35 最強の軍師クエビコ・後篇

文字数 2,447文字



 オオクニヌシさんはデッキのドアに凭れ、窓外の流れる風景を見てる。
 仲なおり作戦と言いながらなにも考えてない。オオクニヌシさんになんて言ったらいいのか考える。
「ここまで聞こえましたよ」振りむき、オオクニヌシさんは笑う。再び窓外を見やる。
 オオクニヌシさんは、スサノヲさんの修練で死と甦生を繰り返えして多重人格となった。オオクニヌシさんのときも情緒不安定。
 デッキに向かうとき、クエビコさんに聞いた。いつもクエビコさんが傍に居るのは、軍師というより、情緒不安定なオオクニヌシさんを諭したり、諌めたりするため。
「オオクニヌシさん……」
「ワタクシは特別扱の半・天ツ神です。カミムスヒさまがタカミムスヒと戦うため、中ツ国を護るため、作った神です。スサノヲさまは、カミムスヒさま、イザナミさまに順っただけです。修練は国ツ軍の軍将として戦うため、護るため。……感情は要りません」
 言いよどむ私を見すかしたように話す。窓外の流れる風景を見ながら話す。

『カ、カカシに感情はない。ゆえにオレに差別感情はない。しょせん、オレは、オ、オオクニに作られたカカシ。タダの喋るカカシの戯言、だ』

 だから軍師クエビコさんはオオクニヌシさんの心情がわかる。
「ワタクシは、ただ、ツクヨミさまを護りたかった。記憶を戻したときに謝りたかった。ツクヨミさまを護れなかったことを、天ツ軍に負けてしまったことを、謝りたかった」
 オオクニヌシさんは振りむく。私の目をまっすぐに見る。
「しかしトミビコに言われて気づきました。ツクヨミさまの傍にいるワタクシは楽しそう、と。クエビコに言われて気づきました。ツクヨミさまの傍にいるワタクシは嬉しそう、と。ワタクシに、……感情が生じたなんて」
 客観的主観か。ややこしい。まさに情緒不安定だ。

『今のツクヨミさまと会い、ワタクシは変わりました』

「思うと、考えると楽しかった。嬉しかった。ワカヒコとツクヨミさまの会話をいつも聞いてました。わかりました。ワタクシのツクヨミさまを護りたいという感情は、ツクヨミさまを好きという感情らしい、と」

『昔のツクヨミさまもワタクシを変えました。だから護り、遇い、謝りたかった。しかし今は違います。今のツクヨミさまのままでいてほしい。今のツクヨミさまを護りたい。今のツクヨミさまの傍に、永遠に居たい……』

 あれれ。おかしいぞ。
 コナンくんはわかってた。私もやっとわかった。
 昔のツクヨミの、生まれ変わった今のツクヨミ(私)に告白でなかった。
 私(今のツクヨミ)に告白。ツクヨミの記憶はあっても、なくても、いや、どちらかというと記憶のないままの、今の私がいい、と。
「ツクヨミさまの傍に、永遠に居たい」
 出雲神は永遠のナンチャラというのが好きらしい。
 気が緩む。ふにゃふにゃになる。力が抜ける。
「……オオクニヌシさん、ヘン」
「な、なんですか、ツクヨミさま」
「ヘン、とっても、ヘン。情緒不安定だ」
「ツクヨミさまもヘンです。情緒不安定です」
 なんか笑える。クエビコさん、笑えるよ。
 なんかときめく。眼鏡好男子にときめくよ。
「オオクニヌシさん。私もオオクニヌシさんが、好き。遇ったときから。でも、まだ、ライク。ラブにならないから。でも、ラブになるかもしれないから」恥ずかしい。俯く。
「わかりません。ツクヨミさまが、なにを言いたいのかわかりません。好きと愛してるはなにが違う……」
「わからなくて、けっこう、こけこっこう」オオクニヌシさんの言葉を遮る。
 私は笑う。つられてオオクニヌシさんも笑う。
 オオクニヌシさんは生じた感情にとまどった。さらに情緒不安定になったという。ナムヂさんやシコヲさんが、オオクニヌシさんを煽ったんだろうか。感情を隠すために、私によそよそしくなり、あまり接しなかったという。
 スサノヲさんも、オオクニヌシさんも、なにもしない、なにも言わないけれど、なにも思ってない、考えてないわけでない。脳髄がないわけはない。なにかしたいけれど、したらいけない。なにか言いたいけれど、言ったらいけない。神様は超越な、隠然な存在でなければならない。だけど神様も色々と思ってる、考えてるわけだ。

「でも、オオクニヌシさんも仲なおり作戦を考えてくれたんだね。嬉しい」
「ええ、戦法を変えました」眼鏡のブリッジを押さえ、クイと上げる。
「…………」



「ツーちゃん、ツーちゃん。大きいたった揚げ、食べていい」
「たつた揚げ、ね。いいよ。ワカヒコくんの拙い口調に強かさを感じる」
「ツーちゃん、なんかあったの」
「なんもない」たつた揚げを箸で挟む。
 たつた揚げを挟んだ箸が止まる。ふたりきりにならなかったのは、ワカヒコくんか。クエビコさんよりも一緒に居るから、ふたりきりになれなかった。
「だから私に怒ったかんじで行ったのか。私はオオクニヌシさんの戦略に嵌ったのか」
「なにを言ってるのかわかりません」
 オオクニヌシさんは顔を車窓にプイと背ける。窓外に流れる風景。
 オオクニヌシさんの表情はわからない。
「さ、作戦終了だ、な」思わずクエビコさんが独り言ちる。
 私が睨むと目の処の[の]の字を游がせる。
「たつた揚げが作戦開始の合図か。確かにトートツ感があった」
「な、な、なにを言ってるのか、わ、わからない」
 雑誌に隠れながら作戦開始を窺ってたのか。なんで富士山の会話に加わらなかった理由は、強ばった空気はシミュレーションしてたのか。
 そして。クエビコさんは私だけにアドバイスしたわけでない。
「私達が調神社へ行ってたときか。いや、オオクニヌシさんがクエビコさんを台所に連れて行ったときか。神聖な台所(ダンドコロ)で政(マツリゴト)か」
「ツクヨミさま、考えすぎです」
「物語が始まる前に、……か」
「ツ、ツクヨミ、思いちがい、だ」
 私は、にっこりとほほえみ、たつた揚げをパクリと食べる。
「うまい、ね。味も、作戦も」

 打切はなく。たぶん設定も生かさ、伏線回収もされ、だれのちょっかいもなく、やんごとなく、連載は続く。
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