116 ええじゃないか

文字数 3,173文字



 ドクン。
 私は俯き、剣を地面に刺す。思う。考える。戦前の儀式。

『できると思い、できる方法を考えれば、できる。さ、さきに思うことが大事だ』

 走りながら公園の地形を感じてた。
 なんとなくだけれど、遊具、植樹の位置を見てた。
「調神社の反省が身についてる。……うん、いいじゃない」

「ツクヨミ様ッ」オオクニヌシさんが叫ぶ。
 前方から極星のホウオウが迫る。後方からニクの男神とミトくんが迫る。
 右手で左腕の品物比礼とブレスレットを握る。大きく息を吸う。
 ツクヨミと意識共有。
「ワタシでなくても、私はできる。神威はなくても、剣は振れる」
 剣を握る。前を向く。

「クルックぅぅ。ミツミツシぃぃ、クメの子がぁぁ撃ちてし止まむぅぅぅぅ」
 神人のため時空間を翔べず、走る。両手を伸ばし、迫る。
「神力はイヅメの鬼道の力か。ならば剣力(タチカキ)で勝負は決まる。いいじゃない」
 ならば修練で鍛えられた剣技と剣力を信じ、動く。
 剣を抜く。走る。
 後方のニクの男神とミトくんはシカト。前方のホウオウのほうに走る。私の行動にニクの男神はとまどい、ミトくんに止まるよう叫ぶ。止まったミトくんをスサノヲさんとワカフツヌシさんが囲む。
 ニクの男神がとまどうまえ、私の行動に気づいたオオクニヌシさんが走る。私が動き、戦局が動く。男神が動く。
「クルックぅぅ」ホウオウも驚き、止まる。
「ワタクシもいるぞッ」
 ホウオウの後方にオオクニヌシさんが回る。ホウオウがオオクニヌシさんを見やった瞬間。間合を詰める。右腕を斬り落とす。
「クルックぅぅぅぅ」鎌と右腕が飛び、血しぶきと叫び。
 膝を崩し、座りこむ。私は剣鋒をホウオウの顔に向ける。
「クルックぅ。斬るのぉ、殺すのぉ」
 剣を持つ手が震える。アドレナリンが湧きでる。震える右手を左手で抑える。
 弱気になったらダメ。弱気を見せたらダメ。

「コケぇぇ。ミトくんッ、ぼくをぉ、ぼくをぉ投げろぉぉ」
 ミトくんがニクの男神を攫み、私を狙い、大きく構える。だいたんな戦法。

「ちょ、超人(超神)外野守備かッ」クエビコさんが叫ぶ。

 ミトくんがニクの男神を投げた瞬間。
「コケぇぇぇぇぇぇ……」
「させるかァァッッ。ジャコビニ流星拳ッッ」
 スサノヲさんが時空間を翔び、投げた瞬間のニクの男神を殴る。ニクの男神は違う方向に飛ばされる。
「ぇぇぇぇぇぇ……」
 ニクの男神は柳川公園の一角にある須佐之男神社のほうに落ちる。
「ウン、こぢんまりした爺様の社が壊れなければいいが」カゲヒコさんが笑う。
「言っただろう、オレを祀ってる社でない」
 球七(ニクの男神)を失い、球八(ミトくん)は立ちすくんでる。スサノヲさんが座るよう促すと、ゆっくりと座る。なんか憑りつかれたような鬼気は感じない。

 再び、私は剣鋒をホウオウの顔に向ける。
「私はふざけた戦の好きなイヅメでない。省みてもイヅメは嫌い。だけどイヅメに媚び随うツツノヲ三男神に好き嫌いはない。戦意がなければ、斬らない。おしおきはない。ニクの男神とミトくんを連れて退きなさい」
 剣を降ろす。ホウオウは俯く。
「…………」
「二度は言わない」
「……クルックぅ。ありがと、だムーン」ホウオウは顔をあげ、一言。

 さてと読者は、権利者はわかるだろうか。わかる人だけがわかれば、いいじゃない。



 ワカヒコくんは私達が勝ったとわかったら、気を失ったらしい。カゲヒコさんが優しく抱えてる。私はワカヒコくんの髪を撫でる。
 どんどんとワカヒコくんの神力が弱まってる。
「ミ、ミトの神が、牛久大佛なみだったら、ま、負けてたな」
 防具袋から布で作られたクエビコさんの頭が落ちる。転がりながら笑う。
 超大型巨人は60m、いや、映画は120m。つまり120m(像高100m+台座20m)の牛久大佛なみだ。勝てる気がない。

