29 アタの姫

文字数 4,701文字



 日本の国土は約14000の島嶼。日本の国土の7割は島も含んだ山。日本は島国、山国となる。オオヤマツミは山神であり、島のある海も神域の海神である。つまり私達は、オオヤマツミの治める海のなかの、島のなかの、山のなかで生きてる。

 狩猟や漁撈の時代、人はどこに住んでたのか。幸を恵む山や海の近くの、水を恵む地。滝や川の近く。湖や沼の近く。地名は、まずは水を恵む地につけられる。つぎは幸を恵む山や海に、住む地につけられる。つぎは遠く見える、気になった山や海ににつけられる。
 そして山神や海神の祟りのあった地につけられる。災害地名。
 例えばヒラという地名は、平らな平と、断崖や切岸の比良がある。ヒラ(比良)はアイヌ語のピラ(崖)、または琉球語のビラ(坂)が語源という。山や海と、里(平)の境目がヒラで、境目の山側や海側が比良、里側が平。比良は土砂災害が起きやすい地名。黄泉比良坂。神様の棲む山や海と、人の住む里の境目。神様の祟り(土砂災害)を塞ぐため、いや、境目を知らせるため、塞神、岐神を祀る。桃の木を植える。大甕を埋める。標の梲を立てる。あちら側に知らず入ったら、こちら側に祟りが起きる。
 店長を祀る滋賀県の白鬚神社も、ほんとうの祭神は比良山の山神。いつのまにか店長が祭神となる。

 日本は自然災害が多い。噴火、地震、津波、台風、豪雨豪雪。いつも、どこも自然災害は起こる。避災、防災は難しい。だから起きた災害を忘れないため、伝えるために災害地名がつけられる。日本に住み続けるかぎり、生き続けるかぎり、しかたがない。

『ひ、人はすべてのモノ、見えないモノも、な、名をつけたがるからな。名をつけ、と、統治下においたと思う。いや、統治下におきたいと考える』

 自然災害を、神様の祟りを言霊で鎮める。大きな自然災害も忘れないための名がつけられる。
「なにも考えないで地名を隠したり、くだらない地名に変えたり」

『い、畏怖も、畏敬も、同じ感情だ。わからない存在に、お、おびえる心。うやまう心。つまり超越な、隠然な存在に、か、畏まる心』

 狩猟や漁撈の時代、幸を恵む山や海は神様そのものだった。滝や川も、湖や沼も、すべて土地は神様のものだった。地主神、国魂神。恵み神をにうやまった。祟り神をおびえた。神様のなかで生きてるから、住んでるから、人は畏まった。
 農耕(稲作)の時代。人は土地をじぶんのものとする。定住化。だけど平地は3割だけの日本。山を崩し、海、湖や沼を埋め、農地を広げる。川筋を変える。墾田永世私財法により山川藪沢はなくなる。



 天ツ神の神威は、農耕(稲作)に必要な天の恵み(日や雨)を授かる力。農耕に不必要な地の祟り(噴火や地震)を鎮める力。国を平らげる、人を治めるために必要な威力。超越な、隠然な存在であるために必要な威力。
 だけど。
 火山の多い日本の国土。征東を進めるかぎり、火山にぶつかるのは当然である。とくに東日本は富士、乗鞍、鳥海、那須火山帯と火山帯だらけ。富士火山帯は中央地溝帯(フォッサマグナ)にあり、チョー活動中の火山が多い。新潟焼山、妙高山、黒姫山、蓼科山、浅間山、八ヶ岳、富士山、箱根山、さらに伊豆大島、三宅島、八丈島、硫黄島など。世界の1割の火山(活火山)が日本にある。
 重なるプレート(岩盤)の上にある日本の国土。プレートが動き、地震となる。プレート型地震(海洋型・海溝型地震)。また、プレートが動き、断層ができる。断層が動き、地震となる。断層型地震(内陸型・直下型地震)。プレートの上にあるかぎり、地震が起きるのは偶然でない。世界の2割の地震が日本で起きる。約14000の島嶼。7割が島も含んだ山。つねに噴火と地震が起きる。



