38 隠された神様・後篇

文字数 2,525文字



 熊野信仰は日神信仰へ変わる。さらに蕃神信仰へ変わる。
「結局は佛様か」
「そ、そうだ。……そうか。ツクヨミはまちがってない。明治維新でイソの社(伊勢神宮)に日神を祀りなおした。合わせ、イ、イザナミの墓が社になった。イザナミも祀りなおした。いや、ち、違う。イザナミでない」
「どうしたの、クエビコさん」
「し、神話に合わせ、巨石信仰の古の神はイザナミとなってた。ゆえにイザナミとして祀りなおした。鎮めなおした。い、古の神を、地母神イザナミとして地鎮(トコシズメ)の岩で、か、隠した。明治政府の、神話の上書保存だ。天武が正当を曰うための、古の神や国ツ神を順わせるための神話。明治政府は国家神道として上書保存を行った。高天原の日神と皇統の正統を曰い、人を順わせる神話とした。千引石は、維新前の神々を鎮める神鎮(カムシズメ)の岩、だ」
 膝上の、クエビコさんの目の処の[の]の字がキラリと光る。
「高天原の日神の正統を謳うため、国家神道の正当を謳うため、優しいイザナミ様を、贄として鎮めた。優しいイザナミ様を、……許せません」
 いつのまにか[優しい]がイザナミさまの枕詞になる。



 天武天皇は、人とともに神様も統べ治めた。神話により神道を整え、高天原の日神により神統を整えた。天ツ神も国ツ神も高天原の日神の統治下となった。天武天皇は国を平らげる、人を治めるために必要な力。超越な、隠然な存在であるために必要な力を求めた。
 祭(マツリゴト)は、つねに政(マツリゴト)とともに時の権力者の下にあった。畿内の王権や政権から、鎌倉幕府、室町幕府、江戸幕府、明治政府、戦前戦中の昭和政府まで。
 戦後、GHQにより祭政分離となったけれど、全国神社の99%をまとめる宗教法人神社本庁は、いまだ高天原の日神を祀る。いまだ神宮(伊勢神宮)を本社とする。いまだ全国の神様を、全国の神社を順わせる。いまだ政府と関わる。

 かつて熊野国があった。
 大化改新で紀伊国牟婁郡と変わり、熊野の地名はなくなる。明治の廃藩置県で牟婁郡は和歌山県と三重県の県境に流れる熊野川の、西側の和歌山県西牟婁郡と東牟婁郡、東側の三重県北牟婁郡と南牟婁郡に別れる。
 そして昭和の大合併で三重県南牟婁郡が熊野市と変わる。熊野の地名は当地限定となる。市名に昔の熊野国(今の熊野地方)はムッとする。さいたま市と同じ。
「熊野三山は和歌山県に、花窟神社は三重県熊野市にあるんだ。ややこしい。和歌山県人の私も気にしてなかったけれど……」
「神社本庁の設立後も、高天原の日神が八百万の神を統べ治めます。八百万の神の御祖神、優しいイザナミ様が甦らないよう、当地にクマノの名を付けたのでしょう」
「オオクニヌシさん、考えすぎでしょう」
 オオクニヌシさんが会話に加わり、とてつもないムーな話になる。
 熊野は隠野(コモリノ/コモルノ)。神様が隠れる地。神様を隠す地。
 または籠(篭)野。竹、籐、蔓などで編んだ道具。カゴ。どじょう掬いのカゴ。会意&形声文字で、龍(竜)はリュウという神獣でなく、ロウ。
 土などをつめる道具の[籠]は、能動的行為で、隠める。隠す。押さえつける。受動的行為で、隠もる。隠れる。塞ぎ護る、の語意となる。神様が隠れる地。神様を隠す地。

 そして。[イザナミ考 熊野国の神社と神話]を読んでください。なんで熊野にイザナミさまを祀ったか。作者ががんばって考えました。ペコリ。



「ワタクシが見つけた本に、熊野本宮大社のほんとうの祭神は、優しいイザナミさまが産んだカガヒコという説があります。熊野本宮大社の元社は、一説に玉置神社の末社・玉石神社。露頭の玉石が神体。熊野本宮大社も巨岩信仰と考えられます」
 いつのまにかイザナミさま推しになる。私の傍に永遠に居たいんでなかったのか。
 もう、にどとときめかない。にどとふにゃふにゃにならない。拳を握る。力が隠る。
「カ、カガヒコ、か。ウブタの社(産田神社)、か。産屋と殯屋が同じ社、か。まるでミトヤの社(御門屋神社)、だ」クエビコさんが独り言ちる。
「……………………」オオクニヌシさんが黙る。
 ムーな話は、急に終わる。
「……………………」オオクニヌシさんの額に脂汗が垂れる。
 えーと。急に終えられると。言葉を繋ぐ。
「イザナミさまが産んだカガヒコという、……ええええ」思わずおにぎりを握りつぶす。
「も、もしかしたら……」布で作られたクエビコさんの頭を塗れた手で攫む。
「ツ、ツクヨミ。手に、手に……」
「チョーつまらない話、マダマダ、終わらないの」
 会話に加わってない、いじけてカーテンに隠れるワカヒコくんに気づく。大事な読者視線に気づく。私は頷く。
「ピンポンパァン。クエビコさんとオオクニヌシさんのムーな話は終えました」
 チャイムを鳴らし、ワカヒコくんの髪を塗れた手で撫でる。
「ツ、ツーちゃん……」
「ワカヒコくんの言いたいことはわかる。以心伝心ね」にっこりとほほえむ。
「はい、終えました」オオクニヌシさんも、うっすらとほほえむ。
 まだ、気をとりもどしてない。
 オオクニヌシさんは、ワカヒコくんの髪についた米粒を淡々と取り、捨てる。私は捨てられた米粒を、じっと見る。マザコンで、情緒不安定で、神経質で、まじめで、仕事に忙しくて。
 トラウマ、か。なぜか檜隈の姫を思いだす。
「捨てる、か」



 紀伊半島の1400万年前の熊野カルデラの、たった1度の噴火で二上山火山帯(瀬戸内火山帯)の火山活動は終える。噴火で現れた噴石(巨岩)。のちも絶えない台風で現れた切岸、断崖。絶えない地震で現れた露頭(巨岩/断層)。月出露頭が有名。
 熊野信仰の発祥地の熊野三山も熊野カルデラに建つ。熊野信仰は、熊野カルデラの噴火後に現れた石神(イシカミ)信仰。湧水の水神信仰、丸石の日神信仰、山岳信仰、蕃神信仰と様々な信仰が混ざった信仰となる。



 二上山火山帯の火山活動は、なぜか終わり、角盤山や三瓶山などの大山火山帯(白山火山帯)の火山活動が、なぜか始まる。紀伊国の熊野から出雲国の熊野へと火山活動が、なぜか移る。島根半島も宍道地溝帯の隆起と、角盤山と三瓶山の噴火による堆積や沖積でできる。そして火山、縄文時代の遺跡が多い。
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