「あ、天ツ神は、噴火を畏れる。噴火は地の神、古の神の祟りと考えた。火山のない国(高天原)から火山のある国(葦原ノ中ツ国)へとやってきたから、ほかに考えようがなかった。だが、く、国ツ神は噴火を、祟りとともに恵みとして畏まる。畏れ、敬う」
 人が同じ土地に長く住めば地勢(地質・地形)や気候に対する感情は似る。そんな長い感情の共有が、長い記憶や記録の共有、意識や知識の共有となり、共有の神様を創る。
 地主神。自然神。古の神様。
 神様はだれのため、なにのため創られるのか。神様は自然の中で人が生き続けるため創られる。神様は祟りも恵みも齎す。
「に、日本列島は、そんな国土。古の神は、そんな存在。そんな国土に住むかぎり、そんな存在とともに、い、生き続けなければならない。好き嫌いは、い、言えない」
「クエビコさんは、ほんと神様なの」
「オ、オレは、わからないものを、わからないことを教えるため作られた、カ、カカシの神、だ。わからなければ訊けばいい」
「ムーな本やトンデモな本で得てるけれど」
 クエビコさんは口の処の[へ]の字をひしゃげる。いじけてる。
 長く住まなければわからないものや、わからないこともある。
「あ、在る、居るものを無い、隠ぬものとする。または名をつけることで、無い、隠ぬものを在る、居るものとする。可視化、だ。人はわからないもの、わ、わからない存在を嫌う。意識や知識を得た代償、だ。また、怨霊を祀りあげ、御霊とする。つ、つまり名で怨霊を本性を転じさせる。御霊信仰、言霊信仰、だ。名は体を表わす。体は名で現れる」
 コトバにならないものや、ならないこともある。だけどコトバにしたがる。
 クエビコさんは目の処の[の]の字を細める。ひらきなおってる。
「し、神話で鬼と書かれたもの、表されたものは、まだいい。存在が認められたからな。神話でなにも書かれなかったもの、あ、表されたなっかものも在る、居る。存在が認められぬ、まさにシンの隠ヌモノ、鬼、だ」



 ええじゃないか、ええじゃないかと唱え、踊り狂う踊狂現象。
 踊狂現象は政治(統治)が不安定な時に起きた。レジスタンス。世直一揆。
 644年に常世神という謎の神様を神輿に担ぎあげた踊狂現象が起き、翌645年に大化改新となった。のちの室町、戦国時代の念佛踊、江戸時代のおけげまいり。そして明治維新前のええじゃないか。
 おもしろいことに踊狂現象は地殻が不安定な時も起きた。噴火と地震。
 938年の紀伊国の天慶地震、945年の霧島山の噴火の時に志多羅神という謎の神様を神輿に担ぎあげた踊狂現象が起きた。
 さらに1096年の東海地震、1498年の南海地震、1605年の南海トラフの慶長地震、1707年の南海トラフの宝永地震と富士山の噴火の時に踊狂現象が起きた。
 政治が、地殻が不安定な時に、新しい政治を、新しい神様を求めた。
 さらにおもしろいことに求める新しい政治も、新しい神様も、はっきりとしない。
 わからないものを、わからない存在を求め、踊狂現象が起きた。

 明治維新前、1867年の踊狂現象は、明治政府は倒幕を求めてると考えた。世を直すため、神輿に担ぎあげる神様を欲してると考えた。空間だけでなく時間までも治める超越な、隠然な存在を欲してると考えた。人の力が及ぼない絶対な存在を欲してると考えた。人が畏まる大いなる存在を欲してると考えた。
 なぜか。
 偶然、踊狂現象の中心に伊勢国の神宮があった。一説に遷宮と関わるという。
 偶然、神話で、史話で世を直した神様がいた。
 偶然、時空間を翔んで現世に、現代に現れた神様がいた。

「ぐ、偶然を装い、現ツ神を創り、超越な、隠然な存在に創り上げた」
 神代から現代まで、クエビコさんはずっと田んぼで立ちながら考える。
「ちゃ、茶番劇(ホールで大がかりの舞台コント)の時代は終わった。じ、時代は寸劇(スタジオでひな壇バラエティ)に変わった」
「クエビコさん、ややこしい例え(オチ)はやめて」
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