂカラヲが鉾を振るう。
『……ミカフツヲ……』
 ワカフツヌシさんが剣で受ける。
『いえ、ワタシはワカフツと名を改めました』
『……天神が、……地祇に墜ちたか……』
 鉾を押しこむ。
『……修練を、怠ったか……』
 ギリギリと鉾を押しこむ。
『……高天原の最強の剣神は、葦原に堕ち……、怠けグセがついたか……』
 ワカフツヌシさんの腕の筋肉が震える。耐える。
『いえ、ワタシは修練を怠ってません。葦原でヒメとともに、修練に励んでます』
『……なぜ、オレの鉾に押される……』
『はい、タヂカラヲの気をワタシに向けるためです』
 ワカフツヌシさんは私達のほうを見やる。

『フツッ。スサノヲ様をッ、眠らせましたッ』オオクニヌシさんが叫ぶ。
『ウンッ、存分に剣を振れッ、ミカフツヲッ』カゲヒコさんが叫ぶ。

『いえ、ワタシは国ツ神のワカフツと名を改めました』
 ワカフツヌシさんの剣が押し返す。腕の筋肉が膨らみ、タヂカラヲの鉾を弾く。
『……そうか……』鉾を構え直す。
『はい』剣を構え直す。
 ジリジリと間合を保つ。
 瞬間、拮抗の剣力が凄まじい剣戟となる。振る、弾く。斬りこむ、跳ねのく。
 周囲の遊具や植樹が刻まれ、土煙や砂埃が舞い上がる。
 私は旋風に思わず目を閉じる。
 再び起きた旋風に近所の人達が集まる。ミトくんは公園全域だったけれど、2柱の周囲だけが暗く、黒く見えるらしい。

『……ならば修練の成果を知ろう……。ここは狭い……』
『はい、剣を振るうに、ここは狭いですね』ワカフツヌシさんが私を見やる。

 私が目を開けた時はタヂカラヲも、ワカフツヌシさんも翔んだ後だった。



『なんか侵攻者の詭弁』私が独り言ちる。
『アー、タヂカラヲは、ただ、オモヒカネに忠実な剣神だ』
『ありがとう、オオクニヌシさん、カゲヒコさん』
『なにもできなかったことを悔やみます』
 オオクニヌシさんは時空間を飛べなかったことに悔やむ。
 国ツ神は空間移動(飛行移動)ができる。天ツ神はさらに時空間移動(瞬間移動)もできる。だけど神威の強弱差がある。時空間移動は距離、空間移動は速度と高度。オオクニヌシさんは空間移動はできるけれど疲れやすい。後のことを考えてしまう。修練を積んだ結果、シコヲさんの時は神威が強くなり、できる。やっぱ疲れやすいけれど、シコヲさんは後のことを考えない。昔は軽々とできたんだけど、歳をとったらしい。なんとなく笑える。私は神威が無い。ワカヒコくんとカゲヒコさんは元・天ツ神だけど、神威が弱いので時空間移動はできない。空間移動はできる。やっぱ疲れる。ゆえにほぼ元・天ツ神だけのパーティながら移動は電車とバスと徒歩。情けない。

 私は天を見あげる。オオクニヌシさんとカゲヒコさんも見あげる。
『ワカフツヌシさん、大丈夫かな』
『ツクヨミ様。フツはタカヒメが認めた、葦原の最強の剣神です』
『あんなタカヒメも他人(他神)を認めるんだ』
『……』
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