 征東軍の進軍は北陸道から東山道と東海道へと移る。畿内から、近淡海国(近江国)、尾張国、三野国(美濃国)、科野国(信濃国)、毛野国(上野国と下野国)、道の奥となる道奥国(陸奥国)へと通じる東山道。尾張国はのちに東海道となる。
 畿内から、伊賀国、伊勢国、伊勢湾を渡って三河国、遠淡海国(遠江国)、駿河国、伊豆国、捄野国(上総国と下総国)、軍事港として常の道となる常道国(常陸国)へと通じる東海道。
 774年から812年まで蝦夷(エミシ)の叛乱と鎮圧が続く。三十八年騒乱。
「つ、つまり征東、いや、征夷は成せてない。いまだ東国も天ツ神の統治下で、ない。統べ治めてない。武力による統制下、だ。ゆ、ゆえに蝦夷の叛乱も起きる。天ツ神の鎮圧、順化が、ず、ずっと続く」¥
 801年に東海道を進む征東軍が足柄坂(足柄峠)で止まる。富士山が塞ぐ。
 征東軍の動揺。疑い。天ツ神に地の祟りを鎮める力はないのか。神威のない天ツ神はいるのか。天ツ神はいるのか。
 えーと。
 富士山は足柄坂の東側、東国の山ということで。クーリング・オフ。
 まだ、東国は統治下でないから、噴火は天ツ神に対する祟りでない。よし、迂がって行こう。ということで箱根坂を越える箱根路ができる。富士山は東国の護り神。

「わ、災い(天災)は争い(政争)の始まり。いや、災いが人を疑わせ、争いとなる。災いは、て、天子の不徳だから、な。なかったことにできない。ゆえに鎮めなければならない。ま、祀りあげなければならない。ふ、噴火のたびに、コノハナサクヒメの神階(神位)はあがり、奉じるフジ族の位階も、あ、あがる。笑える」



 天から降りてきた山神は、川で里に下る。今は裏庭の巨石や高木、さらに田んぼへ下りてくる。だけど昔は山神を迎えてた。人は神様に畏まってた。
「ツ、ツクヨミと同じ。対応がぞんざい。メンドーに、なる」
 山神の棲む山と人の住む里の境目の、ちょっとだけ山側の川岸に、屋代を建てる。屋代で待つ若き巫が川で流されてきた山神を掬い上げ、寝床に誘う。饗(もてな)す。一夜妻となる。翌朝、里人が集まり、迎えた山神とともに歌う、舞う。宴を行う。
[宴]の字源は屋内で日の前(下)で跪いた女の会意&形声文字。饌(ソナエモノ)、贄を献じ、あがめる。日の前(下)は日没説と日神説がある。いずれ若き巫は采(采女)、贄。山神へ帰順儀礼。山神の祟りが大きくなるほどに饌(ソナエモノ)は贄となり、生贄となる。日没後、客を饗す。一夜妻となる。
 日神説は天から降りてきた神様は山神を偽った日神。

 スマホを弄る。
 まずは[饗]の字源は、食物を挟んだ2人の人の象形文字の[郷]と、食物のはいった食器の象形文字の[食]の会意&形声文字。[食]は器の上に人(蓋)があるので、食べられるのを待っている物となる。つぎは[贄(ニエ)]の字源は、[執]と[貝]。[執]は[幸]と[丸]。まずは手枷の象形文字の[幸]。なんで幸せなのかはおいといて。[仄]は[厂(崖の象形文字)]の下で跪いた人。頭を傾けた人。[仄]の鏡文字の[丸]。[執]は手枷をかけらて跪いた人の象形文字、または会意文字。手に獲る。魚貝や鳥獣と異なって獲っても食べず、罪を犯して獲らわれても殺されず、生きられる人は幸せらしい。僥倖。そして[貝]は饌。つまり獲った饌。殺したニエは犠、牲、犠牲。贄は生きたままの、獲ったままのニエ。生贄は、すごく新鮮なニエ。または寶貝(宝貝)。貝貨。
 つぎは[饌(ソナエモノ)]の字源は、[己己]と[共]。なにか両手で攫むさまを、差しだすさまを表す会意文字の[共]。心を差しだすと恭。2人の巫の象形文字の[己己]。2人の巫がなにか差しだし、舞うさまで[巽]。迎えた神様の前で歌う、舞う。宴を行う。舞楽。なにを差しだすのか。[共]は示(饌台)と同じならば、食べるための2人の若き生贄がそなえる。字源は複雑な字形なほど、ややこしくなる。

 宇迦之御魂神みたい。稲霊の神様は、蛇神、秦氏により稲荷信仰の神様、天台宗により蕃神の辯才天(辨財天)、鎮護国家の神様となる。神性も、神像も複雑になり、もうなんの神か、わからない。さらに外宮の祭神のトヨヒメと同神となる。

 神武征東神話で、贄を献じた贄持之子。紀伊国(和歌山県)に移住を強いられたアタのウガイ族は後裔一族。奉じる阿陀比売神社の祭神はアタの姫と、山のサチヒコ。祖神の海のサチヒコはいない。

『そういえば本家も、裏庭に高木がある』
 
 巨石や高木の傍に立つ神祠。川岸に建てる屋代の名残。裏庭からきた山神を屋敷神として迎える。寝床で待つ娘。
 だけど山神が祖神と限らない。
「だいたい、裏庭から来るのはどうなのか」
「そ、そうだ。つまり山神を偽り、誘う家族や一族を誑かす、じ、実在の来訪神」
 神様と名のるモノが現れる。異装の神様。
 九州南域に多い異装の神様。甑島のトシドン、悪石島のボゼ、見島のカセドリ、薩摩硫黄島のメンドン。人は迎えた異装の神様とともに歌う、舞う。宴を行う。

 神話で、アマ(海)の彼方からやってきた異民族。異装の神様。
 異民族の長、異装の神様は、吾田の笠狭碕でアタ族の若き巫と長と遇う。長はシオツチオジ(事勝国勝長狭神)。長は異装の神様に国を献じ、巫を饗(もてな)す。
 山幸海幸神話は帰順儀礼の神話。

 シオツチオジは潮流を司る神様。転じて時流を司る神様。神話の展開を司り、神話の主役を導く。ゲームマスターのよう。巫の産んだ山のサチヒコをアヅミ族に、神武天皇を大和国に、ミカヅチヲやワカフツヌシさんを常陸国に導く。征東軍を導く。
 シオツチオジは陸奥国一宮の鹽竈神社の別宮の祭神と同神という。左宮にミカヅチヲ、右宮にワカフツヌシさんを祀る。潮が塩に転じ、ミカヅチヲ、ワカフツヌシさんを導いたあと、当地に留まり、製塩を教えた神様として祀られる。
 明治時代に志波彦神社が遷されて志波彦神社・鹽竈神社となる。じつは鹽竈神社は式外社。志波彦神社は式内名神大社ながら祭神は出自不明。
 鹽竈神社の境外末社のアラハバキ神という神様を祀る荒脛巾神社。社伝でトミビコさんは天ツ軍と戦い、近しトミ族を随え、アラハバキ神となったと伝える。
 アラハバキ神は、東北地方の出自不明の神様。客人神(門客神)として祀る神社が多いけれど、ほんとうは地主神。大宮氷川神社もイヅモ族によりスサノヲさんが祀られ、アラハバキ神は摂社の門客人神社に遷し祀られる。
 一説に志波彦神社の祭神はトミビコさん。ゆえに出自不明となる。ということは鹽竈神社のほんとうの祭神もシオツチオジでない。
 前九年・後三年の役のキッカケとなった陸奥国の安倍氏はトミ族の後裔氏族という。奥州藤原氏は鹽竈神社に奉じたという。
「トミビコさんは、ヒーローとして語り継がれる」
「そ、そうだな。まあ、脳髄が、ちょっと弱いヒーロー、だ」

 アヅミ族は天ツ軍の主軍となるクメ水軍。イヅメに仕えるクメ水軍の三組頭の一族。
 アタ族を護るため、コノハナサクヒメは異装の神様の子となる山のサチヒコを産まなければならない。海のサチヒコは、山のサチヒコに随わなければならない。
 ボスザルの強引な婚姻による姻戚関係。
 コノハナサクヒメは山のサチヒコ(天ツ神)の子を産むとき、産屋に火をつける。1日で身ごもったため、アタ族(海のサチヒコ=国ツ神)の子と、旅だった前夫の子と疑われたから。誓(ウケイ)で産屋に火をつける。火中出産。ゆえに火山の神様となる。
 のちのコノハナサクヒメはどうなったか。神話で書かれない。コノハナサクヒメの役目は終わったから。産屋は、コノハナサクヒメの殯屋となる。

 神武天皇もアヅミ族を随え、裏山(霧島連山)から日向国吾田村に来る。海のサチヒコの娘を娶る。産まれた子は親(ボスザル)に随わなかったため、殺される。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み